07-08 決断

『奴らから宣戦布告が来たわ、破滅の魔女を開放しなければ帝国を潰すって』

「そう⋯⋯」

 今フィリスはアリシアから少し離れた位置で、通魔鏡でルミナスと通信していた。

 アリシアがアリスティアを捕獲している結界を、調整したおかげでようやく通信可能になったのだ。

「ほら、あたしを早く出しなさいよ! 大変なことになるわよ!」

「⋯⋯フィリス」

 アリシアは頭を抱える、このアリスティアの能天気さに。

「アリシア、その結界はいつまで維持できるの?」

「⋯⋯維持するだけなら一週間くらいかな? でもその間私はほとんど何もできない、ここを離れられない」

「ほら、どうせ出さなきゃいけないんだから、今出しなさいよ!」

 そのアリスティアのキンキンした声がアリシアの神経を逆なでる。

「アリシア放しちゃ駄目だよ、それと私はここにいても何も出来ない⋯⋯そうよね」

「そうだね、フィリスはルミナスの応援に⋯⋯ミルファも行って」

「一人で大丈夫なのですか、アリシア様?」

「今はね」

「⋯⋯頑張ってね、アリシア」

 頷きながらアリシアは、準備を整えたフィリスとミルファをルミナスの通魔鏡の位置に転送する。

 これでここはアリシアとアリスティアだけになった。


 帝国軍の中央指揮所のルミナスの所に、フィリスとミルファが転移によって送り込まれた。

「あんたたち来てくれたの? あっちはどうなっているの?」

 そのルミナスの質問にフィリスが答える。

「とりあえず一週間は大丈夫ってアリシアは言っているけど、あんまり長くは無理かも」

「そう⋯⋯でも解放する訳にはいかないわね、奴らの軍勢は無尽蔵だけど必ず限界はあるはず。 でもアリスティアが戻れば本当に無限の軍勢になる、そうなればいずれ帝国は負けるわ」

「ならどうされるのですか、ルミナス様?」

「短期決戦でアニマの使徒を排除するしかないでしょうね」

「そうね、なら私とルミナスでアニマの使徒を直接叩く、ミルファちゃんは後方で治療に徹する。 そんなところかしら?」

「なるべく殺さず無力化できればいいんだけど⋯⋯殺しても復活しそうだしね」

「破滅の魔女の言葉を信じるなら、アニマの使徒は死んでも生き返らせれるみたいです。 ただし破滅の魔女が行うので今は復活出来ないかもしれませんが」

「なるほど⋯⋯なら今は倒してもいいかもね」

 そう言いながら方針を纏めていくのだった。


 Sランク冒険者のザナックとカインの二つのパーティーは、救出した村人たちを帝国軍に任せるとこのまま魔物退治の戦線に参加することにした。

 今は決戦に備えて帝国軍は休息や装備の点検などの準備に追われていた、そんな時だったカインが一人の若い騎士に気がついたのは。

 たまたまその若い騎士に注意が向いたのは、その騎士が持っている物が何なのか知っていたからだった。

「父さん母さん、俺はこの戦いで死ぬかもしれない、でも家の名誉の為に頑張るから⋯⋯」

 そう呟きながらその手に持っていたのは、両親が彼に持たせてくれた物⋯⋯アリシアが作ったポーションだった。

 そう彼の両親は先月の森の魔女の送魂祭に出席して、その返礼品としてそのポーションを貰っていたのだった、そしてそれを我が子の無事を願って託したのだった。

「なあ騎士様、それは銀の魔女様のポーションか?」

 突然カインに話しかけられたその若い騎士は面食らったがすぐ答えた。

「ああそうだ、両親がもらったのを預かってきた⋯⋯それがどうかしたか?」

「実は俺も持っているし使った事もある。 だから一つ教えておく」

 若い騎士は平民の冒険者のその言葉に少しムッとしたが、自分よりも年配の経験豊富な者がわざわざ言ってくる言葉を待った。

「その薬はよく効く、どんな致命傷でもすぐ治せる、しかしそれを自分で使う事は出来ないだろ? だって瀕死で動けないんだからな」

「そうだな⋯⋯」

 考えてみれば当たり前の事だったがそんな事にも気付いていなかったのかと、その若い騎士は冷静さを取り戻す。

「もし生き残りたい、致命傷からでも救われたいって考えなら、誰か信頼できる相棒にでも持っててもらう方がいい、だけどそうそう都合よく瀕死になって助かるとは限らん、そこでだお勧めの使い方は軍用の高級ポーションに一滴ずつ入れるんだ」

「そんなことして大丈夫なのか?」

「そうすると普通のポーションの効き目が倍増するんだよ、一回しか使えん効きすぎる薬と沢山の薬を強化する、どっちがいいか好きに決めてくれ」

「⋯⋯情報提供感謝する、貴公にも武運を!」

 そう言ってその若者は仲間たちの元へと進む、その手のポーションの瓶の封を解きながら。

 この情報は帝国軍の中で広まり、アリシアのポーションを持っていた者も多く居た。

 そしてそれに倣う者も多かったのだった。


 待機中、色付き眼鏡を外して望遠鏡を覗いていたアイゼンが言った。

「皇女殿下、話はその辺で⋯⋯来ました奴らが」

 そして部下に望遠鏡を渡し、すぐに色付き眼鏡をかけ直す。

 そしてすぐにルミナスは『千里眼クレヤボヤンス』を使い戦場を俯瞰する。

「向こうも総力戦ね、アニマの使徒が全員出てきたわ⋯⋯予定通りに」

「わかりました!」

「行くわよルミナス!」

 そしてルミナスは高らかに宣言する。

「全ての帝国軍に告ぐ、奴らは身勝手な侵略者である! 我らの後方には何の罪もない民がいる、それを危機にさらすのは許されない事だ! 諸君たち全てが奮戦を誓え! 帝国に勝利を!」

 ルミナスの鼓舞に帝国軍は咆哮で応える。

「ありがとうございます皇女殿下、こちらの指揮は任せてください、ご武運を」

 そう言ってアイゼンはルミナスとフィリスに頭を下げた。

 そして、最後の戦いが始まる。


「ねーねー、出してよここからー」

「少し黙ってて⋯⋯」

 アリシアはアリスティアをぞんざいに扱う。

 アリシアにとってアリスティアを認められないのは、命に関しての価値観が違いすぎる事が大きかった。

 アリシアは命の価値に序列をつけている、大切にしている人の為には誰かを犠牲にする事を厭わない。

 しかしアリスティアにとってはどこまでも命の価値は一定なのだ。

 どっちの考え方が魔女として人として正しいのかはわからないが、分かり合えない事だけは理解した。

 でもアリスティアにとって、あのアニマの使徒に関してだけは特別扱いなのだろうか?

「アニマの使徒、彼らはアリスティアの大切な人達なの?」

「あの子たち? 別に普通よ、でも私の事を大切にしてくれるから、何度も生き返らせてあげてるけどね」

「そう⋯⋯」

 これ以上何も聞きたくなかった、アリシアはアリスティアを沈黙させるため魔法で音を遮断する。

 そしてアリシアは読み続けるルミナスが持って来たクロエ・ウィンザードの日記を。

 今は何かこの状況を打破できる発見でもと、微かな望みをかけたアリシアの行動だった。

 そのクロエの日記によってアリシアは知っていく。

 アリスティアに幾度となく救われた騎士の話を。

 無茶な下水道工事で重傷を負い、救われた技術者がいた事を。

 そしてその完成した下水道の浄化用の粘液生物スライムを造る為に、奮闘した魔道士の事を。

 そして彼らがアリスティアと出会い、その力を借りて職務を全うした、そんな出来事がその日記には綴られていた。

 そしてその彼らによってその後、幽閉されたアリスティアが解放されたのだという事を、アリシアは知ったのだ。

 アリスティアを含めた彼らを殺す事は出来るが、無意味だ。

 たとえ封印したとしてもいずれは復活するだろう、今回のように。

 そして復活した遥か先の未来に自分はもう居ないかもしれない、そうなった時この世界はアリスティアによって滅ぼされるのは避けられない⋯⋯

 一つ一つ選択肢が消えていくのをアリシアは理解する。

 そしてクロエ・ウィンザードの日記には、アリスティアを攻略する為のアイデアがいくつも載っていた。

 しかし荒唐無稽で実行できない、夢の様なものばかり。

 しかし一つだけ突拍子もない、けれどもアリシアには実行できる方法が載っていた。

 成功するかわからない、さらに成功してもそれを確認する術もない。

 失敗したらこの世界は崩壊するかもしれない。

 でも、もはや危険や犠牲なく解決できる術はないのだと、アリシアは悟っていた⋯⋯

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