15-06 シリウスの大暴走
突然ガディアの交渉の責任者が族長のシャリオから、その息子のシリウスへと変わった。
その成り行きに王国側の交渉団はただ困惑する。
「それでは頼む、ネージュ殿!」
「え⋯⋯ええ」
内心の動揺を抑え込みネージュは話を続けた。
今の世界情勢、その中での王国の立場、今の帝国との関係⋯⋯などだ。
それらの話を黙って真剣に聞く、シリウスはしばらく考えると話し始めた。
しかしそれはネージュではなくその隣のリオンにだった。
「その⋯⋯リオン、君に聞きたい! 君の里ゾアマンはどうなのだ? 王国とはどういった関係を築いているのか、君の話を聞きたい!」
「えっ!? 私にですか?」
突然話しかけられリオンはあわてる。
「リオン、答えてあげて」
そうネージュに促された。
ネージュも自然な流れだと感じたからだ、エルフであるシリウスが王国のエルフに世の中を聞こうとするのは。
そしてリオンは話し始めた。
「私の住むゾアマンもこのガディアと同じです、森で狩りをして暮らしその獲物を対価に王国と交渉し守ってもらっている⋯⋯いえ、助け合ってます」
リオンが語るゾアマンは魔素溜まりである森の恵みを収穫し、それを王国に売って生計を立てている。
そして王国はその取引で得た素材は日々の生活に無くてはならないものになっている、毛皮だったり薬の材料だったりだ。
その対価として王国はゾアマンに対して布や酒や食料など森では手に入らない物資を送っている。
また時にはゾアマンだけでは手に余るスタンピードの時などは、王国の軍事力を提供して貰ったりすることもあるとリオンは語った。
リオンの顔をじっと見つめながらシリウスは考える。
その在り方は我々とポルトンとの関係となんら違わないと。
たとえ遠く離れて別々の場所で過ごしていたとしても、似た生き方に辿り着いた同胞なのだとシリウスはゾアマンを⋯⋯いや、リオンをそう認めたのだ。
そしてそれがシリウスには嬉しくて仕方がなかった。
「一つ聞きたい、王国の⋯⋯いやゾアマンのエルフの人口はどうなっている? 多いのか少ないのか?」
「え? 人口?」
突然の質問にリオンは口ごもる、具体的な数字が出てこなかったせいだ。
「えっと⋯⋯たぶん多くも少なくもないと思う」
やや頼りなくリオンは答えた。
「ゾアマンの民の人口は百五十万人くらいですね」
そうリオンの隣のネージュが補足した。
「百五十万!? そんなにいるのか? そしてそれで多くも少なくもないと?」
「ええそうです、別に森が狭いわけでもなく、むしろ土地は余ってるというか⋯⋯」
そうリオンは今まで育って来たゾアマンの印象を語った。
それを聞きシリウスは真剣に考え始めた。
「あの⋯⋯ゾアマンの民の人口が何か気になるのですか?」
遠慮がちにネージュも質問する。
そしてシリウスは重い口を開き始めた。
「これはこのガディアの問題だが、人口が増えすぎているのだ⋯⋯」
シリウスは語った。
元々帝国から追われた者が辿り着く前からこのガディアの里はあり、エルフも居たのだと。
その両者が合流し、やがて血が交わり今のガディアとなった。
だがその結果、人口が増えすぎてしまう問題が起きてしまったのだ。
このガディアの森の広さはゾアマンとさほど変わらない、しかし船の材料にする為の植林が島の領土の多くを占める為、人口は限られた地域に密集しているのだ。
なおゾアマンの樹木はこことは違いあまり伐採はされないので、エルフが住める場所が多くなっている。
「このガディアではおよそ五十年おきくらいに子供が多く生まれて人口が増える⋯⋯今では何とかなっているが五十年後百年後、おそらく困る事になるのだ」
それは未来を見据えたこの里の問題だった。
「それなら!」
「黙ってろ帝国の皇女! 今は彼らと話しているのだ!」
ルミナスが何か言いかけたがシリウスはそれを遮った。
「⋯⋯ごめんなさい」
それ以降ルミナスが口を出す事は無かった。
そしてシリウスの話を最後まで聞いたネージュは確認を取る。
「つまりあなたはこの里のエルフを王国に移住させたい⋯⋯と、考えていると?」
「おおむねそうだ、この里の年寄りはこの地で大人しく過ごせばいい、だがこれからの若者には未来が必要なのだ!」
そのシリウスの考え自体は真っ当な物であったが、この交渉はネージュの権限を大きく超えるものであった。
「申し訳ありません、その話はわたくしではこれ以上進められません」
「そうか、ならそちらの姫ならどうだ?」
シリウスは今度はフィリスに話を聞く。
「ごめんなさい、私からも今答える訳にはいかないわ、一度戻ってお父様と話をしないと⋯⋯」
「お前の父とはエルフィード国王だな?」
「ええ、そうよ」
「なら話をしてくれ、そしてここへ王を⋯⋯いや俺の方から出向くのが礼儀だな、俺が直接王と話す! どうか連れて行って欲しい!」
そのシリウスの提案にフィリスとネージュは目を合わせて考える。
「わかったわ、ひとまずあなたをお城まで連れて行ってもいいか聞いてみるから、少し時間をください」
「ああ、構わんぞ」
こうしてフィリスはアリシアに頼んで自分だけお城へと転移してもらった。
「今のが転移魔法か⋯⋯これほどの魔女を従える王国は強大なのだな」
「別に私は王に仕えている訳ではない」
アリシアはシリウスの誤解を解く。
「なに? そうなのか⋯⋯たしかにそれだけの力を持っていれば王国とも渡り合っていけるのか」
「別に王国とは渡り合っている訳ではない、でも助け合う善き関係を築けているとは思う」
「ふむ⋯⋯なるほど」
シリウスはアリシアと話して何かを考え始めた。
お城に戻ったフィリスからの連絡は通魔鏡でしてくる予定だった。
その連絡が来るまでの間ひとまず会議は休憩となる。
休憩中リオンとネージュが話しているところにシリウスがやって来た。
「リオン! 話があるがいいか?」
「えっ!? いいけど?」
一瞬リオンはネージュと目を合わせて確認した、そしてネージュはリオンにシリウスから話を聞きだす事を薦める。
「そうか! なら今後の予定を話しておこう! 俺は王国と話を付けこのガディアとゾアマンの友好関係を築くつもりだ」
「ええ、それはいいと思います」
リオンにとってもその話は素晴らしいものだと思った。
「そうか! お前もそう思ってくれたか⋯⋯やはりこれは運命だな」
「運命?」
リオンはキョトンとした。
「リオン! 俺の妻になれ! 俺とお前の二人でガディアとゾアマンを束ねたエルフ族の未来を作ろう!」
そのシリウスの告白に辺りは静寂に包まれる⋯⋯
リオンとネージュは絶句して見つめ合った。
「兄さん⋯⋯なに言ってんの?」
近くに居たミラも困惑していた。
こんな兄をミラでさえ知らなかったからだ。
「おかしなことか? 初めてリオンを見た時から思っていた、こんなにも勇敢で気高いエルフは見たことがないと⋯⋯そしたらリオンはゾアマンの族長の娘で俺は次期ガディア族長だ! これを運命と言わずなんという!」
そのシリウスの考えはそれほどおかしくはない⋯⋯おかしくはないが⋯⋯
「あの⋯⋯シリウス様、申し訳ありませんがリオンは貴方の妻には成れません」
「何故だ!?」
そのシリウスの剣幕にもたじろぐことなくネージュは毅然と返した。
「そのリオンは我が国エルフィード国王、次期国王のアレク様の婚約者なのです」
「な⋯⋯なんだと⋯⋯」
「そうなの、私とネージュは二人でアレク様に嫁ぐから、その⋯⋯ごめんなさいシリウス」
そのリオンの言葉にシリウスの表情が一変した。
「ふざけるな! 認められるかそんな事! それに何だ、妻を二人だと! そのアレクとは何なんだ!」
「アレク様はエルフィード国王の王太子です」
そのネージュの答えはさらにシリウスの怒りに火を付けた。
そしてシリウスは強引にリオンを抱き寄せ、剣を抜いた。
辺りに緊張が走る⋯⋯
「リオン! お前はここに残れ! そしてエルフィード国王の者は、お引き取り頂こう!」
「兄さん!」
このあまりの急展開にアリシアはとっさに動けなかった。
「どうするネージュ?」
アリシアはネージュに囁くように聞く。
「⋯⋯ひとまずここは引きましょう、彼がリオンを傷つける事は無い⋯⋯と、思いますし⋯⋯」
とりあえずこの場でのネージュは判断を下せなかった。
そしてそのままシリウスに促されて族長の館から追い出される。
気がつくと族長の館はシリウスが率いるエルフの戦士団によって警護されていた。
自分がその気になればいつでも彼らを全て無効化してリオンを救える⋯⋯だからこそアリシアはすぐには動けなかった。
今は良くてもこの後の王国とガディアとの関係に致命的な遺恨を残す事になるからだ。
まあもしかしたら今更なのかもしれないが⋯⋯
そんなアリシアの手の中の通魔鏡に、フィリスからの連絡が来たのはその時だった。
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