12-05 二年祭の招待状
その日も朝早くから、アリシアはネージュを迎えに王都にあるノワール邸へと向かった。
「いつもありがとうございます、銀の魔女様」
「別にいいよ、今は大切な時期だし」
今年もあとわずかなこの時、年明けから正式に稼働する予定の新ギルド街イデアルに作られている化粧液工場を視察する事が、今のネージュの仕事だった。
そして本来ならばそれはアリシアが行うべき仕事なのかもしれないが、現状は全てネージュに丸投げしているというのがアリシアの心境である。
アリシアにとって自分の時間をその仕事に割く事に比べれば、ネージュの送り迎えくらいは大した手間では無かった。
そして二人は今日もイデアルへと転移した。
イデアルへ着いた二人を出迎えるのはリオンだった。
「おはようネージュ! 銀の魔女様も」
「おはようリオン」
「リオン、おはよう」
そしてそのまま三人はギルドの食堂へと向かうのであった。
アリシアは何かあってここへ来たときはなるべくここで食事をとる事にしていた、だから今日の朝食もここで母が作った物を食べるつもりだった。
リオンは今日もネージュが来ることを知っていたため、一緒に食べる為に待っていた。
そんな二人とネージュは一緒に朝食を取りながら、打ち合わせをする。
「今日は職員たちの宿泊施設の家具が届く予定で、それが終わればここに不自由なく住めるようになりますわ」
「んー、ギルドの方も依頼が溜まってきたから、みんな帰ってきたらすぐに仕事再開かな」
「予定では明日私が帝国に居るみんなを迎えに行くから、それで大丈夫?」
今現在、ナロンとアトラと冒険者たちはここには居ない、みんな帝国に残ったままだった。
そして迎えに行くのは明日の昼頃という予定である。
「よろしいのではないでしょうか? もうじき製薬工場の職人たちもここへ来る予定ですから」
ネージュの工場で働く職人たちは現在休暇中で故郷に戻ったりなどしている、その為年末から年始にかけて、ここへ集う予定だった。
「やっぱり人や物が集まってくると、街になっていくって感じでいいね」
「そうですわね」
アリシアにとって街づくりなど初めての経験だ。
リオンにとっては街を作るという概念が無かった。
ネージュは幼い時に自分の父の領地に作られた街の時と比べていたりする。
そんな三人に共通する今の感想は、やはり出来上がっていく街は面白いという事だった。
ネージュは思った。
これから先こんな風に話し合いながら、アレクに仕える日々が始まっていくのだろうと。
そして少し不安になる、この安らぎを感じさせるリオンがはたして王宮でやっていけるのかどうかを。
全てを手に入れて幸せになる夢を見てしまったネージュにとってリオンはもうただの友人では無い、いわば運命共同体といえる存在になった。
自分に出来るフォローは出来るだけしよう⋯⋯それが今のネージュの気持ちだった。
そんな三人の所へセレナが暗い顔でやって来た。
「お話し中の所悪いが来客だ⋯⋯来てくれ」
こうして三人はセレナに連れられてギルドハウスへと向かった。
そしてそこには思いがけない人物が待っていた。
「皆様方、おはようございます」
ピシッと伸ばした背筋を綺麗に曲げて礼をするその人物は、エルフィード城の侍女総括のマゼンダ・ローゼマイヤーだった。
「ローゼマイヤーさん、お久しぶりです」
そう最初に話しかけるのはアリシアだった。
「ローゼマイヤーごきげんよう」
ネージュにとっては王城へ行くと、よく会う間柄だった。
「おはようございます?」
リオンにとっては全く知らない人だった。
そんなやり取りをセレナはやや億劫に見ていた、セレナはこの老人が苦手だからだ。
「ローゼマイヤーさんイデアルへようこそ、でも今日はどうしてこんな所へ?」
この時のアリシアの雰囲気がいつもと違うとネージュは感じたが、とりあえず黙って見ていた。
「歓迎ありがとうございます銀の魔女様、本日ここへ参ったのはそちらのリオン様にこれを渡す為です」
そう言ってローゼマイヤーはリオンに何かを手渡した。
「これは?」
「アレク殿下からの二日後の二年祭の招待状です」
「アレク様から!?」
そしてさらにローゼマイヤーの後ろに控えている若い侍女たちが、リオンに小包を渡す。
「そちらは当日着ていただく、ドレスになります」
「ドレス⋯⋯これもアレク様から?」
「はい、その通りでございます」
それらを受け取り、喜ぶリオン。
そして隣で見ていたネージュはついにアレクが動き出したことを知る。
そう、これはネージュが望む未来へも繋がっているのだ、その喜びを隠しながら見守る。
そんな様子を見ながらセレナが言った。
「で、それを渡すだけの理由で貴方がここまで来られたのですかな? 王宮侍女総括殿」
セレナには聞かなくてもその理由はわかっている、単にこういう聞き方をするのは嫌味なだけだった。
「もちろん違います、リオン様をそのドレスに相応しい中身にするよう仰せつかっております、ギルド長」
要するにローゼマイヤーほどの人物がわざわざ派遣されてきたのは、リオンの宮殿でのマナーが身についているか確認に来た、という事だろうとネージュは理解した。
――大丈夫かしら、リオンは⋯⋯
一応ネージュは帝国でのリオンの振舞を見てはいる、問題は無いはずだ。
しかしこの厳しいローゼマイヤーに認められるかは、わからなかった。
「それでは早速ですが拝見させていただきます、リオン様」
「⋯⋯いいなリオン、相手は年寄りだ。 残り少ない時間を無駄にさせるんじゃないぞ」
「わかりました?」
多分わかっていない、リオンだった。
こうしてリオンのマナーチェックがローゼマイヤーの監修で行われる。
それを見守るべくネージュはここに残った。
アリシアはリオンよりもローゼマイヤーの立ち振る舞いなどを観察して、やっぱりかっこいいなどの感想を思ったりしていた。
そしてセレナは腕を組みながら見つめる。
練習用のドレスを纏ったリオンは切り替わったように別人だった。
立ち振る舞いや仕草に一分の隙も無い。
普段のぽやっとしたリオンはどこにもいない。
そんなリオンの変わりように、一番驚いていたのはネージュだった。
一通り見終わったローゼマイヤーは手を叩いてテストの終わりを告げた。
「はい結構です、大変よろしかったです」
「ありがとうございます」
そう優雅に礼をするリオンはまるで、お姫様のようだった。
「意外でしたね⋯⋯今日から猛特訓になるかと思っていたのですが」
そう言いながらローゼマイヤーは、セレナを見た。
「どうだリオンは?」
その表情は勝ち誇っていた。
「⋯⋯人に教えられるくらいには学ばれていたようで大変結構です、セレナ様」
いつも頭が上がらないこの老人に認めさせるのは、セレナにとって嬉しい事だった。
そう、ここへ来てからリオンはセレナにたっぷりと礼儀作法などを仕込まれていたのである。
そしてセレナにとってはローゼマイヤーに言われた礼儀作法を自分が実践する事に比べれば、そのままリオンに教えるのはたやすい事だった。
そしてセレナと違って変な苦手意識など無いリオンは、素直にそれを吸収し今に至る。
「どうやらわたくしの役目は、もう無いようですね」
「そのようだな」
セレナはこの老人が居るのが嫌だったのだろう、早く帰れと促す。
そしてローゼマイヤーも役目が終わった以上は長居するつもりも無かった。
「それでは私たちはこれで失礼いたします」
「もう帰っちゃうんですか?」
アリシアからすれば、まだ来たばかりだろうという思いだった。
「はい、戻ってする事はいくらでもありますので」
そう帰ろうとしたローゼマイヤーをアリシアは引き留めた。
「ローゼマイヤーさん、実はここに帝国から温泉を引いているんです、つい昨日完成したばかりで良ければ入っていってくれませんか?」
ローゼマイヤーもそこまで言われてアリシアの心遣いを無下にも出来ない。
「わかりました、そのお言葉に甘えさせていただきます」
こうしてローゼマイヤーは、ここイデアルにアリシアによって作られた温泉のお客様第一号になったのだった。
その後、ローゼマイヤー達は馬車での帰還ではなくアリシアの転移魔法によってお城まで運ばれた。
その為二年祭に備えた忙しい時だったが、ローゼマイヤーは一日だけ休暇を取る事が出来た。
「肩こりや腰痛が消えている⋯⋯ただの温泉では無いようですね」
そしてローゼマイヤーは戻る、いつも通りの王宮侍女総括に。
こうして無事に二年祭の準備は進められていくのであった。
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