第259話 星戦



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーふむ。新たなハンノス王は、思った以上に強靭な精神をお持ちのようですね」


「……リオン・エクスヴェル、か」


「お初にお目にかかります、ハンノス王よ。正式にはリオン・ノワール・エクスヴェルと申します」



 転移した先はハンノス王国軍の本陣の中。

 その最も警備が厳重なハンノス王がいる天幕の内部へと直接転移すると、そこには両手が二つの錬装剣に同化・侵蝕されている最中のハンノス王がいた。

 天幕内は酷い有り様で、地面に突き刺された二つの錬装剣から伸びた鋼色の触手や射出された棘によって、ハンノス王の周囲にいた側近や軍の重鎮達も全員が急所を貫かれて倒れ伏している。



「魔王の封印具を二つも扱おうとするのは無謀だと思っていましたが、お見それ致しました」


「……使用契約を自由に解除できるなら、一振りだけにしたかったさ」


「まぁ、リスクを考えればそうでしょうね」



 封印具として元々備わった機能によって、一度使用契約を結んだ錬装剣は使用者の肉体と精神のどちらかが死なない限り、他の者ではその錬装剣の能力を使用することは出来ない。

 ハンノス王は王太子時代から八錬英雄の第二席であったため自分の錬装剣を持っていたが、先代のハンノス王が精神をやられたことで急遽王位を継ぐことになり、王の証でもある上位版の錬装剣も引き継ぐことになった。

 戦争前ならば他にも多数の錬装剣があったため、一振りごとに封印されている魔王の力も小さく、二つを同時に使用しても問題はなかっただろう。

 だが、今では封印具である錬装剣もハンノス王が持つ二つだけになり、魔王の力がこの二つに集中した結果、魔王の力を抑え切ることができずに封印が解けようとしていた。



「さて、皇帝陛下が出来れば貴方の身柄を確保してくれと仰られていますので。今、お助け致しましょう」



 今のところ、錬装剣と同化している手から肩の近くまでが侵蝕されているので、肩の部分を斬り落とせば錬装剣をハンノス王から斬り離せるだろう。

 すぐさま神刀エディステラをハンノス王の両肩それぞれに向かって振るうと、瞬時に伸びてきた金属触手によって斬撃を阻まれてしまった。

 どうやら、いくら神器とはいえ、何も強化していない素の状態の斬撃では斬り裂けない程度の硬度がこの金属にはあるらしい。

 仕方ないので解除したばかりの【世界ヲ解ク刃】を再発動させてから、先ほどよりも本気でエディステラを二度振るう。



「お、今度は斬れたな。そして気絶したか」



 金属触手ごと生身の肩部分を両断することに成功したが、その際の痛みでハンノス王が気絶した。

 まぁ、復活まで秒読み段階の魔王の力に抗っていたようだから、それによる精神的負担が気絶した一番の要因だろうな。

 他の金属触手が伸びてきてハンノス王を確保しようとしていたので、前のめりに倒れてきたハンノス王の襟首を掴むと、帝国本陣へと即座に転移する。



「お待たせしました、陛下」


「うむ。ハンノス王は生きているようだな?」


「はい。今は魔王の力に侵蝕された腕を斬り落とした際の痛みで気絶しています。気絶する前は魔王の力に抗って精神が疲弊していましたので、目覚めるまで少し時間が掛かるかと」



 【復元自在】でハンノス王の両腕を元通りに生やすと、【貪り封ずる奪力の鎖グレイプニル】の黄金の鎖を両手に巻き付かせてから分離し、分離した黄金の鎖を黄金の手枷へと変化させた。

 これでスキルは使えないので、最低限の安全は確保されたはずだ。

 ハンノス王を近くにいた近衛騎士に引き渡すと、ヴィルヘルムの天幕内で待っていたシャルロットが近寄ってきた。



「遂に魔王との戦いですね」


「そうだな。まぁ、なんとかなるさ」


「はい。私もリオン様の〈聖者〉として微力ながらお力添え致します」



 シャルロットがエディステラの柄を握っているのとは逆の俺の手を自らの両手で包み込むと、祈るかのような姿勢を取って目を閉じる。

 すると、包み込まれた手から生まれた青白い光が、そのまま俺の全身へと広がっていった。



[〈聖者〉からの祝福を受け入れました]

[対象の〈聖者〉は称号〈強欲の勇者〉〈創造の勇者〉の適合者です]

[永続的に称号〈強欲の勇者〉〈創造の勇者〉の各種補正値が上昇します]

[永続的にジョブスキル【大勇者アーク・ブレイヴァー】の各種補正値が上昇します]


[特殊支援効果〈聖者の祈り〉が発動しました]

[一定時間、全能力値が増大します]

[特殊支援効果〈聖祈の矛〉が発動しました]

[一定時間、称号〈魔王〉並びに〈魔王〉の眷属への干渉力を増大します]

[特殊支援効果〈聖祈の盾〉が発動しました]

[一定時間、称号〈魔王〉並びに〈魔王〉の眷属からの干渉力を減少します]



 以前の大陸オークションの時にも受けた【聖者セイント】による祝福を受け取る。

 今日の戦で魔王が復活する可能性が高いのは分かっていたので、前もってシャルロットを本陣に連れてきておいた俺の判断は正しかった。

 何せ相手は真性の魔王なので、〈聖者〉の祝福も受けた万全の状態で望むのがベストなのは間違いないからな。



「ご武運を」


「ああ。ありがとう、シャルロット。では、陛下。これより全軍を転移させます。王国軍も射程範囲に入る分は一緒に転移させますが、よろしいですか?」


「うむ、そのあたりの判断はリオンに任せた……気を付けるのだぞ」


「ありがとうございます。それでは、また後ほど」



 ヴィルヘルムからアレクシア、シャルロットと一緒に行動させておいたマルギットとシルヴィア、そして傍にいるシャルロットへと視線を移していく。

 それぞれからの視線を受け止めた後に、ユニークスキル【兵站と補給の魔権ハルファス】の【軍勢転送】を発動させ、俺を除いたこの場にいる者達と皇帝軍の全て、そして王国軍の一部の兵士達を戦場から遠く離れた場所へと転移させた。



「さて、あちらは……まるで塔だな」



 王国軍の本陣がある方角に視線を向けると、そこには時間経過とともに徐々に高さと規模を増していく金属製の巨大な構造物があった。

 高く聳え立つ構造物から伸びる金属製の触手が王国兵や傭兵達などを捕らえては、その構造物の内側へと取り込んでいくのが確認できる。

 【世界ノ天眼ワールドアイズ】で状況を注視しつつ、保有している各種身体強化スキルのうち時間制限のないスキルを発動していく。

 天幕内に移動する際に邪魔だったので一度解除した【星覇天冠】と【栄光の光背フワルナフ】、そして【闘聖戦神の黄金鎧気ディヴァインオーラ】も再び発動させた。

 幾重もの身体強化を済ませると、誰もいなくなった地上から上空へと移動する。

 ここからだと【世界ノ天眼】を使わなくても地上の様子がよく確認できた。



「段々と人型に近付いてきたな……復活中だけど攻撃してもいいよな?」



 取り敢えず、概念系戦術級業炎星魔法の『星天の火柱ヘブンズ・ピラー』を金属製の歪な形の塔へと放ってみることにした。

 立ち昇った黄金の炎の柱が復活中の魔王を丸ごと呑み込む。

 すると、直撃した瞬間こそ熱せられた表面が熔解していっていたが、数秒後にはそれ以上の熔解は見られなくなった。



「熱耐性の能力か何かか、っと一気に速度が上がったな」



 攻撃を受けたことによって危機感を覚えたのか、復活スピードが攻撃前の倍以上にまで跳ね上がった。

 あまり手を出さない方が良さそうだな。



「藪蛇だったかな。まぁ、ノロノロと復活されるよりかはマシだから構わないんだが。というか、想定よりもデカいな……対策をしておかないと戦闘の余波が近くの町まで届きそうだ」



 手元に取り出した〈三天魔導宝杖トレス・ウィレス〉の【三天威・魔導増幅】を発動させると、戦場を隔離するように広範囲へ防御結界系戦略級時間魔法『時界断空隔壁タイム・ウォール』を展開した。

 復活中の魔王の大きさからの予測だが、かなりの規模の戦闘になると思われる。

 近くの町まで距離があるとはいえ安心はできないので、人的被害を防ぐために結界を張っておくべきだろう。

 あとは……やはり、魔王には聖剣がお約束だよな。



「幻葬剣現ーー〈不滅なる幻葬の聖剣デュランダル〉」



 エディステラの第三能力【世界ヲ編ム刃】を使用し、所有している聖剣デュランダルの能力【界理断つ幻葬の煌刃ドゥリンダナ】を発動させた。

 この能力は、凡ゆる防御や障壁、耐性を貫通・破壊する攻撃特化型の能力な上に魔王に効果的な聖剣の能力であるため、見るからに硬そうな〈錬剣の魔王〉には有効だろう。

 更に【銀滅の光神刃アルゲウム・ソルド・ルーメイン】も追加発動させたことにより、【世界ヲ解ク刃】の漆黒のオーラを纏っていた刀身が銀色の光を放ち出した。



「ここまでは以前と同じだが……まぁ、これ以上の強化は状況次第だな」



 大魔王の眷属はこれだけで十分だったが、大魔王よりは格が劣るとはいえ、眷属などではない本物の魔王が相手だったらどうだろうか?

 流石に大魔王の眷属よりかは魔王の方が格上だろうが、どこまで通じるかは実際に試してみないと分からないからな。


 やがて、生物非生物問わず周りの物質を取り込み、同化し、増殖するというプロセスを繰り返し巨大化していた〈錬剣の魔王〉が、遂に身体の構築を終えて復活を果たした。

 まさに巨人用の金属製の全身鎧といった姿を現した〈錬剣の魔王〉の全長は、四十メートルは超えているだろう。

 巨大過ぎて分かり難いが、全身鎧のヘルムの部分が空に浮かぶ俺と同じぐらいの高さの位置にあるので、そこまで大きくは外れていないはずだ。



「ーー◼️◼️◼️◼️」



 金属が軋む複数の音を組み合わせて作ったような耳障りな声が、眼前の巨大な金属鎧から発せられる。

 その声が発せられた後、全身鎧の兜のスリットの奥にある空虚な闇の中に、仄かに青い光を放つ一つ眼モノアイが浮かび上がった。

 青い光の単眼が周りを見渡すように左右に揺れ動くと、間も無く青き単眼が俺へと固定された。



「◼️◼️ーー◼️ー◼️◼️◼️ーー」


「ああ。そうだ。俺がお前の敵である〈勇者〉だ、〈錬剣の魔王〉よ」



 【言語理解】の効果か、それ以外のスキルによる効果かは不明だが、目の前の魔王が何を言ってきたかを何となく理解できたので返事を返してやった。

 その直後、脳内に中性的な音声によるアナウンスが響き渡ってきた。



[ーー〈強欲/創造の勇者〉が〈錬剣の魔王〉と戦闘状態に入りました]

[ーー〈錬剣の魔王〉が〈強欲/創造の勇者〉と戦闘状態に入りました]


[ーー〈勇者〉よ。〈魔王〉を滅ぼし、〈人類〉に繁栄を齎してください]

[ーー〈魔王〉よ。〈勇者〉を滅ぼし、〈魔物〉に繁栄を齎してください]


[両陣営以外の勢力の該当地域への接近が阻害されます]

[勝者には一定範囲内でのみ使用できる〈星域干渉権限〉が与えられます]

[勝者は〈星域干渉権限〉を使用し、各勢力を栄光へと導いてください]

[これより、〈強欲/創造の勇者〉と〈錬剣の魔王〉による〈星戦〉を開始します]



 ……なるほど。

 コレが〈魔王〉と相対した〈勇者〉にのみ聞こえるという〈星戦〉の告知か。

 エリュシュ神教国で読ませてもらった資料に書かれていた通りだが、実際に体験すると色々と気になることが多いな。


 まぁ、詳しくは目の前の敵を倒してから考えるとしよう。




 

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