05-09 銀の月と三つの星

「ただいま、父さん母さん」

 パンッ・パンッ・パンッ――

 玄関の扉を開けて完全に油断していたアリシアに、突然の破裂音が降り注いだ。

 辺りには火薬が焦げる匂いが立ち込めており、それが魔術的な物では無かったとわかる。

 もしこれが魔力を用いた魔術的な仕組みだったならアリシアは、扉を開ける前に気づいていただろう。

 だから思わず防御態勢になったアリシアは、そこに居たみんなが優しく自分を見つめていたのが意味不明だった。


 ――『アリシア、お誕生日おめでとう!』


 ⋯⋯え!?

 だからアリシアが現状を理解するのは、しばらく時間が必要だった。


「びっくりした、ほんとにもう⋯⋯でもありがとうみんな」

「ふっふっふ! アリシアさまをここまで驚かせる、いやー色々仕込んだ甲斐がありました」

「ルミナス、今の音なに?」

「さっきのはクラッカーといって帝国でのお祭りに使う、まあ魔力の代わりに火薬を使った花火見たいな物です」

 なるほど、だから看破出来なかったのかとアリシアは思うが⋯⋯

 ⋯⋯いや違う、これが魔術的な仕掛けであったとしてもさっきの自分は警戒などせず入って来ていただろうと思った。

 つまりここはアリシアにとって、そういう所だと感じていたという事だ。

 そしてアリシアは、本日の主役の席に座らせられた。

 目の前には十四本のロウソクが立てられたケーキがあり、沢山のカボチャをメインに使った料理が並んでいる。

 そして辺りは静まりかえる。

 アリシアを見つめる両親アルドとルシア、友人のフィリスとルミナスとミルファ、そしてお客様のセレナリーゼとガーランド、これだけ集まったこの部屋はもうギリギリでいっぱいだった。

「ありがとうみんな、こんな風に祝ってくれて本当にうれしいです、ありがとう」

「さあアリシア」

 そういって促されたアリシアはそのロウソクの火を一瞬ごく自然に魔法で消そうとしかけるが思い止まり、ここは形式に則り息で吹き消す。

 アリシアはなんとかその十四本のロウソクを吹き消す事に成功した。

 そして大きな拍手が巻き起こる⋯⋯

 気付くとアリシアの目から涙があふれていた。

 アリシアは物語を読んで嬉しい時にも涙が出る事は知っていた、でもそれを自分が体験する日が来るとは思ってもみなかった。

 だから受け入れた、アリシアにとってこの瞬間が今まで生きてきた人生で最も嬉しかった時なのだと、心の底で認めたのだ。


「まったくこんな事企んでいたなんて、前に七月の生まれだって話したことがあったからミルファの時みたいな事は期待していたけど、それが今日だなんて思ってもみなかった」

 アリシアにとってはまさかお祝いの日にさらに別のお祝いをする、という発想がなかったのだ。

「偶然だったけど今日が収穫祭だったのが、いい目くらましになったね」

 そうフィリスは分析するが実は真実ではない、今年の本来の収穫祭は明日のはずだったのだ。

 それをアリシアの父アルドが村中に頼み込んで日程をズラしたのだった、そうする事で少しでもアリシアが今日ここへ来る確率を上げるために。

 おかげで肝心の麦の収穫がきつくなったがガーランドが下見に連れてきたギルドの職員たちの助力もあり、何とか間に合ったという背景があったのだがそんな真実はアリシアは知らないまま終わるのである。

 そしてしばらくたち、みんなの食事が一段落した頃それを持って来た、そうアリシアへの誕生日プレゼントだ。

「これを私に? 今開けていいかな?」

「ええ、もちろんよ」

 そしてアリシアはリボンを解きその小箱を開けた、その中から出てきたのは――

「これってブローチ?」

 それはアリシアの手に収まるくらいのサイズの銀のブローチだった、しかもそのデザインは三日月に三つの星を付けたアリシアの紋章である。

 フィリスがデザインしルミナスが手配してミルファのお陰で今日ここにそれがある、もちろんそんな事はアリシアは知らない、でも三人の思いが込められているのはわかった。

 さっそくアリシアはそのブローチをつけようとしたが今の服につけるとこの上にローブを着たら見えなくなる、だから収納魔法から取り出したローブを着てその胸元につけようとその針を刺そうとするが刺さらない⋯⋯

 アリシアのローブは竜の革製だからだ。

 これは困った⋯⋯帽子の方も同じ素材な為無理、しかし帽子にはリボンが巻いてある、ここなら――

 薄紫色のローブを身にまといブローチを取り付けた魔女帽子を被ったアリシアは、その姿をみんなに見せて⋯⋯

「どう? 似合うかな?」

 再びアリシアは拍手と歓声に包まれる。

 特にこの姿を見て両親が喜んでくれたことが何よりアリシアは嬉しかった。

「ごめんなさいアリシア、私達も何か用意しておけば⋯⋯」

 そう溢す母ルシア、でもそれは仕方がない誕生日の贈り物など貴族たちの習慣であり、庶民には縁がないからだ。

「父さんと母さんからはもう貰っているから別にいいよ」

「アリシア、何の事を言っているんだ?」

 アルドの疑問にアリシアが答える。

「師から聞いている、今みんなが呼んでくれているこの『アリシア』って名前は、二人が私が生まれた日につけてくれたんだって」

 この時アルドとルシアは心の底からアリシアの師となった森の魔女に感謝した。


「でもこれがアリシア様の紋章なのですか? てっきり私は六芒星だとばっかり思っていました」

 フィリスとルミナスはプレゼントの中身を知っていたが、ミルファは今初めて中身を知ったのである。

「確か最初私もそうしようとしたんだけどアレク様に止められて」

「ああ、それはアレク様英断でしたね⋯⋯」

「なんでルミナス?」

 そのアリシアの疑問にルミナスは答える。

「いいですか、今この時代には過去の魔女が作り残した魔法具が数多く存在してます、そしてその多くにそれを作った魔女の名や紋章が刻まれているのですがとにかく六芒星のヤツが多いんです、もちろんよく見分ければ判別は出来るのですが中には風化して紋章の細かいところがわからなかったり、その紋章が誰なのか記録が無かったりと不便で大変なんです!」

「⋯⋯なるほど」

 つまりこの先自分が創って広まった魔法具は、製作者の判別が容易だという事がアリシアにはわかった。

 ――迂闊な物は創れないな。

 アリシアはそんな今更な事を考えていた。

「それにしても月は銀月で、アリシア様の紋章にはぴったりですね」

「うん、フィリスが考えてくれたんだ」

 無論ルミナスもこういう事がフィリスの特技だとは知っている。

「ふーんあんたがねえ? じゃあこの星は何なのフィリス?」

「えっとあの時、デザイン的に月は三日月が一番良かったけど空白が寂しくって足したのよ⋯⋯で、それを見たアリシアが気に入って」

「ふーんそういえばあの時、冒険者試験の時の私達のパーティー名を決めたのはあんただったわね?」

「⋯⋯いや、あの時は何か付けなきゃって時にたまたまアリシアの紋章が浮かんで、月がアリシアならこの星が私たちかなって思ってつい」

「フィリスそんな風に思ったんだ」

 アリシアは帽子を脱いで改めてそのブローチを眺める、みんなが居たから今の自分になれた、だからこれは私だけじゃない私達の紋章なのだと感じた。

「あらためてありがとうフィリス、素敵な紋章を考えてくれて」

「そんな、たまたま偶然だよ」

 そういってのんきに笑っている親友フィリスをルミナスは見つめる。

 ルミナスは知っていた、親友のが決して侮れないという事を⋯⋯

 それはついに痛感したばかりだったからだ。

 フィリスが言う がなければあのブローチは別のデザインで、しかも今ここには無かったかもしれないのだ。

 昔は魔力がある癖に魔術がろくに使えない欠陥王女だと、内心軽蔑していた時もあった。

 しかし、いつの間にかその欠陥王女は誰よりも信頼できる親友へと変わっていった。

 アリシアが言っていた、フィリスは精霊に愛されていないから魔術が使えないと、しかしもしそのせいでフィリスにしか見えない聞こえない何かがあるのではないか、そんな事をルミナスは思い始めていた。

 ――もしもこの先運命を分かつ一瞬の決断を、親友フィリスがしたなら私は迷わない。

 それはルミナスだけが心に秘めた決意だった。


 そんな四人の子供たちとは別に大人たち四人も話し合っていた。

「では決心してくれたんだな?」

「はい王妃様、あれだけみんなが娘を支えてくれているのに親の私達も出来る事をするのは当然です」

「こちらからお願いします王妃様、そしてギルドマスター」

「協力感謝する、しかしこれからは私の事は王妃じゃなくギルマスでいい」

「私までギルドマスターだとややこしいから、これからは私はガーランドと呼んでくれ」

 昨日アルドとルシアはこれから出来る冒険者ギルドの職員になるという打診をセレナリーゼとガーランドから受けた、そして今正式に返事をしたのだ。

「さあ、堅苦しい話はここまでだ」

 そう言いながらセレナリーゼは酒を飲み始める。

「しかし不思議なもんですねギルマス⋯⋯いやガーランドさん」

「そうだな、アルド君やルシア君とまたこうして一緒に働く事になるとはなあ」

 ガーランドが初めて任された地方の冒険者ギルド、そこがアルドが所属しルシアが受付嬢をしていた所だったのだ。

 初心者ギルドマスターだったガーランドがなんとかやっていけたのは当時の花形受付嬢のルシアの力が大きかった、なにせそのおかげで優秀な冒険者たちを多く引き止めておけたのだから。

 しかし一年も経たない内に結婚引退、そのせいで優秀だった者はより見入りのいい狩場へと移っていったのだ。

 それから本当に大変だった、あの頃がガーランドにとって最もキツイ時代だったのは間違いない、その引き金をひいたアルドとこうしてお互い酒を飲みながら同じ仕事の話をする日が来るとは思いもしなかった。

 ガーランドの義手である右手に持ったコップにルシアが酒を注いでくれてアルドと一緒に飲む、運命とは本当にわからないものだと思った。


 この宴は日付けが変わり、アリシアが眠りに落ちるまで続いたという。

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