第91話 クビ


「クビだ、ざまーみろ」


「・・・オーナーは?」


「パパからは許可を取ったぜ、残念だったな」



式場であの二組が揉めてからずっとニヤニヤと気味の悪いほど機嫌の良かった支配人だ


何か裏で手を回したんだろう



とにかくクビになった



オーナーは年齢からこの職を退きはしたがまだまだ影響力がある


一度、息子と結婚してくれればこの式場は安心して任せられるなんてつぶやいていたが若い子にちょっかいを掛けるこんなクズと一緒になるなんて冗談じゃない



「今なら謝れば許してやらんこともない、それと俺に今後絶対服従だ!わか「オーナーに確認を取ります」


真っ赤になって怒った支配人


きゃんきゃん喚く支配人の目の前で電話をかけると1コールで繋がった


すぐに来るように言われたのでお宅に向かう



「失礼します」


「久しぶりだね三上君」



歳はとってもシャキとしてて安心した


私が職場に入ってすぐに色々と教えてもらったものだ


この人は別の業種で20年程働いた後、あの建物を相続して経営を始めた2代目社長だ


今の3代目はこの人の弟が社長をしていて次期社長はあの支配人



「あのバカから話は聞いてる・・・・すまなかった」



ここに来る前に他のスタッフから情報を集めていた


支配人は不良スタッフと徒党を組んでよくサボるのだがあの二組の喧嘩の原因をその場にいもしなかった不良スタッフ数人に説明させて私をやめさせようとしたそうだ


だからまさか謝られるとは思ってなかった



「どういうことでしょうか?」


「お茶でも飲んで話そう、私は君の味方だ」



聞いてみるとあのクズどもにはもう愛想は尽きたが現支配人であるし次期社長の立場で多くのスタッフが逆らえない状況である


一番仕事できる私を外すなんて考えは馬鹿としかいえない


だが、あの馬鹿を切り捨ててこのままあの式場で私が働いたとしても残った奴らからストレスを受けながら働くなんて大変だろうし、下手したらすぐに式場は潰れてしまう


ならいっそのことうちをやめてより良い就職先を紹介したい、と言うことだ



「なるほど」


「それにね、余計なお世話だとわかった上でいうが私は君自身も幸せになってもらいたいと思っている」


「それは・・・」



私は34歳で独身だ


家では親からも見合いがどうのとしつこく誘われているのを仕事を理由に逃げている


25歳の時に結婚しようとした彼に騙されて借金を作った



それを助けてくれたのがこの社長だ



恩返しをしたかった、そのためならあの支配人の攻撃なんて屁でもなかった


男と付き合うという選択肢は諦めていたのだが・・・この人に言われればかなわないな



「わかりました、退職を受け入れます」


「退職金は3倍だそう、あの馬鹿を締め上げるためにも少し何があったか教えてくれないかい?」



話していくと青筋が社長の頭に浮かんだ


タイムカードを押して職場からいなくなるし、そもそもあの日は出勤して他の仕事があったはずなのに丸投げ


スタッフの化粧品を安くしようとしたり、大体いてもゲームしてるからいない方が良いぐらい、でも不良スタッフと纏めてサボられると人手が足りないので忙しかった・・・・などと正直に伝えた


言葉にすると酷いな


いや誇張してないしまだまだやられたことには足りないのでどんどん説明して



逆にどんな報告を受けたのかも聞いておいた



あの日、大きな利益になりそうな二組を喧嘩するとわかった上で引き合わせ、支配人に罪をなすりつけようとした


そのため私から馬鹿に対しての呼び出しをした履歴が証拠として残っている


普段から私は横柄に接していて客を客と思ってない、クレームも多い、経費を横領しているとまで言われていたそうだ



ここまで来ると笑ってしまう、横領してるのはお前だろうとwww


そう伝えると「多分そうだと思った」と返された



「お世話になりました」


「こちらこそあの馬鹿がすまないことをした」


「いえ、昔受けた恩に比べると屁でもありませんでした」



これは本当にそう思っている


私が人生のどん底にいた時、それを助けてくれたのが社長だ


一生の恩だと自分で感じていたし、懸命に働いた


人手が足りなければ自分でトイレ掃除までチェックしていたし、結婚式の流行りのプランや新郎新婦の似合う髪型をセッティングし、専門の人がいても化粧ができるように資格も取った


この十年ちょっと、全く苦じゃなかったのは本心だ



「ほんと、あの馬鹿は・・こんな良い部下がいて、なんであんなに道を誤ったんだろうか・・・」


「それは、本人の資質では?」


「かもしれないね、すまない、時間をとらせてしまった」


「いえ、今までありがとうございました」


「いつでも顔を見せなさい、それと、君も自分の幸せを考えてみなさい」


「はい!」



ここに来るまで少しドキドキ緊張していたがこんなに晴れやかな気分で帰ることになるなんて思ってなかった

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