第21話 主は探偵に有休を与える


 樹脂ケースは見えない手で取り出されたかのようにふわりと浮くと、大曲の腰のあたりで静止した。


「な……なんだ……身体が動かない」


 うろたえる大曲の傍らで樹脂ケースの蓋がぽんと音を立てて吹き飛んだかと思うと、その場に「光る人間」を残してケースごと地面に落下した。


「帰ってきた……自分が……私の「本体」が戻ってきた」


 能島は意味不明の呟きを漏らすと、泳ぐようにやってきた光る人間を自分の中に取りこんだ。チャンスだ、と直感した僕は「いまだ、メテオラ!」と璃々砂に向かって叫んだ。


「――よおし、手加減はしないわよ。遊星仕置ほしおき、最大レベル!」


 立ちあがった璃々砂が天を指さすと、大曲の頭上に暗雲が立ち込め始めた。


「……反省しなさい!」


 璃々砂が叫ぶと雲の裂け目から赤く輝く球体が現れ、真下にいる大曲めがけて落下した。


「――ぎゃあっ!」


 大曲が球体の直撃を受けて地面に崩れると、近くに設けられていた仮設トイレの陰から「ああ、なんてこった」と大声を上げて一人の人物が姿を現した。


「あっ、あんたは……」


 服のあちこちに焦げ跡をこしらえた大曲に駆け寄り、信じられないというように首を振っていたのはなんと坂森だった。


「坂森さん、あなた嘘をついてましたね。トラックでバイクを撥ねたのが大曲さんだって事、本当は知っていたんでしょう?」


 僕が問い質すと坂森はがくりとその場に膝をつき、「だったらなんだって言うんだ。これで特別手当も水の泡だ」と喚き始めた。


「まったく、何がどうなっているんだ。一から十まで謎だらけだ」


 僕が思わずぼやくと、すぐ傍で能島が「ああ、やっと「自分」に戻れた」と今までの受け答えが嘘のようにはきはきした口調で言うのが聞こえた。


「能島さん、あなたは……」


「はい、やっと私の「本体」が帰って来ました。あのケースに入れられていた部分がわたしの思考を司るパーツなのです」


「パーツ?……部分?」


「はい。私は……私たちは数十の『星屑』からなる群体なのです」


「すみません、おっしゃる意味がちょっとわからないんですが……」


 僕が音を上げ、さらなる説明をねだると璃々砂が「ストップ!……今日は働きすぎたし、続きは後にしましょ」と能島の説明を強引に遮った。


「後って……いつだい?」


「そうね、準備もあるし明後日でどう?……明日は特別に探偵をお休みにしてあげるわ」


「お休みねえ……探偵になった覚えはないんだけど」


 璃々砂は僕の皮肉に一切取り合わず、「決まり!じゃあ明後日の午後『シリウス亭』に全員集合よ。そこで「被害者」が消えた謎も詩人と星屑王子の謎も全部、解くわ」と言った。


 ――やれやれ、関係者を集めて謎解きか……引っ越してからこっち、謎の連続で息つく暇もありゃしない。


 僕は胸の内で盛大にぼやくと、やっと起き上がった大曲を困惑顔で介抱している坂森に同情の眼差しを送った。



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