09-05 アレクの帝王学
会議という場を完全に支配したアレクだが、それに不満を持つ者は現れない。
それはアレクが叩きこまれてきた帝王学によるところが多い。
帝王学には様々な国ごとの特徴がある、それはその国の風土や歴史に由来するものが多いからだ。
そういう意味においてエルフィード王国には、他の国と大きく違う歴史がある。
それは二百年に及ぶ、森の魔女に守護されてきた国だという事だ。
たった一人で国とやりあえる魔女という超常の存在に対し、たとえ王であっても無力な存在である、しかし国を纏める以上その魔女とも上手く付き合って味方にし続けなければならなかった。
森の魔女はめんどくさい性格の人物だった。
たとえ正しい事でも機嫌を損ねたら絶対力を貸してはくれない、正論など振りかざそうものならたちまち喧嘩になってしまう。
その為王は頼みや命令以外の手段で森の魔女を制御してきた、すなわちメリットやデメリットをある程度最初に見せて自分から進んで行動するように仕向ける事だ。
この方法をアレクは会議などでも活用している、その為今回の会議もスムーズに進行していくのだった。
さりげなく見せるデメリットの後にアレクはメリットを提示する。
会議の参加者はそれが一番いい方法かどうかはわからないのに自分から進んで選んでいく、アレクの思惑通りに。
この場の参加者全員は気持ちよく、自らの意志でより良い結果をつかみ取ったという実感を与えられているだ。
無論アレクはこの場の者を落としいれている訳ではない。
その証拠にこの会議においてアレク自身の利益になる事はほとんどなかった、だがしかしこの世界全体にとって有益な事が多いから、この場の参加者はさりげなくアレクに誘導されている事に気づかないのだ。
こうやってアレクはアリシアに負担が行かないように、全員が気持ちよく会議を進められるように、場を支配していたのである。
とはいえアレクはこの考え方、この方法論を完全に妄信しているわけではない、あくまでも主軸として使ってはいるが場合によっては使わない事もある。
それは何故か? この方法が通用しない人物がいるからだ。
今までアレクは二人読み切れない相手に出会っている。
まず一人目はアリシアだ。
アリシアはアレクの思惑を超える行動や言動が非常に多い、しかしそれはアレクの知らない手札を多く持っているからだ、だから後から考察するとそれほどおかしな行動や言動ではなかったりすることが多い。
単に
そしてもう一人は帝国の皇子ミハエルである。
ミハエルとは長い付き合いでアレクの事を兄のように慕い尊敬している、正直とても良好な関係である。
だが最近彼が次の皇帝になる事が決まり事態は変わる、アレクはミハエルとは何度もゲームを楽しみその戦績もアレクが勝ち越しているのだが、戦っている最中は何も違和感がないのに終わった後に何とも言えない奇妙な感覚になる事がある。
どうしてあの時あんな手を打つのか? 単純なミスとは思えない時がある、しかしその理由がわからない。
もし今後アレクとミハエルが互いに王として国を纏める時が来た時、自分にはミハエルの考えを読み切れるのか、アレクには自信が持てなかったのだ。
あらゆる面で最上の結果を導き出す事、それがアレクにとっての勝利だ。
しかしアリシアやミハエルのように過程だけを楽しみ、別に負けてもいい勝負の勝ち負けにこだわらない、そんな考え方をまだアレクは理解できていなかったのだった。
とりあえず初日の会議は終わった。
本日の目標であった貴族からの寄付を募る事は成功した。
王家が保有するアリシアが創った薬品類を寄付に承諾した貴族に均等に販売する、その為追加や注文は受けつけない、そして薬品を手に入れた貴族がそれを他者に売っても構わないとなった。
こうしてアリシアは、これまでと何一つ変わらないままでいられる事になった。
次に冒険者ギルドとの提携に関してだ。
この話に冒険者ギルドは最初っから前向きだった。
怪我の治療用ポーションなどはかなり高額な為駆け出しの冒険者には手が届きにくい、その為新人ほど最初の頃の怪我で脱落していくのである。
しかしこの聖魔銀会へ加入しているなら今より少ない金額で治療を行える、冒険者を続けられる新人が増える事は冒険者ギルド全体にとって将来的に大きな利益に繋がると判断されたからだ。
今後は怪我の多い冒険者と怪我をあまりしない一般人との寄付金の違いなど話し合うべきことはまだまだ多いが、基本的な方針は決まり特に反対もなく話は明日へと持ち越される事になった。
会議が終わりアレクとノワール親子が会話していた。
「アレク殿下、お疲れ様です」
「ノワール公もよくやってくれた、感謝する」
「アレク殿下、素晴らしい会議でした、聖魔銀会上手くいきそうで何よりです」
「ネージュ殿もご苦労だった」
ネージュはノワール公爵の助手として色々と手伝ってもらった、その事をアレクは労う。
「アレク殿下、この後お時間よろしいですかな?」
「ああ、いいだろう。 アリシア殿ミルファ殿、今日はご苦労だったゆっくり休んでくれ」
「わかりました、アレク様もお疲れ様です」
そう言ってアリシアとミルファは礼をしてその場を離れた。
そしてアレクとノワール親子は明日に備えて、打ち合わせを始めるのだった。
一方その場を離れたアリシア達はサリートンに捕まってしまった。
「おお銀の魔女様、本日はありがとうございます」
「ええ、そちらもお疲れ様です」
そしてサリートンはアリシアを真っすぐ見つめて話しだす。
「銀の魔女様のお力添えで最初の話は動きだしました、しかしここからは儂らの仕事です、引き続きお任せください」
「ええ、よろしくお願いしますサリートン大神官」
そしてサリートンはその場を離れる、彼の頭の中にはもう不正で私服を肥やす事などなかった、新しい時代を切り開いているその責任と満足感でいっぱいだったからだ。
「あいかわらず現金な人だね」
「そうですね」
しかしアリシアはそんなサリートンの事が嫌いではなかった、わかりやすい人物なだけである、だからこそ安心して任せられると思ったのだ。
「さあ今日はもう帰って休もうミルファ」
「そうですねアリシア様」
座ってるだけの置物のアリシアと違ってミルファは色々忙しく、本当に疲れていた。
「アレク様かっこよかったなー」
「もっとシャンとしろ」
「⋯⋯はい」
隣でにやけていたリオンを引き締めたセレナだったが、内心は同じ気持ちだった。
あのひよっ子だったアレクがこんなにも成長していた、フィリスもそうだ、それが嬉しくてたまらない。
その過程を見届けられなかったことがとても残念だが、セレナはラバンに自分が死んで居なかったからこその子供たちの成長だと前に言われ、その時は何とも言えない気分になった。
もしもあの時、自分を助けてくれた銀色の髪の魔女との約束を破ってすぐに家族の元へ戻っていれば、この日は絶対なかったに違いない。
「⋯⋯耐えた甲斐があったな」
「何の事です?」
「いやなんでもない、行くぞ」
こうしてセレナとリオンは他の冒険者ギルド関係者と共に戻っていった。
そして、その日の夜遅くにアレクとノワール親子との話し合いは終わり解散した。
「明日も早いしかっり休みなさい」
「はい、お父様」
そしてネージュは一人になった。
「あれがアレク殿下、次の王になるわたくしの夫⋯⋯⋯⋯なんて詰まらない」
この日初めてネージュはそう思った。
それはこれまで真っ白だった雪景色に、一滴の黒いシミが付いた瞬間だった。
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