09-04 会議の支配者

 あの後、アリシア達は応接間へ移動しそして今会議に向けて最終調整の打ち合わせを行いつつ、軽く食事をとっていた。

 だがしかし、アリシアの食の進みはイマイチだった。

「アリシア殿どうした? 緊張しているのか?」

 これまでの付き合いでアレクはアリシアは決して精神的には超人ではないと知っている。

 緊張もするし不安にもなる同じ人なのだと、むしろそうした面を最初の頃は徹底的に隠していたのを最近ではあまり隠さなくなってきたので、かなり打ち解けてきた証だとアレクは満足していた。

 しかし今、アリシアがおかしいのは決して会議が不安だからではない。

 むしろ会議の事など頭から消えていた、ネージュの登場によって。

「いえ大丈夫、ありがとうございますアレク様」

「そうか? ならいいが一人で背負う必要はない、元々我々の為に必要な事でアリシア殿には協力してもらっているのだ、アリシア殿自身が迷惑を被らないように我らを監視するくらいでいいんだからな」

 そう温かい言葉をかけるアレクには感謝しているが、そのアレクをある意味騙そうと落としいれようとしている事に、アリシアは気づき始めていた。

 こうである事がその人によって幸せであるそう決めつけ誘導する、それのいかに傲慢な事かアリシアは今更気づいたのである。

 しかもその結果、不幸になる人も居るかもしれないのだ。

 アリシアはネージュについて考えてみた。

 彼女はこの会議に参加する以上きっと並々ならぬ努力を惜しまなかったのだろう、それは尊敬に値する事だった。

 そんな才女の彼女とアレクが結ばれればこの国の平和はこれまで通り続くに違いない、二人にとってそれが幸福かどうかはわからないがそもそも王族に婚姻の自由など無いとラバンも言っていたではないか。

 今までアリシアはリオンをアレクにくっつけようと色々手回しするつもりだったが、アレクの事など何も考えてはいなかった、ただ自分がやりたい事をやろうとしていただけだ。

 アリシアは自分の行いで明らかに運命が変わるアレクとネージュの二人を直接目の当たりにして、怖くなってきたのだ⋯⋯今更。

 しかしそれでも物語の魔女の様な生きざまに、憧れる気持ちは変わらない⋯⋯度し難いとアリシアは自分をそう思う。

 だから暫く様子を見る事にする。

 誰と誰が結ばれるのが幸せで正しい事なのか。

 もしそれに答えなんてないなら、自分は人の運命を歪める事は許されないのだと⋯⋯

 この先誰かが想い合いそれが正しくても上手くいかない、そんな時に手を差し伸べられる魔女でありたい。

 自分には時間はまだある、いつかそんな時に巡り合う日も来るだろうその日に備えて静かに力を蓄える、そうする事にアリシアは決めたのだった。


 その頃、別室で待機しているノワール親子は話し合っていた。

「いいかネージュ、この会議でアレク殿下や銀の魔女様への印象を良くしておけ! そうすればお前が次の王妃だ!」

「はい、わかりました父上」

 そう静かにネージュは答える。

 ネージュのこれまでの人生はあらゆる知識や技術の習得に充てられてきた、それは将来王になるアレクの妻になる事を見越しての両親からの教育だった。

 そしてネージュはその期待に応えて、今日に至る。

 確かにつらく苦しい日々であったが、それでも乗り越えられる才能に恵まれた事はネージュにとって良かった事なのかもしれない。

 ネージュは思う、これから自分が妻として支えるアレクは素晴らしい人物だと、そしてその結果この国の平和や安定は約束されていると。

 ただ両親の期待に応える、国に尽くすその為にアレクの妻になる。

 その生き方にネージュは疑いなどなかった。


 それから一時間ほど経ち正午になった。

 ついに大聖堂の大会議室において第一回聖魔銀会設立会議が始まる。

 いつもの長テーブルの端は中央にアリシアが、その両隣をアレクとミルファが座る。

 アリシアから見て右側の列は主にエルフィード王国の関係者で、手前はノワール公爵とネージュから始まり左側の列は教会関係者で占められ、手前はサリートン大神官を筆頭に並んでいる。

 そして左右の列の下座に冒険者ギルド関係者が座り、この辺りにセレナやリオンやガーランドなどが居た。

 なおセレナは変装用の魔法具を家族の前以外では使っているため、王国貴族たちからその正体を気づかれてはいないようだった。

「ではこれより第一回、聖魔銀会設立会議を行う!」

 なお議長はアレクである、彼がこの中でアリシアを考慮に入れなければ最も位の高い人物だからだ。

 とはいえアリシアも魔女であるという点がなければ、ただの平民であるのだが。

 まず会議はこれまで個別に行ってきた事の報告からである。

 そういった報告をミルファは紙に書き写していた。

 一方アリシアは特に口を挟むでもなく、ただ黙って聞いていただけだった。

 隣のアレクが上手く話を聞きだし場を回していた、その様子はこれまで以上に頼もしい姿だった。

 遠くから見つめるセレナも正直これだけでも見に来たかいがあったと内心思っていた。

「――以上となります」

 最後の一人の報告が終わり、ようやく会議が本格的に動き出す。

「さて、皆も聞いてわかっていると思うが聖魔銀会の立ち上げはなかなか困難だ。 その原因を纏めるとまず一つ目『世間に全く認知されていない為勧誘が上手くいっていない』、二つ目『会員がある程度増えるまでは資金がないため活動に支障が出る』、他にも細かい事は多いがこの二点が特に重要だ!」

 そう言ってアレクは周りを見渡す。

「一つ目の問題を緩和するために冒険者ギルドと提携していこうと考えている、そして二つ目の問題は多くの貴族の寄付を期待している⋯⋯さて言いたい事もあるだろう、まずは誰からだ?」

 静かに、そして真っ先に手が上がったのはノワール公爵だった。

「我々貴族に寄付させるそれはいいでしょう、しかしその見返りは何ですか?」

 その質問をアレクは待ち望んでいた、そしてノワール公爵もそれがわかっていてしたのだ、両者の間にはそういった信頼関係があった。

「詳細は決まっていないが必ず何か報いるつもりだ」

「具体的な事はここで決まるのですかな? 例えば銀の魔女様への依頼の優先権とか」

 そのノワール公爵発言は、ここに居る全ての人々が言いたかった聞きたかった事だった。

「銀の魔女様はこの聖魔銀会に名を貸していただき象徴となっていただくだけだ、今後の運営に関わる事はない」

 そうはっきりとアレクは答えた。

 そしてその答えはここに居る誰もが落胆するものであった。

「それではあまり多く寄付を納めるのは難しいですな」

 そのノワール公爵の声は大きく、ここに居る全ての貴族を代弁するものであった、だからこそ誰もが声を上げずに静かに冷静に会議は進行していく。

 これは言ってしまえばアレクとノワール公爵の演技である、そうやってこの場を支配しているのだ。

「それを答える前に我がエルフィード王国はこちらの銀の魔女様から定期的に負担にならない量の薬品を受け取っている、もちろんそれには値がつけられ銀の魔女様に支払われているのだが、それらは市場には出回ることのない貴重品だ、しかし薬など必要とする者がいて使ってこそ意味のある物だろう、それを購入する権利と優先権だな協力してくれた貴族たちへの対価は」

 事前の話し合いで聖魔銀会で使用するポーションを全てアリシアが創るという案も在ったのだが、最終的に却下となった。

 アリシアの負担も確かにあるが、そもそもアリシアが創る薬は効きすぎるのだ、普段怪我する人には過剰で高価すぎると判断された。

 だからそれらは貴族や金持ちに売り払い、そしてそのお金で普通の職人たちにポーションを作ってもらう方針になった。

 アレクの計算では貴族たちの寄付が必要なのは最初の方だけで、信者が増えればそのお布施だけで賄えるようになってくると予想されていたのだ。

 アリシアなくして成り立たない組織であってはならないが、立ち上げる最初にだけは力を借りることにした。

 またアリシアもそのくらいの責任は果たすべきだと思ったし、別に薬をわざわざ創るわけではなく日々のノルマで勝手に増えていく不良在庫なので、それでよかった。

「では我々にその薬品を売りつけ、その金を寄付に代えるという事ですかな?」

「そういう事だ、ただ在庫には限りがあるからな。 適正価格で個数制限か金にものを言わせるオークションになるかまでは決めていないが⋯⋯どっちがいい?」

 こうしてアレクはこの場を完全に支配し始めていた。

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