15-10 姫騎士の闘い

 今度はフィリスが闇の精霊に操られたルミナスに戦いを挑んだ。

 ある程度アリシアと戦い消耗させる事に成功した為、ルミナスを覆う闇の魔力は減少しつつあった。

 でもそのおかげでルミナスが半覚醒状態になって本来の戦闘パターンになり、アリシアでは上手く対応できずフィリスに交代したのだ。


 前ぶれなく高速で間合いを詰めるフィリス、そしてそれを迎え撃つルミナス。

 突然フィリスの頭上に雷撃が発生した、それに気づいたフィリスはさらに早く踏み込み回避しようとする。

 そしてそれはルミナスにとっても予想通りだったのだろう、フィリスが向かう先の地面がぬかるみ出した。

 それはさっきアリシアが不覚を取る原因にもなった、ルミナスの『泥沼マッド・プール』の魔術だった。

 しかしその沼の上をフィリスは何でもないように走っていく。

「あれはフィリス様の『水駆け』!」

 フィリスは足の裏の水分を魔力で覆って〝固定し〟その上を歩ける技を持っている。

 それを今ルミナスの魔術に対しておこなっている。

 それだけなら特筆する事ではないアリシアにだって出来る、しかしあの高速の踏み込みの最中にとっさに出来るか疑問だった⋯⋯無論アリシアはあのような高速の踏み込みなど出来ないが。

 次にルミナスは土を槍衾に変える魔術『土竜の千獄錐ガイア・ニードル』でフィリスを迎撃する。

 しかしフィリスはあらかじめわかっていたように剣をすくい上げるような剣筋で振り、切り飛ばした。

「すごい⋯⋯フィリス」

 アリシアはただ驚愕する。

 闇の精霊の干渉が収まりつつある今のルミナスは、本来のトリッキーな戦い方に変わっている。

 それにアリシアは対応できずに不覚を取った、だが目の前のフィリスはお構いなしにルミナスへと肉薄する。

「勘のいい方だとは知ってましたが、あれほどとは⋯⋯」

 そんな感想がミルファから出た。


 ――勘がいい⋯⋯か。


 フィリスはよくそう評価を受ける事がある。

 それはフィリス自身も自覚しているが、失敗する事があるのもまた自覚している。

 だからフィリスは、と、思うようにしていた。

 でもフィリスは後で振り返ると致命的だった選択肢を、正しく選んでいたと実感する事がとても多いのも事実だった。

 しかしその理由はフィリスにとって何となくの無自覚なものばかりだ。

 ただ運が良かっただけ⋯⋯次はわからない⋯⋯

 それを一番恐れるのはフィリス自身だった、運や勘がいいなどの周りの評価や期待は彼女にとって重荷である。

 そんな運や勘になど頼りたくないと努力を惜しまない⋯⋯それがフィリスの選んだ道、しかし周りからの評価は違った。

 結局努力は目立たず、運や勘の良さはよく目立つ⋯⋯それがフィリスの客観的な評価になる。

 そんないつも不安と隣り合わせなフィリスにとって、このルミナスとの戦いはむしろ気が楽だった。

 わかるからだ、次にルミナスが何を仕掛けてくるのか。

 それはフィリスの一番のライバルがルミナスで、ずっと彼女がどんなことを出来るか考え続けた結果なのだろう。

 運や勘ではない、今までの努力や研鑽によってこのフィリスの戦いは支えられていた。

 それがフィリスには嬉しかった。

 ルミナスの攻撃をフィリスは予想通りに対応して突破する、それの繰り返しが続く⋯⋯

 もちろんフィリスもルミナスを殺す事が目的ではなく消耗させる事が狙いだった、だから無理に間合いを届かせようとはしなかった。

 いや⋯⋯しようとしてもそれを許さない、ルミナスの圧倒的な弾幕がそこにはあった。

 だからこの戦いはフィリスに不利⋯⋯ではない。

 フィリスの持つ『理想の剣アルカディア』には持ち主の体力を『回復』させ続ける力があるので、このままルミナスが力尽きるまで戦い続ければいいだけなのだ、訓練の時とは違って。

 こうしてフィリスとルミナスの戦いは長時間膠着したのだった。


「あれ⋯⋯私、何やってんの?」

 戻った⋯⋯そうアリシアは確信した、しかしフィリスはお構いなしにそのままルミナスを攻め続ける。

「騙されないわよルミナス!」

「えっ!? ちょ! 何よ! どうなってんのよ! ノォー! ノーーーー!」

 そう叫ぶルミナスはあわててその手に『宵闇の黒曜剣ダーク・ブレイダー』を作り出し、フィリスの『理想の剣アルカディア』を止めた。

「やっぱり、まだそんな闇の力を残しているじゃない!」

「ヤバい! ヤバい! これそう長い時間持たないのよ! 助けて! 誰か! 死ぬ! 殺される! 二人とも見てないで助けて、お願い!」

 そしてようやくアリシアとミルファは動き、フィリスを止めるのだった。

 こうしてルミナスの暴走は止まったのである。


「はあ⋯⋯あれからそんな事が⋯⋯」

 ルミナスはこれまでの経緯を聞きながら着替えている。

 それまでルミナスが着ていた白い衣はすっかりボロボロになっていたからだ。

 こうしてルミナスはツインテールのいつもの姿に戻っていた。

 そんなルミナスをアリシアはじっくり観察する。

「肌の色も戻ったし全身の文様も消えた、髪の色も変化ないし何とかおさまってよかったよ」

「私そんな風に変わっていたんですか?」

「ルミナスじゃなかったら完全に闇の精霊に乗っ取られていたよ、正直ルミナスでよかった」

 その説明を聞きながらルミナスは身体のあちこちを確認し、異常が無いか確かめる。

「は⋯⋯! 胸が少し大きくなっている?」

「え、そうなの?」

 フィリスにはわからない微細な変化である。

「毎日確認していた私が間違えるハズがないわ!」

 ルミナスには今着替えた服が、少しだけキツくなっている実感があった。

「まあ闇の精霊が入ってルミナスの器は押し広げられた訳だから、精神は当然で肉体にも変化はあって当たり前だけどね」

「そうなのですか、アリシアさま!」

「でもそれは魔力的な事で、肉体の変化は一時的な事だと思うけど⋯⋯」

「でも、だとしても、この状態を維持できれば⋯⋯」

 そんなルミナスをみんなは生暖かく見つめる、ようやくいつものルミナスに戻ったと実感しながら。

「たぶん、これからルミナスは大変だと思うけど頑張ってね⋯⋯私も協力するから」

「えっ? 何の事です? アリシアさま?」

 その答えをルミナスは今聞くことは出来なかった。

 森が騒がしくなり始めたからだ。

「アリシア様⋯⋯森の様子が!」

「うん⋯⋯ちょっと騒ぎすぎたね、スタンピードが始まった」


 この森でのスタンピードは他の魔素溜まりとは勝手が違う。

 なぜなら魔獣が流出する場所がないからだ、よって魔獣たちは何処へも向かわず単に興奮状態で手あたりしだいに暴れだす。

「リオン達は無事かしら?」

 操られたルミナスから逃げる為に、この森へと入ったリオン達をフィリスは心配した。

「私のせいで⋯⋯責任は取らないとね」

 ルミナスは戦いにおもむく為にエリクサーを取り出し、飲もうとした。

「待ってルミナス! 飲んじゃ駄目!」

「えっ!? どうしてですかアリシアさま?」

「⋯⋯今ルミナスの身体にはさっきの闇の精霊の欠片がまだ残っている、だから今回復したらそれまで活性化して元通りになる」

「じゃあ私このままなんですか!? もう戦えないの!?」

「⋯⋯方法はあるから元には戻せるけど、今は時間がないし説明も後で。 よく考えて決めてもらわないといけないし」

「私の身体⋯⋯どうなっているんです?」

「今は元には戻せる、とだけ言っておく⋯⋯信じて」

「わかりました」

「じゃあ今回ルミナスはお休みね」

「しかたないわね」

「では私がガディアの里までルミナス様をお連れしましょうか?」

「そうね、ミルファちゃんお願いね」

「はい、わかりました」

「手間かけさせてごめんね、ミルファ」

「いえ、お気になさらず」

 そして白い翼を生み出したミルファに抱えられてルミナスはガディアの里へと向かった。

「⋯⋯きっとルミナスにも出来るはず」

「さあアリシア! 私たちはリオン達を探しましょう!」

「うん!」

 こうしてルミナスとミルファは里へと戻り、アリシアとフィリスはリオンを保護するため森の奥へと向かうのであった。

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