偽名
みんなは名前を変えたいと思ったことはあるだろうか。
本名と違う名前を名乗ることによって、別人格になったり、新たなスタートを切るようなすがすがしい気分になれる。
改名の申し立てをする人は、年間6000人くらいるが、認められるのは7割くらいだそうだ。もし、本気で名前を変えたいなら、通称名を長年使用して実績を作ればいいらしい。しかし、俺が明日から聡史を、イケメン風に拓哉なんかに変えるのは無理だ・・・変わった人だと思われてしまう。
これは昔俺が出会った女の話だ。
俺は20代前半の頃、かなり遊んでいた。友達も似たような感じで、毎週合コンばかりしていた。その頃、いつも一緒にいた男(A君)が、お見合いパーティーに行こうと言い出した。OL以外の人と出会ってみたかったからだ。
30年くらい前のOLというと、20代後半で結婚するのが普通で、短大時代から他大のサークルなどに入って結婚相手を探すのが定番だった。就職で大企業に入り、付き合っている彼氏と結婚して寿退社するのだが、こういう女は彼氏がいても合コンにやって来て、もっといい相手がいたら乗り換えるのが普通だった。男の立場としては、出会った瞬間から値踏みされているのが見え見えだった・・・。
友達は純粋に、OL以外のきれいな人と出会ってみたかったらしい・・・。
そんなのは妄想だ。きれいな人が一人でいるはずがない。
俺も多分2回くらい、お見合いパーティーに行ったことがあると思う。
しかし、あまりいい思い出がないから、もう2度と行かないだろう・・・。
俺はああいう場所で、素性のわからない人と出会うのが怖かった。今は身分証を提示しないといけないみたいだけど、昔はなかったと思う。
かの付属池田小事件の犯人は、偽の名刺を作って、お見合いパーティーに行き、出会った人と結婚していたそうだ。普通は名刺まで準備していたら、疑うことはないだろう。
お見合いパーティーで本気で出会いを求めていた人には申し訳ないが、俺は2回とも偽名を使っていた。勤務先も同業他社にしておいた。決して、ヤリモクではない。そこで出会いを求めていなかったし、付き合いで行っただけだったからだ。
俺はお見合いパーティーの進行に従って、全員と当たり障りない会話を交わした。そして、フリータイムは一人でうろうろしていて、最後に気に入った人を書く段階で、その場にいた一番きれいな人を選んだ。別に気に入ってないし、何を喋ったか記憶にもなかった。
そしたら、なぜかその人とカップルになってしまった!
その時は、ちょっと嬉しかったが、友達もその人を選んだというのがわかった。
帰りにその女が俺に話しかけて来ると、友達も寄って来た。そして、なぜか3人で二次会に行くことになった。
友達には、俺が偽名を使って、勤務先も嘘をついていたことを伝えておいた。
その日は平日で、翌日は仕事があったから、俺は早く帰りたかった。
友達はその女のことをかなり気に入っていたみたいで、俺があまり喋らないのに、ずっとペラペラしゃべっていた。
「どこ住んでるの?」
「調布です」
「え、俺、明大前。じゃあ、電車で会ってるかもね」
あ、よかった俺、方角違うわ。この女とはもう会わなく済むと思った。
そうやって、1時間くらい話していた。女はアパレルの販売員で、新宿のデパートで働いていた。土日が休みじゃないから出会いがないらしい・・・。働いているのは、メンズのブランドだから、きっと服を買わされるだろうと俺は思った。
「え、〇〇〇の店員さんなの?俺、行ったことあるよ。会ってたら覚えてると思うけど」
「働き始めたのは、結構最近で」
女は俺と喋りたそうでチラチラ見ていたけど、俺はそれ以上いても仕方ないから「ごめん。明日、早いから・・・」と言って逃げることにした。
「連絡先、聞いていいですか?」
女が言うので、俺はメアドを教えた。あちらのは聞かなかった。
「じゃあ、連絡して」と言って俺は早々に引き上げた。
あんなにきれいな人なら、お客さんに誘われたりして出会いはあるんじゃないかなと俺は思った。一人でお見合いパーティーに来ていて、さらに女一人で知らない男たちと二次会に来るのも怖い気がした。しかも、カップルになってない男と残ってる・・・。やっぱり、売り上げ目的だろうと思った。
翌日、その女からメールが来た。
「昨日は楽しかったです」というような内容だったが、俺は返信しなかった。友達はあれからどうしただろう・・・ちょっと気になったけど、連絡しそびれていて、そのままになっていた。大体、毎週あちらから合コンやるから来ない?という連絡が来ていたのに、しばらく来なかった。
1ケ月ほど連絡がなくて、心配になったからメールを送ってみたけど、返信がない。共通の友達にも聞いてみたけど、みんな連絡が取れないと言っていた。会社の方にも連絡したが、しばらく休んでいると知らされた。
俺はお見合いパーティーに行ってからおかしくなったと思って、女が働いている新宿の〇〇〇デパートの某ブランドの店に行ってみた。遠くからその店を覗いてみたが、その女はいなかった。
俺はそこの店の店員に、彼女の名前を告げて「誘われたから来てみたんですが、いつだったらいますか?」と聞いてみた。
「遠藤ですか?」
「はい。遠藤みゆきさんって名前の方です」
「うちにはそういう名前の販売員はおりませんが」
「25歳くらいで結構きれいな感じの人・・・だったんですけど」
相手も困っていた。
あの女は偽名を使って、経歴も嘘を言っていたんだ。
A君はもともと合コンで知り合った人で、毎週会っていたけど、よくよく考えるとそれほど深い付き合いでもなかった。家にも行ったことはないし、連絡先のメアドと携帯番号、勤務先しか知らない。出身大学は確かJ大の法学部だったと思う。スキーサークルに入っていた。
俺はA君の勤務先に定期的に連絡を入れていたが、何度か連絡してから、その後やめましたと聞かされた。
「連絡が取れなくて心配してるんですが・・・」俺は食い下がった。
「あまり言えないんですけど、休職してそのままやめてしまいましたので・・・健康上の理由だとしかわかりません」
電話に出た若い女の人は言っていた。
A君はよく飲み歩いていたけど、健康を害するような感じはなかった。
俺はずっと彼のことが気になっていたが、その後は何の手掛かりもなかった。
数年後に、俺はたまたまA君を新宿で見かけた。
茶髪で日焼けしていたが、A君だった。
その時、彼は歌舞伎町で風俗の呼び込みをやっていた。
「A君!」
俺はその時、他に連れがいたのだが、それを忘れてA君に声を掛けた。
「何やってんの?」
「ああ、江田!久しぶり!相変わらず金持ってそうだな。」
A君の前歯がボロボロだったので、ぎょっとした。
「ずいぶん探したよ。何で会社やめたんだよ?」
「いろいろあってね」
「何があったんだよ」
「ああ、あのお見合いパーティーであった女、やばい人だったんだよ・・・。あの後、女と一緒にホテル行っちゃってさ・・・ちょっとね。女がクスリ持ってて・・・そっからだな。俺が転落したのは。裏にヤクザがいて・・・脅されて。借金作っちゃって。そっから家に帰れなくてずっと歌舞伎町にいる」
「大丈夫?警察行けば?」
「行っても解決しないし」
「え?本当に大丈夫?」
「うん。寄ってかない?俺を助けるつもりで・・・」
行ったら俺もA君のようになってしまうかもしれない。
「いやぁ・・・ごめん。俺、他の店予約してるから」
俺は面倒に巻き込まれたくなくて立ち去った。
女と覚せい剤でもやってしまい、そこから常用者になってしまったんだろう。
飲み会と女が好きな彼には、歌舞伎町は意外と合っているのかもしれない、と思うことにした。
A君のその後は知らない。
もし、俺が偽名を使っていなかったら・・・もしかしたら、俺がA君のようになっていたんだろうか。あの女が俺を選んだのは、ブランド好きで金を持ってそうだったからか・・・。イケメンだったからじゃないんだ。それがちょっと悔しい。
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