第67話 間抜け

 荷物よりもヘルド達を休ませる必要が在るので、部屋と食事の用意をさせる。

 従者に抱えられ用意された部屋に3人が下がると、執事を連れてこさせる。

 身ぐるみ剥がれ下着姿の執事が俺の前に立つ。


 「取り敢えずお前が横領した金の行方から聞こうか」


 覚悟を決めたのか青白い顔色だが、ふてぶてしい表情で俺を見て軽く首を振る。


 「〔国王陛下の刃〕ですか、この間抜けだけなら上手く行ってたのに」


 「ほう、お前も此奴が間抜けだと思うか」


 「誰が見ても貴族には相応しくない、ただの馬鹿ですよ。何故フルンに帰らなかったのですか」


 「お前が自分で侯爵を操っていると教えてくれたので、興味が湧いてな」


 クロウが、と心で呟く。


 「私がそんなヘマをしてましたか」


 「ご主人様とよく似た間抜けな執事だから、自分の失言に気がつかないんだよ」


 執事の言葉に、お口がぽっかり開いてますよ侯爵様。

 笑い出したよこの男、〈こんな間抜けと、私が同じだって〉そう言って笑っている。


 「私がどの様な間抜けな事をしたのか、後学の為に教えて頂けませんか」


 「お前は俺が侯爵に名前を聞いていた時に、俺の名前を叫んだろう」


 「確かに、貴方がエディと言う名だと言いましたが」


 「侯爵の返事を覚えているか?」


 「確か『エディとは王都で大暴れした、あのエディとか申す男か』と・・・」


 「お前はザクセン伯爵に俺を寄越せと依頼の手紙出した、その返事に何と書かれていたか覚えて無いだろうな」


 「王都に向かっていてもういないと、冒険者だから街々に立ち寄るとも書かれていましたよ。だから街の衛兵に貴方を見掛けたら連れて来いと命令しましたが」


 「侯爵は俺の事を知っていた。だから呼びつける冒険者が俺だと判れば、自分の領地に招く様な事はしない。つまり侯爵は冒険者を呼ぶ事は知っていたかも知れないが、俺を呼び出すとは知らなかった。お前が壁に向かって俺の名を叫んだ時、独断で俺を指名したと白状していたのさ。あの時に侯爵と俺の噛み合わない会話は、お前の言葉がなければ通じない。間抜けな侯爵は自分が操ってますと白状してたのさ。もっと間抜けな事は、伯爵の手紙の最後の一文を覚えていれば、俺を襲わせるなんて事はしなかった筈だがな」


 「確かに極めて凶暴ですな」


 「間抜けからちょろまかしたお宝は何処に在る。使い道がなくなったんだから全て吐き出せよ」


 「ご冗談を、どうせ殺されるか終生犯罪奴隷なんです。せめて此れくらいの被害を与えてやらなければ笑うに笑えない」


 「良いのか、俺の拷問に耐えた奴はいないぞ」


 鼻で笑うグロズの股間に拳大の火球を埋め込んでやる。


 〈ウオォォォ、なっ、なな何だこれは、ギャアァァァー〉


 転げ回って火を消そうとするが無駄な事だ、途中から悲鳴も聞こえなくなり泡を吹いてピクピクしているだけ。

 ふむ、間抜けな侯爵の部下の方が根性あるなー。

 安らかに気絶しているグロズの顔にウオーターの水を目覚めるまで掛け続ける。

 ヘロヘロになったグロズににっこり笑いかけ、治癒魔法の真似事をしてクロウに股間の火傷を治してもらう。

 クロウは〈男の股間を治療するのは気が進まない〉とブツブツ言っていた。

 五度繰り返すと、グロズが溜め込んだ金は全て差し出しますと泣きをいれてきた。


 グロズの部屋に大した物は置いてなかったが、街で借りている自宅は豪華な家具が置かれ相当荒稼ぎしていたのがよく判る部屋だった。

 しかし侯爵家から横領し続けたのなら家具程度の金額じゃ規模が小さすぎる、もう一度股間に火球をと火の玉を出すと、震えながら隠しているマジックポーチの場所を教えてくれた。

 壁の板を一枚ずらすと小さな空間が出来、お財布ポーチが一つ有った。

 お財布ポーチの中には着替えや旅の必需品と共に、ランク10のマジックポーチが入っていた。

 当然お財布ポーチごと没収したが、此れは役得と言うものだ。

 問題は此の後だ、侯爵邸の地下牢に閉じ込めたグロズ以下30余名の処分だ。


 《こんな時は天下御免の印籠・・・じゃない通行証の発行元に丸投げするのが最善だと思うが》


 《それが良さそうだな。俺達が侯爵家に口出ししても面倒なだけだしな。然しその前に面倒事が待っているな》


 《ん、カラカス宰相に連絡するだけだろう》


 《その連絡係を侯爵の部下から選抜するとして、誰が信用できるのか判るのか》


 《そっかー、確かに面倒事だな。まっそれはお前に任すわ、俺って猫だからニャアニャア言ってもどうにもならないからな》


 《知恵ぐらい出せよ》


 結局屋敷の使用人全てをホールに集め、ヘインズ侯爵を横に立たせてグロズ達を捕らえ地下牢に拘束している事を伝えた。

 騒めく彼等を静かにさせ、グロズ執事が重用していた者を指差させた。

 その結果5人を拘束し一室に監禁するが、逃げたら賞金首で終生犯罪奴隷に落とす、少しでも刑を軽くしたいなら大人しくしていろと言いおく。


 護衛達も同じ要領で、猫の爪痕を持つ者多数を地下牢に監禁している。

 彼等と懇意にしていた者に剣を突きつけろと命令し、逃げ出した奴はクロウが俺の肩の上から見ていて火球で包み焼き殺す。

 3人程火球に包まれ絶叫と共に死んで行くのを見て逃げ出す奴がいなくなった。

 大人しくなった護衛達に、執事のグロズに協力的だったものを指名させる。


 侯爵の護衛騎士の中から信用できそうな者を選別し、屋敷の警備兵、街の警備隊、侯爵軍と次々と協力者達を同じ様に拘束していく。

 その間ヘインズ侯爵は俺の横に黙って立ち、拘束されたり排除される者達を見ている。


 使用人,護衛騎士,警備兵,警備隊と全て併せると100名以上は拘束したり職務から排除軟禁状態にした。

一段落して再び地下牢からグロズを呼び出し、冒険者ギルドとの関係を聞いてみた。

 ゴルドーのギルマスと結託して一割余分に徴収し、其れを折半していた事を喋った。


 問いかけに言い淀むと、目の前に火球を浮かべれば実に素直に喋ってくれる。

 街の出入りの入場料銅貨一枚から、市場の場所代搾取まで手広く稼いでいたのには呆れた。

 警備兵達を手懐けるのに賄賂を取る事を黙認して、仲間を増やすとは間抜けな侯爵の使用人にしては商才が有ると感心した。


 信頼出来る護衛達の中から選抜し、カラカス宰相宛ての書状を持たせて王都へ早馬を送る。

 其れとは別に、フルンの冒険者ギルドのギルマス宛てにも書状を送る。

 ゴルドーの冒険者ギルドのギルマスが、規定以上の手数料を徴収して懐に入れているので、ギルドの方で対処してくれる様に依頼する。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エディが送り出した早馬は、王城に到着すると教えられた口上を城門で伝える。


 「ヘインズ侯爵配下の者である。エディ殿からカラカス宰相閣下に緊急の書状を持参した。カラカス宰相閣下にお渡し願いたい」


 城門を守る衛兵が書状を受け取り、宰相閣下に確認して来るので城門脇で待機せよと告げて城内に向けて駆け出す。

 暫く待たされたが戻って来た衛兵が、カラカス宰相閣下がお会いになられると告げ案内される。


 主ヘインズ侯爵を引き回す小僧を訝しく思いながらも、侯爵本人がエディの言いなりなので言われた役目に従ったが、あの男は案外大物かもと思った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 カラカス宰相は衛兵からの知らせを受け、嫌な予感に包まれる。

 エディの名が出て良い話は殆ど聞いた事が無い、厄介事とエディと言う名は同義語だとすら思っている。

 その書状を受け取り覚悟を決めて開封し、読み進めるカラカス宰相の顔が歪む。

 何て間抜けな侯爵だ、乱世でも有るまいし使用人の執事に良い様にされるとは情けない。


 書状の内容は、執事が侯爵家を裏から操り横領や賄賂を受け取り、街を自由にしていた所に居合わせた。

 俺の正体を勘ぐり襲われたので返り討ちにしたが、執事に従う多数の者を拘束している。

 ヘインズ侯爵は役に立たず、後始末をカラカス宰相と国王陛下にお願いするとあった。


 従者に連れられてやって来た騎士に詳細を尋ねるが、主立った者達が拘束されたり逃げ出してしまい、詳しい事が判らないと答える。

 何て面倒な事を投げて寄越すんだとエディを恨んだが、貴族の監督は王家の専権事項である。

 騎士達を待たせて国王陛下に事の次第を報告に行く。


 ・・・・・・


 「どうしたカラカス、えらく顔色が悪いぞ」


 「陛下、エディより緊急の書状が届きました」


 「その顔色からすると・・・また始まったのか」


 「いえ少し様相が違いますが・・・」


 エディからの書状を国王陛下に差し出す。

 受け取った書状を読み進む国王の顔色も段々悪くなっていく。


 「情けない。此の様な男が我が国の侯爵とはな。ヘインズ侯爵家の構成はどうなっている」


 「嫡男がいましたが病死、孫が3人王都で暮らしています。男児2人と女児1人ですが、最年長の女児が13才で嫡男は9才です」


 「使えそうな親族は?」


 「性格に難ありの一族でして」


 「いっそエディが侯爵家を継いでくれんかのう」


 「権威に何の興味もなさそうです。現にヘインズ侯爵家を自由に出来るのに投げて寄越しました」


 長く放置する訳にもいかず、急いで役人を集めヘインズ侯爵領を修める代官を選出、王都騎士団300名を付けて送り出した。

 ヘインズ侯爵は蟄居を命じ、侯爵位を降格し嫡男が成人するまでの間ヘインズ領を代官に治めさせる事にした。

 王都のヘインズ侯爵邸に使者を送り、嫡男を連れて登城せよと命じる。

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