第14話 先輩、お互い、不器用ですね。

 器物損壊に当たりはするが、電話で事情を説明された店長が事を大きくしたくない、荒立てたくないという方針を示したことで、買い取ってもらうという形で、対応を引き継いだ社員さんが収めた。

 なんとなく、店を出る時、俺は双葉さんを待っていたし、双葉さんも、待っている俺を見て、「行きましょう」と、一緒に帰ることを促してくれた。


「珍しかったな。双葉さんがあんなに怒るの。俺のこと、認めないんじゃないのか?」

「先輩のことはすごいとは思いますし、尊敬もしています。ですが、認めません」

「よくわからないな」

「私も、自分で言っててよくわかっていません」


 仕事終わり、駅前までの道、二人で歩く。すっかり当たり前になった、けれど、もう戻ってこないと思っていた時間。よく見るようになった、もう見れないと思っていた横顔。今日は少しだけ唇を尖らせている。どこか、自分の部屋に帰って来たような安心感が、そこにはあった。


「さっきしてしまったことも、わかりません。先輩なら上手く切り抜けられるとわかっていたのに、私は……手を、伸ばしてしまいました。許せなくて」


 ぼんやりとした目を空に向けて。そして。


「昔、父に言われたんです。正しさで殴るのは爽快で、正しさを振りかざすのは、確かに気持ちが良くて。正しさで相手を打ち負かすのはとんでもなく満足感がある。

 圧倒的に有利な論陣で、相手の言うことやること全てを封殺して、一方的に殴るのは、とても気分が良いと。でも、ある時気づいたそうです。本当に正しいのかと? 言っていることは正しくても、やっていることは正しいのかと」


 ちらりと双葉さんが目を向けたのは、駅前に夜、屋台を開くたこ焼き屋。


「……一緒に食うか?」

「……では、半分こで」


 一パックだけ買って、ベンチに座る。


「美味しいですね」

「あぁ」


 お互い黙々と十個入りを五個ずつ食べて。ソースの香り、鰹節の風味、サクッとした生地の食感、タコの歯応えをしっかりと味わって。


「……続きですけど、父は思ったそうです。相手の面子とか、プライドとか、気持ちとか、そういうのを丸ごと叩き潰すようなことが、正しいのかと。思えば、父がこうして私が自分で帰るのを許すようになったのも、そういうことなんですよ。きっと。私の意思を尊重してくれたんです。かなり争ったとは言いましたが、きっと、試していたのでしょう、私のこと。だから最後には引いてくれた」


 ただただ沈んでいく。双葉さんは沈んでいく。自分が未熟であることを一人で反省している。


「……それで?」

「え?」

「その話を通して、俺に何を言いたいんだ、君は。謝罪ならいらない。あれは俺がもっと考えるべきことだった。効率を優先し過ぎた、成果を急ぎ過ぎた。反省するにしても君が重く考えるようなことではない。俺が悪い。俺がもっとちゃんとすべきことだった」

「で、でも。私は、近くで……」

「近いからこそ、見えないものだってあるだろ」


 それでも、近くで恵理さんを見ていて、恵理さんの変化を確かに感じていて、でも、ギリギリまで声をかけられなかった。知っていても見ているだけなんて、加担しているのと一緒だ。


「それに、先輩のこと、責めてしまって」

「当然だ。君の大事な友達のことだ」

「今だって、先輩の優しさに、甘えて……」

「俺は優しくなんかない」

「なんで、怒らないんですか、先輩は」

「理由が無いからな」

「ありますよ……私、先輩に、酷い事」

「言ってないし。してない」


 全く、本当に。


「君は本当、不器用だな。もっと気楽になれよ」

「それ、先輩が言います?」

「そうだな。お互い、めんどくさいな」

「……そうですね。本当に」

「だけど、そうだな。君の今の話は、俺に、かなり突き刺さった。正しさを振りかざすこと、俺はもっと、考えるべきだった。俺のやっていたことは、子どもの自己満足だ」


 自分の正しさを証明したいだけ。間違いを改めさせるのではなく、ただ、叩き潰すだけ。何の意味も生産性も無い。


「……私も、改めて気をつけようと思います」


 こうして先輩と話していて思う。これからはもっと、ちゃんと、話していくべきなのだろう。言わなくてもわかるなんてものは、甘えなんだから。だからといって、言葉を交わせば分かり合えるというわけでも無いけど。

 だからこそ、些細なやり取りの積み重ねが、大事なんだと。

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