15-05 変革の時

 ガディアの民の族長の館にルミナスは丁重に案内された。

 だがまだルミナスは一言も口を開かない。

 その痛ましい姿を一通り見納めたシャリオはアリシアに頼んだ。

「王国の魔女よ頼む、その者を治してやってくれ」

「⋯⋯わかった」

 アリシアはルミナスに近づき魔法で元に戻す。

 今回はルミナスも断らなかった。

「ありがとうございます」

 そのルミナスの礼はアリシアにというよりもシャリオに向けて言ったものだった。

「まだ帝国を許した訳では無い⋯⋯だがそなたは話をするに値すると思わせてくれただけだ、この者達がな」

 そうシャリオは他のアリシアを始めとするエルフィード王国の面々を見つめた。

「感謝します、エルフィード王国の皆様方」

 そうルミナスはフィリス達に頭を下げた。

 それを見ていたシャリオは語りだす。

「あの頃の帝国では考えられんことだ、そのように他国の者が帝国を庇おうとするなど」

「我が帝国は変わりました、今では周辺諸国とも穏やかで友好的関係を築いております」

「そのようだな」

「是非ともガディアの方々ともそんな関係を持ちたいと帝国は願っております⋯⋯許されるなら」

 そのルミナスの話をシャリオは聞き、しばらく考えてから――

「その話はまだする気は無い⋯⋯今は、まだな」

「わかりました、いつまでもお待ちしております」

 そうルミナスが礼をしてひとまず帝国の問題は終わった。

 次は王国とのこれからについてだった。

 ひとまずルミナスは王国とガディアの交渉を邪魔しないように隅っこへ移動する。

 それを見張るように監視するエルフが居た、シリウスだった。

「なに?」

「俺はまだ信用した訳ではない」

「そうね迂闊に信じないでいいわ、でもよく見て判断して欲しい、あれから変わった我が帝国を」

「ふん⋯⋯気が向いたらな」

 少なくともシリウスはルミナス個人は少なからず認めていた。

 先ほどは見事な覚悟だったと感心すらしていた、そんなルミナスが命を賭ける価値が今の帝国にはあるのだろうと考えるくらいには。

 とはいえシリウスは好き好んでこの地を離れ、帝国まで行く気などさらさらなかったが。


 そしてガディアの里と王国の交渉が始まる。

「エルフィード王国外交団、代表を勤めますネージュ・ノワールと申します」

「ん? そちらの姫が代表ではないのかね?」

「はい、フィリス姫様にはご同行戴きましたが、あくまで交渉の代表はわたくしが務めさせて戴きます」

 そう言ってネージュは頭を下げた。

 シャリオもその説明である程度の納得はした。

 あの姫に交渉の為の能力が足りないのかもしれない、などの仮定を考える。

「わかった、そなたを代表と認めよう」

「ありがとうございます」

 こうして王国とガディアの交渉が始まった。

 しかしその話し合いは難航するというよりも進まないといった感じだった。

 なにせお互い相手に望むことが無いからだ。

 エルフィード王国側はとりあえず今回は仲良くなるだけでいい、という程度の目標だ。

 そしてガディア側もそれほど王国を知らない為、何を要求し何を対価に払えば良いのか手探りだった。

 そしてこの話し合いはらちが明かないと双方が感じ始めていた⋯⋯

「トレイン殿、この島にその魔女が転移門を作る事を我らは反対はせん、そしてこの森の魔素を使う事も許そう⋯⋯魔獣が弱体化するのならそれはありがたい事だしな」

「ありがとうシャリオ殿」

 とりあえず王国との話し合いは進まないが、その過程で出た転移門に関しては話はついた。

 ガディアとしてもその転移門でこの島が潤う事はありがたい事だからだ。

 だがそれはポルトンに任せて自分たちガディアの民は、それほど積極的には他国と関わり合いにはなりたくない⋯⋯それがシャリオの判断だった。

 この森の恵みはポルトンがこれまで通り管理して他国と交易すればいい、それがシャリオの結論だったのだ。

 そしてエルフィード王国側もこれ以上踏み込むのは得策ではないと感じ始めていた。

 元々具体的な要求も無かったのだ、ただリオンの箔付けになればいいと思って始めた外交だ。

 そしてそのリオンが先ほどのルミナスの事でショックを受けているのがネージュに伝わり、この話は短く切り上げようと思ったのだ。

 こうして王国とガディアの友好は成されたが、具体的な何かはまったく決められないまま終わる⋯⋯はずだった。

「待ってくれ親父殿! ⋯⋯いや族長!」

 そう、会議の終わりを止めたのは族長の息子シリウスだった。


「なんだシリウス?」

 シャリオの鋭い眼光が息子を射貫く。

 そしてシリウスもそれに負けない胆力で応える。

「族長の考え判断は間違っている、と思った」

「ほう⋯⋯間違っているか」

「いや正しくは古いといった方がいいか⋯⋯先ほど俺はこの女を初めて見た、親父達から散々学んだ憎き帝国の姫だ、だがそれは俺が想像していたのとはだいぶ違った、そしてこの女を庇った他の連中の態度もだ!」

 一同はそのシリウスの熱弁をただ聞く。

「外の世界は変わったのだと認める他ない、我らがこの小さな森で引きこもっていた間に!」

「確かにそうかもしれんな」

 シャリオもそのシリウスの意見は認めている。

「俺は親父の判断は間違ってはいないと思う、だがそれは今だけだ、今後間違っていたと思う日が来ると俺は感じた」

 王国と交渉をしないという判断はシャリオのもの、年寄りの判断だ。

 若者達の意見ではない。

 そしてシャリオは今になって気づいた、エルフィード王国側の代表がこの若い女だという理由を。

 最初はなめられているだけだと思っていた、しょせんは田舎者相手だと、そんな対応など若者に経験を積ませる程度の仕事だと思っているのだと。

 だからシャリオは王国と積極的に話す気にはならなかったのだ。

 だが今のシリウスの言葉で理解した。

 王国は今後を担う若者にこそ、この問題を解決させたいのだと。

 ならこちらも年寄りがでしゃばるのはやめよう。

「そこまで言ったなら今後の王国との交渉はシリウスお前に任せよう、次期族長候補のお前にな」

「親父殿!」

「この里に迷惑がかからん範囲で好きにするといい」

 そしてシャリオは立ち上がり、この場を後にする。

「そういう事だエルフィード王国の者よ、後はシリウスと話してくれ」

 そしてシャリオは本当に退室していった。

「シャリオ殿!」

 トレインはあわててその後を追った。

 エルフィード王国側はポカーンとそのいきさつを見守るしかなかった、そして――

「今からこの交渉は俺が引き継ぐ! よろしく頼む!」

 そうシリウスは威厳たっぷりに言い切ったのだった。

「え⋯⋯ええ、わかりましたわ」

 若干ネージュは気おされていたが、すぐに気を引き締めた。

 こうして王国とガディアの本当の話し合いが始まったのだ。


「シャリオ殿、あれでよろしいのですか?」

 トレインはシャリオに追いつき話を聞く。

「いいあれで⋯⋯儂ら年寄りは世界に怯えてこの地で細々と死んでいけばそれでいいが、若者は違うのだ」

「シャリオ殿⋯⋯」

「トレイン殿、そなたも力を貸してやってくれシリウスにな」

「それはもちろん」

 トレインは胸に手を当てて引き受ける。

「ところでお主、ミラとは上手くいっているのか?」

「えっ!? いや⋯⋯その⋯⋯」

「なんだ、まだなのか⋯⋯儂から言ってやろうか?」

「いやそれはやめてください! ミラさんには彼女の意志で僕を選んで欲しいから⋯⋯」

「そっちはそれでいいかもしれんがこっちは困るのだ、それではな」

 昔出会ったトレインとミラ、その仲はまったく進展していなかった。

 明らかにトレインには気があると見抜いたシャリオは、この里とポルトンのその後の友好の為に娘くらいなら差し出すのもやぶさかではなかったが、とにかくミラが嫌がったのだ。

 ミラは決してトレインが気に入らない訳では無い、単に人間が嫌いなだけだった。

「僕はミラさんとの事とは関係なくこの里とは仲良くしていく気ですから、安心してください」

「⋯⋯そうか」

 シャリオは思う、変わらなかったこの里に今新たな時代が訪れようとしていると。

 変わるべき時が来たという事なのだろう。

 そしてそれを行うのは自分ではなくシリウスやミラといった子供たちなのだと。

 彼らが今後どのような決断を行うのかわからないが、今は見守る決意をシャリオは胸に秘めるのだった。

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