第15話 先輩、仲直りです!
仲直りした、ということで良いのだろうか。
双葉さんは朝、いつも通り弁当を持って来てくれて。コンビニで用意しようか迷っていたところだったから助かった。だけどそれからすぐに恵理のところに走っていってしまって、久しぶりに一人の通学路になった。
それから放課後、俺は少しだけ緊張しながら四階の一年生の教室に向かう。教室の前まで来て、悩む。入って良いのかこれ。
「何しているんですか? 早く入ってきてください。時間、あまり無いのですから」
扉の前で足を止めてしまっていた俺に声をかけてきたのは双葉さんで。
教室の中にはすでに三人で使う席が準備されていて。その一つに、昨日より少し顔色が良い恵理がいて。
「こーせいセンパイっ、今日もよろしくお願いしますね」
なんて言っていつも通り笑って見せてきて。
「あ、あぁ。その」
「謝罪はいりませんよ。センパイの言っていたこと、あたしも同意するところありましたし」
「恵理さん?」
「あたしがちゃんと自分で高い目標も用意するべきでした。最終目標ってやつですね。それを達成するための中間目標。センパイも香澄ちゃんも、どっちも間違えていなくて、二つ揃って正解だと、あたしは思いました」
そして恵理は机に俺が出した課題を並べる。
「解いて来ましたよ、課題。採点と解説、お願いします」
「あ、あぁ」
受け取ったノートに書かれた答えは正しくて、途中計算も不備が無い。
「そうか、なら……」
俺はそこで、兼ねてより考えていたことを実行するべく提案しようとするが、すぐに飲み込む。この方法は正しいのか。
俺はまた、間違えようとしているのか。
くそっ、たった一度の失敗で臆病になってやがる。だけど。もう失敗は許されないぞ。
「先輩、どうしたのですか?」
「あ、あぁ、いや。凄いぞ、恵理、正解だ」
「本当ですか!」
「凄いですね、恵理さん。それで先輩は、何を言いかけたのですか?」
「えっ」
双葉さんの瞳は俺を捕らえて逃がさない。視線を逸らしてもずっと合わせたままな気がして。
「な、なんで」
「先輩が、何か考えがある時の顔をしていたので。でも、それを咄嗟に飲み込んだように見えたので。何か思いついたのなら、とりあえず言ってみてくださいよ。勝手に没にしないでください」
「だ、だけど」
「先輩が提案する寸前まで行ったのでしたら、とりあえずアホな提案では無いと思うので。これでも先輩のこと、信頼はしているのですよ」
「なるほど、センパイ、あたしも聞きたいです」
「……あー。その、なんだ。この問題、恵理さんに解説させようと、思ってな。やり方」
なんとなくで解いてないか、ちゃんと理解できているか、それを確かめたかった。
「なるほど、その手法は聞いたことがあります。恵理さん、やってみましょう」
「うぇ、マジで?」
「マジです」
「大丈夫だ」
「先輩、何を根拠にってそれ、私の小テスト」
「これくらいできているのなら、多分、できる。だから、やってみてくれ」
恵理のクリアファイルから取り出した紙束は丁度目当てのもの。どの教科も、着実にレベルアップしているのを数字で示してくれている。
布良先生から聞いてはいたが、確かに点数が伸びている。思わず、口元が緩むのがわかった。
「センパイ。嬉しそう」
「そ、そんなことはない。ちゃんと勉強すれば成績も上がる。当然だ」
「照れ隠しですね」
「さ、さっさと始めろ」
「はーい」
恵理が教壇に立ち、俺と双葉さんは席に着く。
「えっと、それじゃあ……」
時々言葉に困りながらも、恵理は順序を追って、自分がやったことを説明した。
中学生なら小学生に、高校生なら中学生にわかりやすく説明できれば理解はできている。というのが俺の持論だ。
「できてるよ。お疲れ様」
「ありがとうございます」
「まぁ、これからの一週間の方が、ある意味大変かもしれないが」
「えっ?」
さて、残り一週間。何をするかと言われれば。
「ここまで、徹底して数学と英語をやった。これは問題を解く感覚に慣れてもらうための時間だった。しかしながら当然、残りの教科もやらなければならない。だが、残りの科目は、覚えてどうにかする科目だ。勿論、覚え方もちゃんとしてもらうが」
歴史的事件を一つとっても、どうしてそれがなぜ起きたのか、その結果何が起きるのに繋がったのか。これらを一連の流れとして覚えることで、いくつかの重要な用語をセットで覚えることができる。こうして覚えたものを俺は、手応えのある知識と呼んでいる。
「同様のことが理科系科目でも言える。恵理の選択は、地学だったか?」
「はい」
「そうか。例えば今だと、あれか、断層とか海嶺とかプレートとか、その辺りだろ」
「そ、そうですね。あれ、ちなみに先輩の選択って」
「生物だ。二年で物理にしたけど」
「なんで選択してない科目の進度まで把握しているんですか」
「教科書は買って読んだからな」
なんか注文できたから選択してない科目も全部買ってしまった。
「まぁそれはどうでも良い。社会よりもわかりやすいだろ、地震も火山も。何で起きたか、が結び付けやすい。つまり、キーワードとキーワードを繋ぎやすい」
「そ、そうですね?」
「ピンと来ていないようだが。大丈夫だ。詰め込みで丸暗記するより効率が良いし、頭の中に定着してくれる」
さて、もう一つあるな。
「後は国語だな。古典はちゃんと知識があるかのどうかの勝負で、現代文は漢字を覚えているかどうかと、文章をちゃんと素直に読めているかどうかだ」
「素直に? ですか」
「あぁ。勝手に頭の中で補完して、書いてない事を勝手に解釈に加えるな、って話だ」
でも世の中にはいるのだ。どこにも書いていないことについて勝手に怒る奴が。
「まぁこれについては、折角範囲が指定してあるんだ。ノートと見比べながらしっかりと読むことだな。というわけで残りの一週間は俺と双葉さんでしっかりと授業していく」
しっかりと原因と過程と結果を整理して覚えてもらうから。俺と双葉さんの教え方の腕も大分問われる部分になる。
「そんなわけで早速俺だな。恵理は確か世界史だよな。大航海時代とルネサンスと宗教改革辺りだろ」
「はい」
「じゃあ、とりあえず大航海時代だな……」
なるべくストーリー仕立てで。
わかりやすく、相手の反応と状態を見ながら、噛み砕いて、言い換えて。
「と、まぁ。東へ東へと勢力を伸ばしていたポルトガル人が、種子島に辿り着いて、そこで鉄砲が日本に入ってくるわけだ。西へ勢力を伸ばしたスペインはアメリカ大陸で先住民の土地を奪って行って、フィリピンを領土として、太平洋を渡って日本に辿り着く」
「す、すごいですね、太平洋を渡るって」
「この辺りはイタリアのコロンブス、ポルトガルのマゼランとヴァスコ・ダ・ガマが出てくる話になるな。中学の頃もやっただろうけど」
「はい、名前と、何でしたっけ、西廻り航路とか」
「あぁ。その通りだ。その辺の話は後でやろう。ちょっと日本史に踏み込む話も始めてしまったからね、一回閉める。そんなわけで、スペインとポルトガルは競うように日本と貿易しながら、キリスト教を広めていくんだ。宣教師って中学の頃にやったと思うが、あれだよ」
「あれですか。フランシスコ・ザビエル」
「その通りだ。ちゃんと覚えてるじゃないか」
「えへへ」
ふと、双葉さんの退屈そうな顔が目に入った。何だろう。後で聞いてみるか。というか、なんか知らんけど、俺が受け持った覚えのない生徒まで授業聞いているんだけど、これはなんだ。別に良いけどさ。
「と、まぁ、大航海時代が大植民地時代に。帝国主義とかが出てくる時代になっていくわけだ」
「す、すごいです。なんか、ドラマとか見ているみたいに、頭の中にストーリーが」
「そういうことだよ。俺が言っていたのは。単語とかを独立して覚えようとするから暗記が苦しくなるんだ。もう少し気楽にやって良いんだよ、こういうのは」
「あっ」
「どうした?」
「センパイって、そういう風に笑うんですね」
「は?」
ガタっと音がして恵理が振り返り俺もその方向を見る。どうしてか双葉さんが勢いよく立ち上がっていた。
「あ、すいません」
双葉さんが申し訳なさそうに頭を下げて。
「すいません。どうぞ、続けてください」
「あ、あぁ」
それから、俺はなるべく物語として覚えられるように話す。黒板にも、流れで覚えられるように、原因、過程、結果を意識して書いていった。
「ありがとうございました。センパイ」
「いや。明日から週末か。励むんだぞ」
「それなんですけど、センパイ」
「ん?」
「週末も、お勉強、ご一緒出来たらなぁって……い、いえ、センパイもご自分の勉強ありますよね。すいません」
「いや、そうだな。確かに。俺は何を馬鹿なことをしようとしていたんだ。休日こそ、全力で活かすべき日じゃないか」
なんで勝手に平日だけと考えていた。
「恵理の予定が許すのなら、よしわかった。やるぞ。双葉さんはどうする?」
そう問いかけられた時。私の中で、休日に先輩と恵理さんが二人で会う光景が頭の中にちらついて。
その間、刹那の一瞬。
「行きますやります会います空いてます」
「そ、そうか。なら、頼む。じゃあ、明日。とりあえず、恵理はこっち住みだっけ」
「はい。そうです」
「なら、俺と双葉さんは定期券あるし」
余計な小銭使わせるのも申し訳ないし、俺達から合流した方が良いだろう。
「よし、駅前十時で」
「わかりました」
「ありがとうございます。お二人とも。よろしくお願いします」
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