第16話 先輩、私服、どうですか?

 どうしようどうしようどうしよう。


「では先輩、また明日。よろしくお願いします」

「あぁ。また明日」


 駅前で先輩と分かれ。それから家にダッシュで帰る。

 双葉香澄は、友達と遊んだ経験が殆どない。高校生になって恵理さんと少し出かけたことがあるくらいだ。

 休日に男性と会うなんて。初めてだ。


「どんな服を……」


 店の制服か、学校の制服しか見せたことが無いから、うぅ。


「せめて、ダサいとは思われないように」


 飛び込むように部屋に入って、クローゼットをフルオープン。


「できることなら、魅力的に映るように」


 ……何で?

 先輩から魅力的に思われたから、何だというのだ。

 いや、違う。そもそも身だしなみとは、一緒にいる人を不快にさせないための物でもある。つまり、私の考えていることはおかしくない。


「よし」


 どれにしよう……先輩と一緒に歩いても恥ずかしくない服。うーん。


「先輩、どういうの好きなんだろ。……って、ちがーう!」


 全く。はぁ。

 最近、変なことばかり考えるなぁ。


「そんなんじゃない。変なこと考えるな、私」


 こんなことばかり考えるなんて、まるで私が、先輩に……恋心的な何かを抱いているようではないか。

 違うのに。

 それに明日は恵理さんのお勉強のために集まる。つまり。


「もっと真剣に」


 冷静に、さぁ、どれにしよう。




 有坂晃成は自慢ではないが、友人と一緒に出掛けるなんて経験はゼロだ。出かけるために誰かを誘うという発想が無かった。

 買い物に行きたい、気になる映画を見たい、食べたいものがある。行ってみたい場所がある。そんなもの、一人で行けば良い。

 だからと言って別に、あれこれ悩んだりしないが。服とか持ち物とかで。

 別に一人で行くのと誰かと行くのとで、何か大きな違いがあるというわけでもあるまい。


「これで良いか」


 別にきっちりとしたものではないが、どこに行くにも困らない服のパターンがあると思う。

 人と関わったことが無いというわけでもない。親に連れられ大人の集まりに行ったことだってある。


「さて」


 明日の勉強の準備をして、自分の勉強をして。そこそこ忙しいが、引き受けた以上、成果は出す。それが、有坂晃成が有坂晃成であるためのあり方だ。





 電車に余裕で間に合うように改札の前へ行くと、既に双葉さんが立っていた。こちらに気づいた双葉さんはすぐにペコリと頭を下げて。


「おはよう、ございます」

「あぁ。おはよう。悪い、待たせたか」

「い、いえ。今来たところです。ほあっ」

「どうした?」

「いえ、その……似合ってますね。お洒落です」

「あ? あぁ……そう?」 


 自分の恰好を見下ろす。黒のズボンに白と黒のストライプ柄のワイシャツ。普段着ではあるがどこに行くにも困らない恰好。


「はい、先輩らしさがあります」

「そ、そうか。それを言うなら、双葉さんだって」


 白のロングスカートに無地の紺色のTシャツ。俺が女子だとして、恐らくホイホイと出来ない着こなしだと思う。


「に、似合ってる」

「そ、そうですか。ありがとう、ございます」


 しかし何やら視線を感じるな。なんか、周りの人からチラチラ見られている気がする。


「行くか」

「そうですね……そっか、先輩、見た目はまぁ、カッコいいか」

「どうした?」

「何でもありません。行きましょう。そろそろ電車も来ますし」

「あぁ」


 しかしながら双葉さん、元々思ってみたが、改めてこうして見ると、きれいな人だ。なんか一緒に歩くの、勇気がいるな。俺がこういうこと気にする日が来るなんてな。




 「おーい、こーせいセンパーイ、香澄ちゃーん」


 駅前に着くと、恵理が待っていた。


「いやー、センパイ、私服カッコいいですね。香澄ちゃんも、お嬢様みたい」

「ありがとうございます」


 恵理の私服は、ショートのデニムズボンに、ノースリーブの白のTシャツ。動きやすそうというか、まぁ、活動的な恰好だ。格好なのだが……。正直目に毒だ。何というか……そう、豊かな丘が強調されて。うん。双葉さんの目も泳いでいる。周囲の目が俺達に集まっている。


「で、では、行きましょうか」


 居心地の悪さに先に音を上げたのは双葉さんで。


「あぁ。どこでやろうか」


 俺もそれに乗りはする。が、色々考えてはいたが、流石駅前、何時間も占領できそうな場所が無さそうな混み具合だ。


「どうすっかな……」

 あまり遊び歩かないから、混み具合に関しては実感を持った予測が立てられなかった。


「思ったよりどこもかしこも混んでるな。場所あるか、これ」

「では、うちに行きましょう」

「うちって?」

「あたしの家です」

「あぁ……良いのか?」


 恵理はニカッと笑って頷いて。


「駄目だったら提案しませんよ」


 なんて言って先導するように歩き出す。確実に確保できる静かな場所と考えれば、これ以上の選択はない。


「それもそうか。では、場所、借ります」

「どうぞどうぞ」

「あっ、えっ、あっ」

「どうした?」

「あー……いえ、何でも、ありま、せん」

「そ、そうか」


 何だろう。首を横に振り、俺の横に並んで恵理の背中に続く。ちょっと、機嫌が悪そうに見えるな。


「双葉さん?」

「大丈夫です。何も問題ありません」

「そうは……見えないな」

「大丈夫です!」

「わ、わかった」


 双葉さんは少しだけ足早に歩いて恵理の横に並ぶ。涼し気で活動的な恵理の格好と、大人し愛でお嬢様然とした双葉さんが並んでいる光景は、対極に見えるが、どこかしっくりと来る。不思議な眺めだ。

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