第70話 仲良し以上とは

 午後になった。

 ここからは、スタンプポイント担当者は先生と交代し、各々好きな場所に行く手筈になっている。

 春風さんは別の生徒会メンバーと約束があるらしく、少しのお土産を手に去っていった。

 取り残された俺。それに、足元のお土産の山。

 適度に食べたし、量も減ったが……それでも両手は塞がるほどだ。

 雪宮に少しわけてやるか。あいつ、お菓子とか大好きだし。

 江ノ電に乗り込み、一人で電車に揺らる。

 目的地は由比ヶ浜。雪宮に指定された駅だ。

 鎌倉駅からはたった二駅分しか離れていないから、思いの外早く到着。

 見慣れた制服を着た生徒たちが、由比ヶ浜海岸へ向かう。

 あえて一番最後に降車した俺は、由比ヶ浜海岸とは反対方面に向かった。

 えっと……あ、いた。

 雪宮は人目につかないようにか、横道の奥まったところにいる。



「雪宮。悪い、待たせた」

「本当よ」



 ……可愛くねぇ。

 おい春風さん。丸くなったとかどうとか言ってるけど、そんなことないぞ。

 若干げんなりと雪宮の元に向かうと、目を僅かに見開いて俺の手を見た。



「あなた……それ、買ったの? まさか買ってて遅れたなんてことないわよね」

「違う違う。来る生徒のほとんどに渡されたんだ。これでも、春風さんと食って減らしたんだぞ」

「…………」

「……雪宮?」



 突然黙るなよ。しかも微妙そうな顔で。

 え、俺何かしちゃった? ……無自覚系でも鈍感系でもなく、マジでわからないんだが。



「……春風会計と仲良くなったのね」

「いや、別に」

「なってるじゃない。一緒にお菓子食べちゃって」



 一緒にお菓子食べたら仲良しって。

 てか、それで不機嫌なの? いまいち、女子と男子の感覚がわからない……。

 俺はそっとため息をつくと、雪宮に団子のパックを渡した。



「ほれ、お前も消費に付き合え」

「……いただくわ」



 まだ腑に落ちてないみたいだけど、雪宮は団子を受け取った。

 二人で並び、団子を食べながら目的地へ向かう。目的地、知らないけど。

 さっきまで少し不機嫌だった雪宮は、団子を食べた途端に目を爛々と輝かせた。わかりやすいなぁ、相変わらず。

 苦笑いを浮かべ、ゆっくりと歩く。

 こうして二人で歩くなんて、いつぶりだろう。しかも制服姿で。

 なんか、制服デートみたいだ。

 ……って、いやいやいや。何考えてるんだ俺は。

 俺と雪宮はそんなんじゃない。変なこと考えるな。

 横目で雪宮を見る。

 もう機嫌は直ったのか、次のお菓子を俺の袋から漁って取り出した。

 相変わらず、お菓子となるとよく食うな。

 ……一緒にお菓子を食べたら、仲良し……か。



「その理屈なら、俺と雪宮は仲良し通り越しちゃってるな……」



 なんといっても、隣人でいつも一緒に飯食ってるし。

 まあ、雪宮はそう思ってなさそうだけど。でも理論上はそうなる。

 俺の呟きが聞こえたのか、雪宮は目を見開いて前髪を忙しなく整えた。



「あ、あなた、私と仲良し以上になりたいの……?」

「え? ……どうだろう」

「何よ、その歯切れの悪い言い方は」

「雪宮と仲良し以上って、イメージできなくて」



 というか、仲良し以上ってどういう関係? 親友?

 ……それこそイメージできない。まだ恋人って言った方がわかる。

 けど、恋人かぁ……なんかそれも、ちょっと違う気がする。



「……今は、もう少しこういう関係でいたいかな」

「そう……今は、ね」

「おう。今は、だ」



 なんか強調されたから、俺も強調し返したけど……なんでそこ強調したの、こいつ。

 しかも、さっきより上機嫌だし。



「じゃあ未来はどうなるのかしら?」

「どうもこうも、未来のことなんてその時にしかわからないだろ。大学は別に進むことになるだろうし」

「……別々なの?」

「少なくとも、雪宮の学力に見合う大学に俺が行けるとは思えない」

「頑張りなさいよ」

「……努力はする」



 絶対に雪宮と同じ大学に行きたいとか、そうは思わない。

 でも……この心地いい関係がもう少しだけ続くなら、それも考えなくもない。と、思う。

 我ながらなんともわかりづらい言い回し。



「じゃあ、八ツ橋くんが同じ大学に行けるよう、今まで以上にびしばし教えなきゃいけないわね」

「俺の頭、ぱーんってならない?」

「……知識を詰め込みすぎて頭が爆発って、一つ論文書けそうね」

「おい」

「冗談よ」



 だったら冗談っぽく言え、冗談っぽく。

 雪宮はくすくす笑うと、遠くを見て指さした。



「見えたわ。あそこが目的地。行くわよ」

「……おう」



 歩みが速くなった雪宮を追いかけ、俺も少しだけ歩くペースを上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る