04-04 血の契約

「食事の支度はもうそろそろ終わりますよ」

 そう調理場で料理をしながら、ミルファは通魔鏡へ向かって話しかける。

「おお、待ち侘びた!」

 そう通魔鏡に向かって言ったルミナスは、自分の部屋のロフトの上の狭っ苦しさを満喫していた。

「了解、すぐ戻る」

 そう言って通魔鏡の向こうから話しかけてくるアリシアは、どこだかわからない猛吹雪の中にいる。

「アリシア寒く無いの?」

 フィリスは思うままの疑問をアリシアへ問いかけるが、鏡の中のアリシアはいたって平気そうにしている。

 そう、今ここリビングにいるのは、フィリス一人だけだった。

 ルミナスとミルファは視界の中にこそ居ないがすぐ近くにいる、そして今アリシアはこの通魔鏡のテストのため何処か遠くの地にいるらしい。

 全員バラバラなのにこうして一緒に会話が成立する、この通魔鏡は素晴らしい物であった。


 そうこうしているうちにアリシアとルミナスがリビングに戻って来て、ミルファが作った料理を食べる事にする。

 今回のメニューはポトフである、特別難しい料理ではないが昨日からミルファが一日かけて作った力作である。

「お口に合えばいいのですが⋯⋯」

 そう自信なさげにミルファは言ったが、

「ほっとする、優しい味」

「美味しい!」

「玉葱がとろける!」

 三者共に好評価である。

 そして食事が終わった後アリシアはルミナスに話しかける。

「ルミナス、ちょっと庭までついて来て」


 そしてアリシアの先導の後ルミナスだけでなく、全員ついて来たがまあ別に構わない。

「これを見て」

 そうアリシアが指し示すのは小さな苗木である。

「これは精霊樹の苗」

「精霊樹?」

 アリシアはルミナスへの説明を続ける。

「精霊、すなわち魔素との融和性が素晴らしい木、魔法⋯⋯魔術の杖の素材には最高の物」

「杖の素材⋯⋯これを私に!?」

「そう、ただしルミナスが自分で育てるのが条件」

「私が育てる?」

「普通に育った樹でもいい杖は出来る、しかし最高の杖にするなら自分で育てるしか無い」

 そう言われてもルミナスには園芸の経験など無く、やや不安だった。

「出来るかしら⋯⋯私に?」

「出来る、というより難しい事なんて全くない、毎日ルミナスの血をあげればいいだけ」

「血を!?」

 ルミナス驚くが同時に納得もした。

 この苗木が成長するまで自分の血を飲ませ続ければ、それはさぞや魔力の通りがいいに決まっている。

 だが、しかし⋯⋯

「血を毎日⋯⋯」

「まずは今日の分」

 そう言いながらアリシアは銀のナイフをルミナスに手渡す。

 それを受け取ったルミナスは、

「これで自分を切るの?」

「当たり前じゃないですか」

 これまで成り行きを見守ってきたフィリスだったが口を挟む。

「アリシアそれはキツくない?」

「そうなの?」

 そうかキツいのか⋯⋯アリシアは考える、この後も転移用魔法具にみんなを登録するのに、血を流してもらう必要があったからだ。

 この時アリシアは閃いた、痛いのが駄目なのだと。

 一旦アリシアはルミナスからナイフを返してもらい、そのナイフを魔法具化する。

 付与する魔法は『無痛』と『治癒』、これでいくら切っても痛くないし、また切り傷もすぐに治る。

 そう説明した後改めてルミナスに、その銀のナイフが手渡された。

 そのナイフを手にルミナスは覚悟を決める。

 ザクっといったが本当に痛みは無く、その切り傷もすぐに治ってゆく。

「そのまま苗木に血を」

 ルミナスは切り傷自体はもう治っているがその手につたう血を苗木に与える。

「それくらいでいいよ」

 苗木に血を十滴ほどかけたら、もういいらしい。

「これを毎日⋯⋯」

 しばらくすると苗木が成長し始め、フィリスやミルファも驚く。

 やがて苗木の成長は止まり、先程より二センチ位成長していた。

「さすがルミナスの血⋯⋯ この調子で毎日血を与えていけば二ヶ月位で良さそうですね」

 そのアリシアの言葉がルミナスに大きくのし掛かる。

「二ヶ月⋯⋯毎日⋯⋯」

 そんなルミナスをよそにミルファが、

「あのアリシア様、そのナイフを私のも創って頂けないでしょうか?」

「いいけど、どうして?」

「患者の中には矢尻なんかが体の中に残って、治癒の前に抉り出す必要がある場合があって」

「なるほどわかった、フィリスの分もまとめて創るよ」

「えっ? 私の分も?」

 これまで他人事だと思っていたフィリスは意味がわからない。

「創った魔法具を自分専用に契約するのに血ほど手っ取り早い手段は無い、多分これからは使うことが増えるよ」

 そうアリシアは説明した。

「つまりこの後、転移用魔法具に使うわけね⋯⋯」

 そんなフィリスの肩に手置きながらルミナスは、口元をニヤニヤさせながら死んだ目で訴えかける。

 フィリスはちょっとだけイラっとしたのだった。

 その間に魔法のナイフを創り、二人に手渡した後最後の一本は自分の収納魔法に仕舞うアリシアは嬉しそうだった。


 その後それぞれの部屋に転移用魔法具を設置して、みんなに血の契約をしてもらい日が傾き始めた頃、フィリスとルミナスは城へ戻る事にした。

 そしてまだ対となる転移先の魔法具が設置されていないため、それごとフィリスとルミナスをアリシアが送り届ける。

 まずはルミナスからだった。

 アリシアはルミナスと共にウィンザード帝国帝城へと跳ぶ。

「アリシアさま、感謝する!」

「待って!」

 そう言って別れようとするルミナスをアリシアは引き止める。

「ルミナス鏡を出して」

 言われるままにルミナスは自分の通魔鏡を差し出す。

 そしてそれに素早くアリシアは何かを入れたようだ。

「誰も見ていない所で開けて」

 そう言ってアリシアは消えた。

 帝城の自室に戻ったルミナスは転移魔法具を設置する、これでいつでも魔の森へ行く事が可能になった。

 そして誰もいない事を確認した後、ルミナスは鏡からアリシアが入れた物を調べる。

 それは一枚の紙と、やたら厳重に封をされた小瓶だった。

 ルミナスはその紙に目を通すと側に置いてあったペーパーナイフを掴み、躊躇うことなく指を切りそのままその契約書に血判を押す。

 すると小瓶の封が霞の様に消えてゆく。

 そしてそのままルミナスは、小瓶の中身を一気に煽った。

 ルミナスが指の痛みに気がつくのは、しばらくの時間がたった後である。


 フィリスがアリシアに王城へと送り届けられたのは、もう日が落ちた頃である。

 一先ずフィリスは戻った事を父や兄に伝えようと、王の執務室へと向かう。

「ただいま戻りました、父様兄様!」

「戻ったか、フィリス」

「おかえり、フィリス」

 その出迎える二人も様子がおかしいと、フィリスにはすぐにわかる。

「どうかしたのですか? 何かあったんですか?」

 ラバンとアレクは目を合わせた後、

「アレク、お前が話せ」

「では僭越ながら、フィリスが居ない昼にこれが届いた」

 それは一枚の封書である。

 そしてそれには特徴のある、フィリスもよく知る紋章が描かれていた。

「これは冒険者ギルドの⋯⋯中身は一体!?」

「要約するとこうだ、ギルドは銀の魔女様への面会を求めている⋯⋯魔の森に冒険者ギルドの支部を作る許可を求めてな」

「魔の森にギルドが!?」

 フィリスは即座に直感した、面倒な事になったと。

「とにかくアリシア殿に話さねばならない、受けるにせよ断るにせよな⋯⋯フィリス、アリシア殿になるべく早くに来てもらえる様に伝えてもらえるか?」

 アレクは今のフィリスが、いつでも話が出来る事になってる事は知らなかった。

「わかりました⋯⋯」

 こうして創られたばかりの通魔鏡が伝えるのは、吉報なのか凶報なのか今はまだ誰にもわからない。

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