14-EX01 観客席の夢追い人
セロナンの転移門が完成しイデアルと繋がった。
それぞれの国の代表であるアレクとドレイクとの話し合いはここイデアルで行われ、その結果まだ正式には法整備が行われていないが試験的な意味も含めて、イデアルに住む住民たちには自由にセロナンへと行き来しても良くなったのである。
そしてこれはアリシア達がまだ北の都イスペイへ行っていた頃のお話。
冒険者達は今日も多くの戦果と共に無事帰還した。
そしてその表情はいつにもまして明るい、何故なら彼らは明日休暇を貰っていたからだった。
さらに年明けから真面目に鍛冶仕事に打ち込んだナロンも休暇だった。
「あらナロン、あなた明日休暇なの? だったら一緒にセロナンへ行きましょうよ!」
そうナロンに話しかけてきたのはアトラだった。
「アトラすっかりあの国が気に入ったんだね」
「まあね」
セロナンとの転移が正式に許可されて、真っ先に転移門を利用したのはアトラだった。
今では一番多く利用していると言っていいだろう。
アトラは他にも王都エルメニアにもよく行き、そこでひたすら歌っているようだった。
日帰りで世界の様々な場所に行けるこのイデアルは、まさにアトラに相応しい街になりつつあった。
こうしてナロンは明日アトラとセロナンへ遊びに行く事になったのである。
ナロンとアトラが翌朝出発する時には、もう男の冒険者はいなかった。
どうやら昨夜のうちに行ってしまったようだった、まあ彼らの目的ならそうなのだろう。
朝から行くのはナロン達を含めた女性冒険者達である。
アリシアが創った転移門は一回使うのにどれだけ運んでも魔力の消費量はあまり変わらない、なのでなるべく一度にまとめて使う事になった。
そして冒険者たちはそれぞれアリシアから貰った魔法の袋を持っている。
それに物を詰めて転移すればさらに節約できる、今回エルフィード王国からの輸出品のサンプルを運ぶ依頼もついでに受ける冒険者も居たくらいだった。
このテスト結果は成功し出来るだけ沢山の魔法の袋を創ってもらえないかと、アリシアに依頼が行く結果に繋がる。
幸いアリシアが創るだけ創って死蔵していた魔法の袋が、大量に放出される事に繋がった。
その魔法の袋は転移門の往復にだけ使われる取り決めになり、今後は転移門を利用した交易が見込めると予想されるのであった。
そしてナロンとアトラはここセロナンへと降り立ったのだ。
「さあ案内してあげるわ! ここはアトラの庭なんだから!」
そんな楽しそうなアトラを見てナロンも楽しくなる、どうやらこの国の空気はアトラに合っているようだ。
そしてナロンにとっては知識では知っていても一度も来た事のない、未知の国だった。
「よし! 今日は遊ぶぞ!」
こうして二人の観光が始まった。
ナロンとアトラの二人がまず訪れたのは服屋である。
この国での観光を満喫するにはやや不似合いな私服だったからだ、ナロンは帝国での出来事で着ている服によって入れる場所が変わる事をよく理解していた。
そして普段いけない場所こそいい取材場所だとも思ったから着替える事にしたのだ。
「スカートなんて普段は履かないからちょっと恥ずかしいな⋯⋯」
今ナロンは服屋で見繕ってもらった服装である。
普段の彼女は鍛冶作業の邪魔にならないズボンばかりだからだ。
「あらせっかくの足なんだから見せつけてあげないと」
アトラも今はスカートに着替えている、けっこう長めの丈のスカートだが深めにスリットが入りその足が強調されていた。
「アトラの足⋯⋯ホントに普通の足と見分けがつかないね」
「そうでしょう! 前のはなんか鎧みたいでダサかったけど今回は完璧ね、あの魔女もやれば出来るじゃない!」
「ははは⋯⋯」
イデアルにおいてアリシアに対してこんな態度で酷評するのはアトラくらいである、ほかのみんなは恐れ多くてそんな真似はとても出来ない。
だが当のアリシア本人はその事をまったく気にしていないようだった。
これはきっとあれだろう⋯⋯創作者として批判を貰わないとなんか落ち着かない感覚とでもいうのか、ナロンもきっとマハリトに酷評されずただ褒められるだけになったら不安になると思うのと似た気分なのだろう。
最近のナロンは郵送で原稿をマハリトの所へ送っているため、そろそろ批評が恋しくなっていた。
なお⋯⋯この新型のアトラの足の質感を再現するためにアリシアは友人たちに「足を見せて欲しい」と頼み込んだことを誰も知らなかった。
「でもホントに良かったのかな、この服お金払わなくて⋯⋯」
「いいじゃない? 向こうが受け取らないんだから」
今二人が着ている服は購入ではなく貸し出しだった、こんな服装でイデアルに戻るつもりはないからだ。
しかし購入よりは割安とはいえ代金はある、しかし店の人はそれを受け取らなかったのである。
それは何故か?
理由はアトラがこの街で何度歌っても報酬を受け取らないためだ。
彼女の歌は〝人類の財産であり全ての人々が聞く権利と義務がある〟⋯⋯これがアトラの信念だからだ。
よってアトラは歌で報酬を受け取らない、その為この街の領主のドレイクはアトラがこの街で買い物や飲食をしてもタダになるように手配しているのだ。
それは今のところ問題にはなっていない、むしろアトラの歌での興行収入に比べれば安上がりとさえいえるのだ。
例えばアトラは貴族御用達の高級料理店などには行かない騒がしくすると追い出されるからだ、そんな彼女は屋台などのいわゆる庶民派グルメの方を好んでいるため大した出費にはならないのだ。
なおアトラはイデアルにおける洗濯業では報酬を受け取っている、曰く「過酷な労働の対価」らしい⋯⋯
セロナンの街を歩く二人に人魚の歌が聞こえてきた。
なんとなくそこへ向かう、そこには大勢の観客たちを魅了する一人の人魚を中心にしたグループがあった。
その中心の人魚にナロンは見覚えはない、しかしある先入観を持って感じるとそれが誰かすぐにわかる。
「あれが、アトラのお姉さん?」
「ええそうよ、一人で歌う度胸もない小心者の姉よ」
「でもみんなで歌うからこその良さもあるよ?」
「⋯⋯たしかにそうね、アイツも前よりいい声で歌っているし⋯⋯でもアトラは一人で歌いたい、そっちがいいの!」
「いいんじゃないのそれで、どっちも良さはあるし」
「そうよね、私とお姉ちゃんが違う道になっただけ⋯⋯だよね」
ナロンは一瞬だけ今までと違うアトラに戸惑う⋯⋯だがすぐにいつもの彼女へと戻った。
「さあ行きましょうナロン! この街はもっと面白い場所がいっぱいあるのよ」
「待ってよアトラ!」
二人のセロナン観光はまだ始まったばかりだった。
この国の主要産業でもあるガラス工芸品を見て回った。
「綺麗だな⋯⋯ガラス吹きやってみようかな?」
「アトラはパス、熱いんでしょそれ?」
闘技場へも行った。
「なるほど⋯⋯ああいう風に戦うんだ」
「イデアルの奴らとは戦い方が違うのね」
闘技場の闘士と冒険者は根本的に戦い方が違う。
何故なら闘士は見ている者を楽しませる為に戦っているからだ、だから冒険者のような怪我はなるべくしない様にとか素材を痛めない様になるべく一撃で⋯⋯といった戦い方はしないのだ。
そして物語を書くナロンにとってはこういった闘士の戦い方はよい参考になったのだ。
「相手を罠にハメて一方的に勝つだけじゃ盛り上がらないからなー」
ナロンは現実とは違う、楽しむだけの創作というものを理解しているのだ。
そして日が暮れ始めた頃アトラは劇場へと向かう、それにナロンもついて行く。
今夜もアトラのステージがあるのだった。
観客席からナロンはアトラの歌を聞いていた。
「すっかりここでも人気者になったなあ、アトラは」
イデアルでの傍若無人なアトラをよく知るナロンにはやや引っかかるが、ここでの歌声しか知らない観客たちがアトラを称えるのは当然だとも思った。
「アトラの夢⋯⋯叶うよきっと⋯⋯」
アトラの夢⋯⋯自分の歌を世界中へ届ける事。
その夢はもう叶いつつあるとナロンは思った。
そして幸運だったと思う。
この我儘で自分勝手な歌姫が世界へ羽ばたく姿を、最初っから見る事が出来たことを⋯⋯
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