04-11 Sランクの決意

 夜の帳が降りた頃、アリシアのいる森の外のベースキャンプの仮設キルド支部に、フィリス達が戻って来た。

 そして彼女たちは、ガーランドが連れてきたギルド職員が作った食事をとり一息いれた。


「それでどうでしたか?」

「最初の数時間は酷い有様だったわ」

 一応アリシアは使い魔の魔法人形マギ・ドールを、冒険者一人につき一体つけて隠密状態で監視や警護に当たらせている。

 しかし常に百体以上の魔法人形マギ・ドールの視覚と意識を繋げ続ける事は出来ない、何かあったと報告のある魔法人形マギ・ドールとのみ意識を繋げるので、冒険者一人一人はていない時間の方が圧倒的に長いのだ。

 なので現場で直接見てきたフィリス達の感想も合わせて評価するのだ。

一角兎ホーン・ラビット死の烏デッド・レイブンあたりの見た目に騙されて、結構な数の被害が出たわ」

「まあその辺りはアリシアさまが持たせた回復薬や、仲間の治癒魔術でどうにかなったけど」

「私も何人かの治療をしました、その⋯⋯手に負えない方はアリシア様の所へ送ってしまい申し訳ありません」

 眼球破裂や指の欠損などの被害者は、ミルファの治癒魔術では治せなかったのである。

「それは別に構わないから、気にしないで」

 まだあの冒険者たちはこの魔の森に所属しているわけではなく、各地のギルドからの借り物というのがアリシアの認識である、なので不合格者は丁重にお返ししなくてはならないのに、再起不能になってしまうのは申し訳が立たないのだ。

「とりあえず今のところは、何とか持ち直したってとこですね」

「でもよかったのアリシア?」

「何がです?」

「無償で治療なんかして」

 フィリスが気にしているのは、アリシアの〝魔女は対価なく力を貸すことは無い〟という魔女のことわりに反していないのかという事だった。

「少なくともこの試験中は最低限彼らの無事を保証するのは私の役目です、それに治癒魔法という分野は長い年月の果てに多くの犠牲の元生み出された奇跡の結晶、あまり高値を付ける気はありません」

「ならいいけど」

「うーん、それはそれで問題が出て来るんじゃ⋯⋯」

「素晴らしいお考えですアリシア様」

 フィリスとルミナスは王族として色々な懸念があって、アリシアの今後を心配してくれているのであろうことは伝わる、しかしミルファの純粋な称賛はアリシアの心にチクチクと痛みをあたえた。

 何故ならアリシアは治癒魔法があまり得意ではない⋯⋯少なくとも自分ではそう思っている、あまり使う機会が無く大抵の怪我は創造魔法の応用で何とかなってしまう為である。

 なので冒険者に怪我人が出る事はむしろアリシアにとっては都合がいい事だったのだ、なぜなら治癒魔法の練習相手が増えるのだから。

 同時にそんな風に思う自分はやはり魔女なのだという自覚もアリシアは感じていた、だから今のこんな姿は両親には見せたくはないな⋯⋯と、ふとこの時思うのだった。


 その後の話し合いの中でわかったことは、やはり今回選抜された冒険者たちが如何に優秀かという事だった。

 最初こそ戸惑い醜態をさらしたが、そこから立て直した昼過ぎにはもう適応し始めていたとの事である。

「印象に残った人はいましたか?」

「Sランクはやっぱりさすがの一言ね」

 今回参加した人たちの中にSランクは八人いた、彼らはそれぞれのパーティーのリーダー各でもあり、そのパーティを主軸にレイドを組んでいるのだ。

 各レイドに参加しているAランクパーティーも、良く従っているとの事。

「もっと、もめるものとばかり予想してたのに」

 アリシアは別に彼らがいがみ合う事は期待していないが、協調性や柔軟性に欠ける者は早期に見つけるべきだと思い過酷な環境に追いやっている、それが目的の試験だからだ。

「彼らも命がかかっているからね、そういうのが真っ先に死ぬのをよく理解しているのよ」

 ルミナスも大抵の冒険者は、自分勝手な者たちが多い事はよく知っているからこその発言である。

 そんな話をしていたこの時、冒険者たちの中には食事をとっている者もいた、それをアリシア達は魔法の水晶玉を通して観察している。

「あれ便利ですね」

「ああ、魔道コンロね」

 アリシアは冒険者たちに森を荒らす様な火の使い方は禁じているが、あの魔道コンロは事前に見せてもらって森への被害が無いために許可していた。

「百年前には無かったのかな、アレ」

「原型自体はあったはずよ、ただ今ほど手軽には使えないほど高価だったはずだから、使う人は居なかったのでしょうね」

 そんなルミナスの解説にアリシアは思う、多くの事がこの百年間で変わったのだと、今度の魔の森の冒険者支部はきっと上手くいくに違いない、そんな予感があった。


 一夜明けて冒険者たちの戦いは続く、交代で見張りをしながらだった為あまり長くは休めなかったが十分に回復出来ていた。

 その原因の一端は食べ物にあった、昨日返り討ちにした一角兎ホーン・ラビット死の烏デッド・レイブン等を解体し食べたが非常に旨かった、力が湧いてくるのを実感するのだ。

 それは何故か、やはりこの魔の森の生物だからだろう、普段も狩場で狩った肉をこうして食すことは多いが、これほど自身の血肉になったという実感は無い。

「どうだ体の調子は?」

「ああ、問題ない。 少し良すぎるくらいだ」

 レイドリーダーはその言葉がただの強がりではないと判断する、あと二日何とかなりそうだ、そう思う者は決して彼だけではない。

「よし、いくぞー!」

 こうして試験の二日目が始まる。


 二日目の彼らは主に、薬草などの採取を行う予定だ。

 これは初日に結構な数の魔獣を返り討ちにする事に成功し、その肉の確保が潤沢だった為だ。

 それを可能にしたのはアリシアが彼等一人一人に持たせた魔法の袋の恩恵が大きい、これのお陰で持ち運ぶ食料の量を厳選せずに済んだのだから。

 また、この試験が上手くいかなかったら、次にこの魔の森に冒険者が立ち入る機会は当分やっては来ないだろう、なのであらゆるサンプルを採取しておきたいとギルドは考えているだろうと見越しての行動だった。

「見てください、この薬草を!」

 その薬草を魔道士は魔力を用いて、そうでないものはほんのちょっぴり口に含んだりして鑑定する。

「信じられん濃さだな、これで回復薬のポーションを作ったらどうなるんだ?」

「昨日使ったアレじゃね?」

「なるほど⋯⋯納得だ」

 そして彼らは見つけ次第あらゆる種類の植物サンプルを取っていく。

「おい! これを見てくれ!」

 その発見は偶然だった、彼が見つけた物はただの石ころである。

「おい! これは魔石じゃないか!」

 世の中で〝魔石〟と呼ばれるものは大別すると二種類存在する。

 まず一つは魔物や魔獣など魔素溜まりに生息する強い魔力を秘めた生物の体内で、その魔力が結晶化したもの、そしてもう一つは魔素溜まりの高濃度の魔力がそこに存在する鉱物に馴染み蓄積して変化したものである。

 そして今回見つかった物は後者である。

「かなりの質だな、これを何処で?」

「そこらにいくらでも落ちてるぜ」

「⋯⋯なにせこの魔の森の百年物だからな」

「この石ころだけでも一財産だな」

「まったくだ」

 彼等はサンプルというにはやや多い量を、魔法の袋へと詰め込んでいくのだった。

 それからも様々なサンプルの採取を行いつつ、時に襲い来る魔物や魔獣を討伐しながら歴戦の冒険者たちは無事に二日目を終えた。


 三日目の朝、あるレイドを仕切っていたリーダーであるSランク冒険者ザナックは、メンバーに断ってから転移の魔法具で森の外のベースキャンプへと転移する。

「おう、お前も来たのか」

「カイン?」

 ザナックに話しかけてきたのは、ガーランドの教え子時代からの同期で友人でライバルでもある、同じSランク冒険者のカインだった。

 そうこうしている内に、八人のSランク冒険者が全員集まる。

 互いに見つめあいながら、考える事は一緒なのだと一同察する。

「どうしたんですか、こんな朝早くに皆さんそろって?」

 そんな彼らの前に、アリシアが現れる。

「我々は、銀の魔女様にお願いがあってここに集まった」

「なんですか?」

「我々に中層への挑戦を許可して欲しい」

 ここへ集ったSランク冒険者たちは熱い眼差しでアリシアを見つめるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る