06-09 アニマの使徒
送魂祭まで後四日の時の事である。
帝国からローシャまで続く街道を、大きな馬車とそれを守る軍隊が随行して行進していた。
その中でもひときわ目立つ大きな黒塗りの馬車には、偉大なるウィンザード帝国の竜の紋章が刻まれている。
それに乗っているのは、帝国の女皇帝アナスタシア・ウィンザードとその皇配アルバート・ウィンザード宰相、そしてその彼らの息子ミハエル・ウィンザードである。
彼等の旅がローシャまでの最後の山越えにさしかかった時の事だった。
「姉様ちゃんとやっているかな?」
「あれもそれなりには帝王学を修めておる、まあ普段はああだが⋯⋯やるべき時には大丈夫じゃ」
「それよりもミハエル、今回はよくアナスタシアを見て皇帝たる者の在り方を学んでおくのだぞ」
「はい、父様!」
そんな平和だった旅は突然終わりを告げた。
「総員戦闘準備! 繰り返す、総員戦闘準備! 魔物の群れ接近中!」
「なんじゃと!」
アナスタシアは馬車の窓から外にいる兵士に命令する。
「報告!」
「はい陛下! 前方十字から二時方向に魔物の群れ接近中、間もなく戦闘になります!」
「なんだと! アナスタシア私は前方の指揮車へ行ってくる、ここを動くな!」
「ああわかった、頼んだぞアルバート」
「父様!」
「行ってくる、ミハエル母さんを頼んだぞ」
そう優しく我が子の頭を撫でた後アルバートはアナスタシアと目を交わし、馬車から出ていった。
そしてアルバートが指揮車へ到着した時にはすでに、アイゼン将軍によって迎撃態勢が完成しつつあった。
「よしそっちの指揮は任せた! 第三第四部隊は帝国十字陣形で迎え撃て!」
テキパキと指示を飛ばすアイゼンにアルバートが近づく。
「大丈夫かアイゼン!」
「閣下! こちらは大丈夫です、お任せください!」
「頼んだぞアイゼン」
こうしてアルバートとアイゼンの指揮の元、前方より突如襲い掛かってきた魔物の群れは対処されていく。
しかし突然後方より悲鳴と報告が飛び込む。
「こちら後方部隊! 魔獣の群れ多数の襲撃を受けた! 被害多数!」
「なんだと!」
前方に気を取られていたとしても、あまりにも見事に虚を突かれた形だった。
「アイゼンこっちは任せたぞ! 私は後方へ行く!」
「わかりました此方はお任せください、閣下!」
アイゼンはビシッと敬礼しアルバートを見送る。
部隊後方へ走るアルバートは焦りが浮かんでいた、あまりにも出来すぎていると。
しかし現実的に前方の魔物と後方の魔獣、はたして連携など取れるものなのか?
アルバートが到着した時後方部隊の指揮は乱れていた、魔物の襲撃に備えていた彼らは突如予定外だった魔獣の襲撃にとっさに対応出来なかったのだ。
前方の魔物はトロルやワーウルフなどの人型の二足歩行の存在だ、しかし今後方を襲撃しているのは狼やトカゲなどの四足歩行の魔獣だった。
当然この二つは対処法が異なる、そしてその慢心がそのまま今の混乱に繋がったのだった。
しかしアルバートの到着によってその現場の混乱は収まりつつあり戦局は好転し始めた、しかし⋯⋯
空を大きな影が横切った――
「竜? いや違うあれは⋯⋯キマイラだと!?」
完全に想定外な存在が現れたのだった。
「母様⋯⋯」
馬車の窓から空を見上げたミハエルが不安げに母を見つめた。
「大丈夫、心配するな」
そう我が子を抱きしめた後アナスタシアは杖を取り、馬車を出た。
「妾が出る! お前たちはミハエルを守れ!」
空を見上げたアナスタシアが見たモノは、この世のものとは思えぬ異形⋯⋯山羊の頭と四肢を持ち竜の翼で空を駆け大蛇の様な尾を持つ、まさに怪物と呼ぶにふさわしい姿だった。
「『
アナスタシアの魔術が解き放たれキマイラにダメージを負わせた。
「おお!流石はアナスタシア皇帝!」
辺りの兵士たちも湧き立つのであった。
そんな戦局を少し離れたところから見ていた男たちが居た。
「よし、計画通りだな」
「だな」
「あいつらバッカだねー」
そしてその黒ずくめの男たちは計画通りの次の行動へと移った。
「さあ、作戦の最終段階だ!」
黒ずくめの一人目フリーダムがもう一体のキマイラを解き放った。
眼前を駆け回るキマイラに集中していたアナスタシアには突如空から現れた二体目のキマイラに対処出来なかった。
その一瞬のスキを突き二人目の黒ずくめリーベが馬車を襲う。
「な! なんだこいつは!」
「ミハエル様を守れ!」
しかしその護衛騎士をまるで紙屑の様に蹴散らす⋯⋯明らかに人間とは思えない身体能力だった。
目の前で護衛騎士が殺されるのを見たミハエルは、怯えて動けなかった。
例えどれだけ知恵があり利口であっても、これまでこれほどの暴力を目の当たりにしたことなど無かったからだ。
「さあ、お迎えに上がりましたよ、ミハエル殿下!」
その慇懃な男に抵抗も出来ずミハエルは捕らわれる。
「み、ミハエル様が! 追えーー!」
しかしその追跡は新たな魔獣の群れの出現によって阻まれる。
「さあ出番だよ! ボクのカワイイしもべたちよ!」
最後の三人目の黒ずくめのパーチェが使役する魔獣たちが行く手を阻んだのだった。
そして帝国軍は大きな打撃を受けて⋯⋯ミハエルを連れ去られてしまったのだった。
「はっはっはっ! 吾輩に不可能はない!」
「俺様の計画が完璧だったからだ」
「ちょっとボクのしもべたちのお陰だって、わかってるよね!」
三人の黒ずくめに連れ去られるミハエルは、ただ怯えて震える事しか出来なかった⋯⋯
「アナスタシア陛下被害報告です、死者八名怪我人多数そして⋯⋯ミハエル様を追跡出来ませんでした」
報告するアイゼンは地に膝を付き首を垂れた。
「わかった、今は生存者の応急処置と周辺警戒を怠るな」
アルバートはそう対応する以外になかった。
そして感情を完全に殺したアナスタシアの声が命令を告げた。
「アイゼン⋯⋯ローシャへ早馬を送れ、そしてルミナスに伝えて銀の魔女へ依頼しろ〝ミハエルを助け出してくれ、どんな対価でも支払う〟と」
「御意!」
アイゼンは震える拳を握り締めて、その命令を実行した。
「ミハエル様が誘拐されました!」
そう絞り出す様なハウスマンの報告を聞きルミナスは――
「ふざけるな! ふざけるな!」
「落ち着いてルミナス!」
「これが落ち着いてなどいられるか!」
フィリスはルミナスをなだめるのを諦め、ハウスマンに問う。
「それでミハエル殿下はどこへ連れ去られたのか、わからないの?」
「はい、申し訳ございません」
その言葉を聞きルミナスは――
「アリシアさま! ミハエルを探して! お願いあの子を⋯⋯見つけて⋯⋯」
そう泣き崩れかけるルミナスに、そっとアリシアは手を貸し⋯⋯
「任せて」
きっぱりと応えた。
今ここにアリシア達の、ミハエル奪還作戦が始まる。
「ここはどこ?⋯⋯」
ミハエルが目を覚ました時、辺りは暗い石壁に覆われていた。
その冷たい空気と漂ってくる濃密な魔力⋯⋯魔素と、それほど空腹やのどの渇きを感じない事からさほど連れ去られてからの時間経過は無かったと思い、自分が今どこにいるのかおおよその見当がつく。
「ここはローグ山脈のダンジョンか!」
「その通りだ!」
「誰だ!」
ミハエルの質問に闇から現れた黒ずくめの男たちが答えた。
「我らは〝アニマの使徒〟かつてこの地に居た最も偉大なる魔女アリスティア様に仕えし忠実なるしもべ」
「アリスティア様を亡き者にしたお前たちへ復讐を誓いし者」
「そしてアリスティア様をこの世界に復活させるのが目的さ!」
アリスティア⋯⋯その名はミハエルの記憶にあった、前に姉と共に先祖の伝記を読んで出てきた魔女の名前それが――
「破滅の魔女か!?」
そのミハエルの発言にフリーダムはいきなりキレた。
そしてミハエルが気づいたときには殴り倒された後だったのだ。
「落ち着けフリーダム」
「そうだよ、大切なマテリアルに手荒な事しちゃダメだよ」
二人になだめられたフリーダムは若干落ち着きを取り戻し、叫んだ。
「二度とその名でアリスティア様を呼ぶな! お前たちが身勝手に名付けたその名でな!」
ミハエルはその優秀な頭脳で事態を理解していく。
この男たちはあの〝破滅の魔女〟の復活を企んでいる、そして自分は何かに利用されるのだという事を⋯⋯
「姉様たすけて⋯⋯」
闇の中、ミハエルの声は届かない⋯⋯
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