第53話 オークの群れ

 家具も無いだだっ広い部屋で蟹を肴に飲む俺の横を、クロウが全力疾走で駆け回る。

 クロウが家を買えといった理由は、大工が俺達の部屋の内装を始めて判った。

 壁にキャットウオークを作らせ窓の内側を広く取り座布団を置き、そこから外を眺める場所作りと注文が煩かった。

 カプセルホテル暮らしでは走る場所も無いし、のんびり外を眺める事も出来ないから無理は無いが、完全に猫の習性を優先している事を判っているのかね。


 極めつけはシャワールームの奥に、湯船を作れと言い出した時には呆れて物も言えなかった。

 道理でクリーンが在るからシャワールームなど要らないと言う俺に強引に作れと言うはずだ。

 《身は猫になっても心は日本人だ! 湯船の無い家は嫌だ》

 と偉そうに言いやがった。

 何時も木桶に湯を張らせて寛いでいるのは誰なんだよ、湯船で泳ぐつもりなのか。

 俺の家作りというよりも、クロウの猫ハウス作りじゃねえかといいたかった。


 7間×5間は広すぎるので半分に仕切り、入って左5分の3を仕切って寝室とシャワールームに、残りは小さいがホール代わりに使う。

 その奥がLDKだ3.5間×5間、此れでも一人では広すぎる。

 寝室にはリビングを通ってしか入れないよう、防御を考慮した作りにした。

 まっ、いざとなったら屋根の上にジャンプするから良いけど、その為に屋根の角度は浅くして寝たままジャンプしても転がり落ちない仕組み。


 出入り口の扉は極めて固い木を使い分厚く頑丈そのもの、窓も外から見れば唯の鎧戸だが石造りで内側は無双窓になっている。

 万一の場合おいそれとは踏み込めない作りにしている。

 クロウが明日は家具を買いに行くぞと張り切っている、どうせ自分の気に入りを探すつもりだろう。

 部屋が広すぎて無防備な感じに何度も目覚めてしまった、やはり家具はだいじだ。


 商業ギルドで紹介してもらった家具店に向かう途中、ヘルド達ヘッジホッグの三人と出会った。

 今どこに住んでいるのか聞くと、ひとり一泊銅貨2枚のホテル住まいだと言うので、俺の隣を格安で貸す事にした。


 「どうだ三人で一日銅貨2枚の格安物件が在るのだが、借りる気はあるか。部屋も広くて綺麗だし2段ベッドも三つ付いているぞ」


 即座に借りたいと言うので、俺の家具購入に付き合わせた。

 六人掛けの食卓と椅子にソファーセットとベッド、布団が無いので場所を聞き布団一式も買うとヘルド達が呆れていた。

 何せヘルド達の布団も買い込んだからな、家に着いて俺の向かいの部屋が格安物件だと紹介すると完全にフリーズ。

 日本流に言えば3.5間×5間の広々ワンルームマンションが、月々銀貨6枚一日銅貨2枚で三人が住めるんだからびっくりするよな。

 食事用のテーブルと椅子しかないがらんとした部屋で、壁に沿って二段ベッドが三つとキッチンにトイレとシャワールーム。


 「エディさん、本当に此れ一日銅貨2枚で借りられるんですか」


 「ああ、大家の俺が言うんだから間違いないぞ。但し条件が在る、俺は留守にする事も多いからその際の連絡や取り次ぎを頼む。金は毎月月初め冒険者ギルドの俺の口座に振り込んでくれ」


 「此の家ってエディさんの家なんですか」×3


 三人の声が綺麗にハモっている。


 王都で結構稼いだからとは言えないな。

 王家から金貨1,000枚、クルス子爵から金貨3,000枚、ザクセン伯爵から金貨200枚にランセン神父の裏金が金貨400枚、ジエットの手前で襲って来た暗殺集団から金貨300枚それ以外にも結構稼いているからな。


 ヘルド達にはパーティーハウスとして使っても良いが、変な奴を入れたら出て行って貰うので気を付けて入れろと釘を刺しておく。

 備蓄食料から三人分の夕食と摘まみを提供し、酒のボトルを一本食卓に置いて向かいの自宅に帰る。

 ベッドとソファーセットに食卓と椅子を並べ終わると、クロウの羽根枕を窓際と寝室の壁に取り付けたクロウの邸宅(猫ハウス)にセットする。

 俺の布団を買う時にクロウがバッグから出てきて、前足で羽根枕をポンポンして具合を確かめ、座り込んで満足したのを買ったからな。

 その時の店員の顔は当分忘れられそうもない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 目覚めると部屋が広いのでひんやりしている、カプセルホテルなら人肌で有る程度の温もりが在るのだが肌寒い。

 石造りの建物だから内装に木を張り巡らせたが、それだけでは保温出来ない様だ。

 壁に取り付けたクロウの邸宅を見ると尻尾が外に垂れて揺れている。


 《起きたのなら薪を買いに行こうぜ、ちょっと肌寒くてな》


 ふわふわもこもこの癖に贅沢な奴だ。

 ストーブは壁に取り付けているが、薪がなければただの飾りにしかならない。

 今日は薪の確保とエールの醸造所巡りをして、美味いエールをたっぷり仕入れておこう。

 しっかりしたキッチンが有ると朝から魚を焼いても大丈夫・・・換気扇がないのを忘れていた。

 自然換気では中々煙が外に出て行かないので、匂いが籠もってしまった。


 お向かいさんに薪を売っている所と、エールの醸造所の場所を尋ねてお出掛けだ。

 ヘルドに聞くと炊事用の細い木なら知っているが、ストーブ用の太い木は裕福な家しか需要がないので冒険者に注文するのだそうだ。

 ヘンクがにやりと笑ってお財布ポーチから斧と鉈を取り出し、俺達も今日は薪集めに出かける所ですって。


 薬草集めはしていたが、倒木のありかなんて考えてもいなかったので知らない。

 久し振りに四人で森に行き薪作りをする事になった。

 倒木でも薪になる様な物は倒れて3,4年たった十分に乾燥した物でないと火付きが悪く煙も多いので注意が必要らしい。

 ごもっともです、ヘルド達に案内されて森の奥に向かう。


 《おい、鳥が騒いでいる。大きな人族・・・乱暴な、小さな人族も食べる・・・オークかな》


 《数は判るか》


 《群れている・・・餌を探して、おい! こっちに来ている様だぞ》


 「皆、静かにこっちに来い」


 不審気な顔つきだが其処は冒険者、静かに俺の後をついてくる。


 「多分オークだと思うが数が多い感じだ」


 そう説明している間に、クロウが鳥が騒ぐ方向に偵察に行ったが、直ぐに戻って来た。


 《此方に向かって来ている。三人の面倒まで見てられないぞ》


 一抱えも有る木が無数に有るのだ、絶対に声を出すなと言って腕を掴み、一人ずつ高い枝の上にジャンプしてロープで括りつける。

 三人を木の上に避難させ耳をすますと、小枝の折れる音や〈グギャ、ギャ〉と独特な鳴き声が近づいて来る、確かに数が多そうだ。


 《フルンに近づかれても面倒だから跳ばすか》


 《だな、2,3頭フレイムを口の中に突っ込んで倒し、残りは適当に跳ばして見付けた奴の稼ぎにしよう》


 「三人は暫く此処に居てくれ、俺は下に行って片付けてくるから」


 クロウのいる枝にジャンプして下を見ると、ざっと数えただけで20頭以上のオークの群れだ。


 《大きい奴から2頭づつ口の中にフレイムを詰め込んでやろうぜ。残りは空の旅を楽しんで貰らおう》


 〈グギャーッ〉

 〈ゴワッ〉


 フラッシュの目潰し攻撃で行動の自由を奪い、口の中に火球を詰め込む。

 変な声を出し口を押さえたり口に指を突っ込んだりしながら、次々とオークが倒れる。

 後は目が見えなくてウロウロしているオークを遠くに投げ捨てる。

 転移魔法が此れ程攻撃に使えるとはね、45度の角度で全周にジャンプさせたので、運の良い冒険者はオークの投身自殺を見付けて稼ぎに加えるだろう。

 少数が逃げ出したが放置、ヘルド達三人を地上に戻し倒れているオークを回収する。


 〈転移魔法って凄いですねー〉

 〈俺始めて体験したけど全然実感が湧かないや〉

 〈気がついたら木の上、えっと思ったらオークが倒れているんだもんな〉


 「最初の時にエディとオークの闘いを見て凄いと思ったけど、今じゃオークを簡単に仕留めているがどうやったかすら判らないよ」


 「オークの群れは潰したからギルドに報告しなくてもいいよ。此の事は内緒な、口止め料としてオークを一人一体ずつ進呈するよ」


 倒木から薪を作るといっても太い木は面倒なので、腕の倍位までの木を選んで斧で4~5メートルの長さに切りマジックポーチに入れていく。

 ヘルド達が倒木の場所を結構知っていて仕事が捗り、当分は足りる量が確保出来た。


 ・・・・・・


 ギルドにオークを売りに行くと、少し様子が変だ。

 ヘルド達と買い取りカウンターに行き、オークの買い取りを依頼する。

 俺がオークと言ったら、周囲や食堂に居る者までが俺達を凝視する。


 「何かあったんですか?」


 「お前達、オークを持ってきたんだな。何処でオークを討伐したんだ、オークの群れを見なかったか」


 ヘルド達三人が一斉に俺を見る。

 駄目だ、知ってますって言ってるのと同じだよ、君達。


 「知っているんだな! 何処で見た?」


 買い取りのおっちゃんの大声に、ギルドの職員や冒険者達が集まって来る。

 ギルマスまで二階から降りてきたよ。


 「あー、そのオークの群れならもういません」


 「いない・・・エディ詳しく話せ!」


 ギルマスが真剣な顔で詰め寄ってくる、ギルマスその顔恐いんですけど。


 「えーと、オークの群れと出くわして倒しちゃいました。で、その一部を買ってもらおうと持ってきました」


 「出くわして倒した・・・ってかお前達がか?」


 ヘルド達三人が一斉に首を振り手を横に振ると、三人が俺を指さす。

 人を指さすなって、親から習わなかったのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る