07-02 アリスティアの真実
送魂祭の翌日、ここローシャの民に見送られアリシア達は帰国する。
儀式的側面があり転移によって帰るわけにはいかない為、こうしてフィリスとミルファと共に馬車に乗り、フィリスを倣いながらアリシアは民衆へ手を振るのであった。
なおルミナスは同じ理由によって同じように帝国行の馬車に乗っているため、ここには居なかった。
今度襲撃があったら今度は自分の手でやっつけるとルミナスは息巻いていたがおそらく今はその心配はないだろう、しかし万が一の為に通魔鏡での通信は密に行い安全確認を取りあう事になっている。
そして通魔鏡は今回改良された、これによってアリシアはその位置を常に把握しようと思えば出来るようになったのだ、つまりたとえ行ったことがない場所でもその反応を頼りにそこへ転移できるのだ。
見送る民衆たちの表情は明るい、アリシアへ向けられる感情に悪いものはなさそうだ。
そのことを確認しフィリスは一先ず安心する、しかしアリシアは民衆たちへ笑顔を向けながらもどこか暗い感情が秘められている事をフィリスは見抜いていた。
その原因はおそらく昨日アリシアが、破滅の魔女の真実を知ったせいだろう。
そう昨夜ラバンとアナスタシアは語ったのだ、国が秘匿し続けた真の破滅の魔女の物語を。
今から二百年前の時代に一人の魔女がエルフィード王国に生まれた、彼女の名はアリスティア。
その彼女は師を持たず独力で自身の力に気づき身に付けていく、その力とは癒しの魔法だった。
アリスティアはその力を使い周りの人々を癒し始めた、やがて彼女は成長し重傷や病気まで何でも治せるようになったのだ。
そしてアリスティアは目をつけられた、教会や治療院といった組織に⋯⋯
最初は上手くいっていた、組織に身を置くアリスティアは奇跡の魔女として、もてはやされていたからだ。
しかし問題が起き始める、組織は結局アリスティアを使い金儲けに利用しているだけだった。
金が払えない弱者はことごとく門前払いで切り捨てていった、しかしそれを知ったアリスティアはその人々を組織には黙って癒し始める、それに気づいた組織はアリスティアを止めた、治療費が稼げなくなるからだ。
しかしアリスティアはやめなかった、やがて組織の一部はアリスティアを持て余し始め邪魔に思い抹殺する事を計画したのだ。
だがそれに気付いたアリスティアに救われた人々によって、アリスティアは国外へと助け出された。
その後この一件は隠蔽され、エルフィード王国の関係者によってアリスティアの名は記録から抹消されたのだ。
これがラバンが語った魔女アリスティアの誕生である、そしてここから語るのはアナスタシアの番だった。
一方国外へ逃げ延びたアリスティアはウィンザード帝国へと流れつく、そしてその時代の帝国はまさに戦乱のさなかであった。
国境で帝国軍に捕らえられたアリスティアはそこで戦い続ける帝国軍の兵を癒し始めた。
最初は信頼されなかったがだんだんと神聖視され崇められるようになってくる、そんなアリスティアの名が時の皇帝の耳に入るのは時間の問題だった。
アリスティアは皇帝の前へと連れてこられた、しかしその力の有用性を見抜いた皇帝はアリスティアに最前線で戦い続ける兵を癒す使命を与えた。
そしてそれをアリスティアは引き受けたのだ、彼女にとって目の前の傷付いた人を救う事は当然の事だったからだ。
やがてアリスティアの魔法に支えられた兵たちは不死身の軍隊へと変わっていく、それは皇帝の野望を加速させるには十分だった。
戦場で癒しの力を振りまくアリスティアは現場の兵たちから神の使いと崇められるようになるのにそれほど時間はかからなかった、そしてこう呼ばれるようになった。
――〝命の魔女〟と⋯⋯
アリスティアによって支えられた戦線は日々国境を塗り替えて行く、しかしそれはあまりにも唐突に終わったのだった。
皇帝の死によって。
皇帝には沢山の妻や子供が居た、その中の皇位継承権など殆どなかったような小さな少女が起こした革命によって、撃たれてしまったのだ。
そしてその小さな少女クロエ・ウィンザードが新皇帝になった。
まずクロエが行った事⋯⋯それは戦争をやめる事だった。
現場から兵を下げある時は侵略した国に自ら赴き謝罪もしたのだ、その甲斐あって極めて短期間で平和が戻り始めていく。
そしてクロエは長い間帝国軍を守り続けたアリスティアに感謝し厚遇をもって迎えたのだった、しかし⋯⋯
それからしばらくした頃まだ緊張状態の国境で事件が起こる。
互いの軍はそれぞれ相手が悪いと引かず、戦争がまた始まる。
アリスティアは戦地へ積極的におもむき人々の治療を始めた、それは帝国軍だけではなく他国の軍に対しても⋯⋯
アリスティアの活躍で大事には発展せず小火で済み、また平和が見えたと思った後同じことが繰り返される、やがておかしいと思った帝国が調査した結果判明したのは全ての糸を裏で引いていたのはアリスティアだったという事実だった。
クロエはアリスティアを呼び出し問いただす「なぜこんなことをしたんだ」と。
「私の使命は人々を癒す事だから」
その目的の為だけに、アリスティアは戦争の火種を撒き始めていたのだった。
そしてアリスティアは幽閉された、しかし暫くたった頃脱獄したのだ彼女を神聖視する信者の手によって⋯⋯
行方をくらましたアリスティアはしばらく成りを潜めた、しかし帝国の各地そして国境付近に大量の〝魔物〟が現れ始めた。
帝国軍も他国の軍もその対応に負われ消耗していく、そんな時再びアリスティアは現れたのだった。
「私があなたた達を治してあげるから」
そうアリスティアはこう考えたのだ、人同士を争わせるから駄目なんだと。
人類共通の敵を造ればいいんだと。
人は戦争が大好き、自分は誰かを治してあげるのが大好き、それでみんなが幸せ。
アリスティアが最初っから狂っていたのか、それともそう歪んでいったのかはわからない、しかし⋯⋯
――この時グリムニール大陸史に残り続ける、最大の魔女災害が起こった事だけは確かだったのだ。
アリスティアを倒すべく多くの者が行って⋯⋯帰って来れなかった。
帝国は、いや世界は追い詰められた、そして最後の希望それが森の魔女⋯⋯当時の帝国では殲滅の魔女と呼ばれていたエルフィード王国の守護者、オズアリアだったのだ。
オズアリアは何度もアリスティアを倒した、しかしその頃にはアリスティアは限りなく不死に近い存在へと変貌を遂げていたのだった。
そして最終的に討伐ではなく生きたまま封印される事になった、そして⋯⋯
アリスティアが再び姿を表すことはなくなった。
しかし彼女の残した魔物の軍勢は残り、やがて自然繁殖し始める。
それから長い時間の後世界は平和に戻った、しかしその爪痕は残されたままだった。
厄介だったのはこれだけのことがあっても命の魔女アリスティアを未だに信じ、崇拝し続ける者がいた事だ。
その信仰を否定したり消す事は危険で難しかった、どんな反発があるかわからないからだ。
そして命の魔女は死んだとされ別の魔女が魔女災害を起こし討伐されたと、歴史を捏造する事になる。
こうして残された命の魔女信者はアリスティアを信じたまま天寿を全うし居なくなっていく、そして残されたのは突如現れた最悪の魔女の名を恐れる人々だけだった。
その名は〝破滅の魔女〟命の魔女アリスティアの名を世の中から消し去り隠し通すために作られた、決して消えない忌み名となる。
そしてその二つが同じ魔女である事実はごく一部の者たち以外知ることのない、それ以外全ての歴史から抹消されたのだ。
この真実はアリシアの心に強いショックを与えたのだった。
そして理解する、この世界がどうしてここまで自分を慎重に、丁寧に扱って来たのかを。
自分も育てられ方次第で、巡り合う人次第で、歪んでいたのだろうかと。
今のアリシアはそんな恐ろしい生き方は出来ない、それはある意味破滅の魔女のお陰だと思えたのだった。
そんなアリスティアを復活させようとするアニマの使徒は止めなくてはいけない、そして相応の報いを受けるべきだと思う。
アリスティアも封印されたままにするしかない、とも思う。
でももし、復活したアリスティアが今のこの〝やさしい世界〟を受け入れる事が出来たなら⋯⋯
無論、積極的に復活させたいとは思っていない、でももし甦ったのなら会ってみたい話してみたい。
そんな迷いがアリシアには生まれ始めていた。
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