11-21 誕生祭三日目 その一 白と黒の選択
アトラの歌の余韻を残しつつ三日目が⋯⋯そして、ミハエルの誕生日の当日でもある十二月二十五日が始まった。
朝ゲストハウスで目覚めたアリシア達は今日の予定の確認を始める。
「まず何といっても今日の目玉は、ミハエルの出場するレースよ!」
「あらルミナス、うちの兄様も出るんだけど」
「そういえばそうだったわね、けどおあいにく様、馬術でうちのミハエルに敵いっこないわ!」
「あら兄様だって今日の為にしっかり準備をしてきたのよ、かわいそうねミハエル君は、せっかくの誕生日に負けちゃうなんて!」
とまあそんな風にルミナスとフィリスは、互いの推しであるミハエルやアレクの勝利を疑っていないようだった。
このままでは醜いケンカになってしまう⋯⋯そう思ったミルファは強引に二人の話に割り込んだ。
「あ、あの! ところで今日のレースって一体どんなレースなんですか?」
「そういや馬で競争する以外、知らなかったね」
熱くなりかけていた二人は、ミルファとアリシアの問いに答える為、冷静になった。
「それでは説明しましょう! 本日のレースは我が帝国で行われる、いくつかのレースの締めくくりになる集大成なのよ!」
ルミナスの説明によると帝国では春夏秋冬にそれぞれ大きなレースがあり、その上位三名が年末の⋯⋯要するに今日のレースに出場が出来る。
そして今日のレースでその年のグランドチャンピオンが決定するというものだ。
「あれ? アレク様とミハエル君ってその予選出てたの?」
「いえ出ておりませんわアリシアさま、今日のレースにはゲスト枠というのがあって、それがミハエルとアレク様なんです、今年は」
「それで勝ったらグランドチャンピオンになってしまうのですか? なんか不公平な気が」
そうミルファは思う。
「グランドチャンピオンには総合力が試される⋯⋯要するに神風が一度吹いただけで成れないような採点方式になっているのよ、だから今日だけ優勝してもグランドチャンピオンには成れないわ」
「つまりどういう事?」
「今までの予選の四つのレースの上位三名に、今日のレースの出場権とポイントを与えられている、そして今日の結果がさらに加算されて、その結果によってグランドチャンピオンが選ばれるって訳よ」
「⋯⋯ねえルミナス、例えば各予選でポイント稼いでいて、今日最下位になってもグランドチャンピオンになってしまう事ってあるの?」
「実際にありましたよ確か十年くらい前に⋯⋯各シーズンレース完全制覇したのに、最後だけ落馬して失格になったのに誕生したグランドチャンピオンが」
「なんだかやっぱり採点方式に問題がある気が⋯⋯」
「だから今日のレースには優勝と総合優勝二つの賞があるのよ、ポイント的には出場して一位になっても総合優勝は最初っから無理って時もあるし、その為に今日の優勝だけでも取りたいって思いが熱いレースになるのよ」
「なるほど」
「つまり今日、兄様とミハエル君が競い合い奪い合うのは、優勝の方の名誉って訳よ」
「わかったけどやっぱりゲスト枠が要らない気がする、今まで問題にならなかったのルミナス?」
「今日のレースは最大十二枠の人馬が出場します、しかし各シーズンレースで入賞した者が重複した場合は数が減っていき最低だと三枠になってしまうんですよ」
「たしかに同じ顔触れの人馬が上位を独占し続ければ、そうなりますよね⋯⋯」
「そうなのよミルファ、いつもは八から十枠くらいなんだけど今年は全部で六枠になってしまって⋯⋯」
「それはちょっと寂しいかな、それを盛り上げる為にゲスト枠か⋯⋯それならまあわかるかな?」
アリシアは大体の概要は理解した。
「このレースの賞が二つあるおかげで毎年盛り上がるんですよ、今年はどうなるか見物ですよ」
どうやらルミナスはこのレースが好きらしい。
「ねえ、ルミナスは自分がゲスト枠で出ないの?」
「私の馬術はちょっと⋯⋯乗れない訳じゃないけどこのレースで勝てるほどじゃないわ」
「ふーん、そうなんだ」
「まあ話はそのへんで、もうすぐ朝食の時間よ」
こうしてアリシア達は部屋を出るのであった。
その頃アレクは馬の厩舎に居た。
一人ではない、白い髪の少女と黒い髪の少女も一緒だった、リオンとネージュである。
今朝アレクが厩舎へ行く前にリオンを探しているとネージュと一緒に居た、理由は昨夜リオンとネージュは同室で寝ていたからだ。
なのでアレクは二人を連れてここへ来た。
「さて⋯⋯馬たちの調子はどうかな?」
アレクはここ帝国に三頭の馬を連れて来ていた、今日のレースに備えて。
もちろん乗るのはそのうちの一頭だけなのだが、馬というのは環境が変わると体調にもすぐ出てしまう。
その為アレクは三頭連れて来たのだ、これだけの準備をするあたりこのレースにかけるアレクの本気がうかがえる。
三人で馬の様子を見たが素人目にも一頭明らかに体調を崩していた。
「やはりこうなったか⋯⋯残りはどうだ?」
アレクの見た限り残りの二頭は体調もバッチリに見える。
今日ここへ連れて来た三頭の馬は、元はどれも甲乙つけがたい名馬ぞろいだった。
そしてその内の二頭が今、同じようなコンディションである。
「⋯⋯頼めるかリオン?」
「はい、お任せくださいアレク様」
その様子を見たネージュはリオンに問う。
「リオンは馬と話せるのですか?」
「話せるわけじゃないけど、感情とかが伝わってくるんだよ」
「そうなの? エルフ族ならではなのでしょうか?」
「んー、どうなんだろう?」
リオンは考える、そもそもリオンの知るエルフ族はほぼゾアマンの民である、そしてその同胞たちが馬と共に過ごす事はほぼ無い。
しかしゾアマンのエルフは皆優れた狩人である、だからこそ野生生物の感情や気配に敏感になっただけなんじゃないかと思った。
そんな説明を聞いてネージュは自分が過ごすのとは違う、環境や生き方なのだと思った。
そしてリオンの馬の観察は始まった⋯⋯しかし。
「どうだったリオン」
「困りましたアレク様」
「何! 体調が悪いのか?」
「いえ違います⋯⋯その、どちらもやる気たっぷりで元気いっぱいなんです」
「そうか⋯⋯」
「つまり、どちらでも構わないという事なのリオン?」
「うん、そういう事」
アレクは考える、どちらでもいいとは案外悩ましいものだと⋯⋯
「さて⋯⋯どちらがいいと思う?」
リオンに聞かれても答えられない。
「アレク殿下! そのような発言は控えてください!」
その時ネージュが強くアレクを批難した。
「⋯⋯ああすまないネージュ、迂闊だった忠言ありがとう」
「いえ、これも臣下の勤めですので」
その会話の流れがリオンには全くわからない。
「ねえネージュ、どうして今アレク様を叱ったの?」
「リオンそれはな、我々王族は人前で「どちらがいい?」なんて聞いてはいけないからだ⋯⋯君たちの前とはいえ油断だった」
「なんで?」
「リオン、国を治める君主の役目は常に選択する事と言っていいの、でも時には本当にどちらでもいいという時があってもそんな事を言っては駄目なの、こちらでなければならなかったと言わなければいけないのよ」
「良くわからない⋯⋯」
「リオン、例えば遠くの二つの村が危ない、しかし助けられるのはどちらか一つという時、どっちでもいいなんて言ってはいけないんだ、救われた方はいい、しかし救われなかった方は納得がいかない、必ず理由が必要なんだ⋯⋯そうでなければ救われなかった者たちは立ち直れない、怒りを納める事も出来ないからだ」
「それは見捨てられた理由がはっきりしてたら、仕方ないと思わせるという事?」
「はっきり言えばそうだ、でも本当に理由なく選ばなければいけない時も来る、だから用意するんだ何かもっともらしい理由をな」
リオンにとってただ馬を選ぶだけだったはずなのに、少し落ち込んだ。
それを見たアレクとネージュは慌ててリオンを慰めた。
「まあそういう事はそうある事じゃないが、普段から「どちらでもいい」なんて言わないよう心掛けておくのが王族の嗜みだ、という話だ」
とりあえずリオンは問題を置いて今は馬選びに戻る事にした。
一頭は体調不良、残る二頭は同じくらい絶好調、それでもどちらか選ぶその理由を考えた。
――白い馬と黒い馬、どっちがいい?
真剣に考えるリオンを、アレクとネージュはまだ落ち込んでいると思い込む。
その時不意にリオンが答えた。
「白い馬がいいです⋯⋯」
「何?」
「リオン、それはアレク殿下の今日の馬の事?」
「はい⋯⋯」
「⋯⋯リオン、なぜ白馬の方なんだ?」
アレクは決してリオンを試しているつもりは無い、アレク自身どちらでもいいからこそ選びきれない選択だったのだ、だからその答えを出したリオンなりの理由が知りたかったのだ。
「だって王子様には白い馬が似合うから⋯⋯」
言ってから恥ずかしくなったリオンは顔を真っ赤にする。
そしてその答えにアレクは笑った。
「アレク殿下、リオンに失礼ですよ!」
「いやすまない、だがその単純な答えが思いつかなかった自分が滑稽でな」
リオンはどうやら自分の子供じみた答えが笑われている訳では無いと気付いた。
「そうだな、俺はこの勝負に熱くなりすぎていたようだ、出る以上はエルフィード王国の王子としてでなければな」
そしてアレクはリオンとネージュを見つめた。
「みんなに見せてやらないとな、エルフィード王国の王子様が勝つところをな!」
アレクは二人にそう宣言したのだった。
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