03-05 オリバーという男
清々しい旅立ちを予感させる朝が来た、そしてとくに何の問題もなくこの宿場町を出立する。
さてここで帝国から共和国への旅路について説明する、帝国の首都ドラッケンから共和国西の都の首都ローシャへは四日の距離である、王国から帝国までが最短で八日である事に比べれば比較的短いといえる。
しかしその間には、大きな山越えをしなくてはならない。
帝国の領土はこのグリムニア大陸の北部の中央から西部である、そして南の王国との国境線そして東の共和国との国境線までは、大きく長いローグ山脈によって遮られている、見方によってはこの山脈によって帝国領は隔離されているといってもよい、過去に大きな戦争を起こし敗戦してなお領土を保てた理由にもなっている。
そしてこのローグ山脈によって、北西の海の向こうからやって来る竜種が帝国領に止まりやすくなる原因にもなっていた。
そして二日目と三日目は完全に山越えに充てられ、四日目の昼にようやく長い下り道の途中で海が見えてきた。
微かにアリシアに潮風のにおいが届いた、馬車の窓から身を乗り出すとそこには大きな海とそれを囲む大地と大きな湖が目の前に広がる。
「きれいな国⋯⋯」
それがその〝水の都〟に対する最初の素直な感想だった。
「でしょアリシア、こればっかりは王国も帝国もかなわないわ」
「そうね我が帝国は山と森ばっかりで観光的には温泉くらいしか魅力がないしね」
そんな二人の姫さえ認める国、それがアクエリア共和国なのだった。
「そうですね、美しい海と世界中の物が集まりグリムニール教の総本山でもあるここ西の都ローシャはおそらく、最も多くの旅人が訪れる観光国です」
そんなミルファの解説を聞きアリシアは、
「ミルファはこんな所に住んでるの?」
「いえ、私が身を寄せていた教会はもう少し北の都イスペイよりの観光地では無いところですので」
「いた?」
過去形での説明に引っ掛かる。
「ええ、私がアリシア様にお仕えする事が決まった時に、いったんそちらの私の私物を全てローシャにある大聖堂の方に移しておいたので、もうそちらには行く必要はありません」
「そう⋯⋯」
それからしばらくの間これからの予定について話し合う。
おそらくこのペースで何事もなければ、ローシャに到着は夕方頃になる。
そしてそのままいったん皆で大聖堂へ寄りその後、収納魔法を使えるアリシアはミルファの荷物の引き取りに付き添う事になった。
フィリスとルミナスはその間にしなくてはいけない事があるため、席を外す事になった。
アリシアは王族には何かしらのしがらみが有るのだろうと思い、ミルファは自分の片付けに姫様方を付き合わせる心苦しさから特に何の追及もしなかった。
ふとアリシアはずっと心に引っかかっていた疑問を、フィリスとルミナスに聞く。
「そういえばこれから行く西の都の領主のオリバー大統領ってどんな人なの? 突然フィリスに求婚したと思えば誰もそれを問題にしないし?」
アリシアは考える、あれは国際問題になるのでは⋯⋯と、しかしアリシア自身も不思議と嫌悪感を感じない、そんな人柄を何故か感じさせるのだ。
「あー今年もやったんだおじさま、しかもアリシアさまの前で」
「ルミナスの方もでしょ?」
「もちろんよ、彼は私のこの魅力のわかる紳士よ」
「私も目の前で見ててびっくりしました」
どうやらミルファも、アリシアと同意見らしい。
「あれは私たちの父親に対してからかってるだけの恒例行事だからね」
「どうしてそんな事をする様になったんです?」
「んーとあれは十年くらい前に⋯⋯」
――それは当時の世界会議での出来事。
「オリバー大統領ごきげんよう」
「こんにちはオリバーおじさま」
まだ幼いフィリスとルミナスのその挨拶にオリバーは相好を崩す。
「こんにちは、美しき姫君たちよ」
そんなオリバーに二人の父であるラバンとアルバートが近づく。
「どうだ? 可愛いだろう、うちの姫は」
「同感だ、お前も自分の娘を早く持つがいい」
そんな自慢してくる親友たちにオリバーは、
「私が、自分の娘を持つ事は難しいな」
「まったく、要らぬ苦労をしょい込み追って」
「そんな商人とは思えぬお主がここまでの成功を収める、分からぬものだな」
そんな、ややしんみりした空気を吹き飛ばすべくオリバーは、
「しかしそなたらは儂を不幸だというが、そなたらの方が将来もっと不幸になるやもしれんぞ?」
ニヤリと笑いながらオリバーは挑発する。
「はっはっはっ! 何が不幸になるだと!」
「つまりこういう事だ」
そのままオリバーは、美しき姫君の前で片膝を付きそして、
「そなたら儂と結婚せぬか?」
そう堂々と二人の父親の前で求婚した。
「オリバー! 貴様ーー!」
「ふざけるなーー!」
「はっ! こういう事だ、娘を持たぬ儂はこんな不幸にはこの先巡りあえんからな!」
そうやって追い掛け回す三人をずっと、フィリスとルミナスは見ていた。
「まあそんな事があって、それから毎年の恒例行事になっちゃってね」
「そうなんですか⋯⋯それはわかりましたが、なら何故私まで求婚されたのでしょう?」
「え゛⋯⋯アリシアさまにまで、したんですか?」
「あれはアリシアの事を知るための、反応を引き出すためだったんじゃないかな?」
「では本気ではなかったと?」
「まあそうだね、もしあそこでアリシアが怒ったとしても父様や私が居れば何とかなる、そう思ったんでしょうね」
「おじさま時々そういう博打打つよね、普段は堅実なのに⋯⋯」
「そもそもオリバーさん奥さんが十五人もいるしね⋯⋯」
「えっ?」
さらなる情報の追加によりアリシアは、ますますオリバーが解らなくなる、そこへミルファが補足する。
「ローシャでは有名なお話です、昔まだ大統領ではなかった頃のオリバー様が経営する船が沈んで船員が全滅したんです。 そして残された遺族の身を売るしかないような、未亡人たち全員と結婚したんです」
「どうしてそうなるの?」
「おじさまは通常の範囲内での保証は全て行った、しかしそれでも救いきれなかったのがその十五人だったの」
「正規の手続き以上の保証をおおやけに行う事は商人としての弱みになるから」
「でもやっぱり結婚という手段はどうかと?」
まだアリシアは納得がいかない。
「オリバーさんの目的は慰謝料という名目で、その人たちにお金を渡すつもりだったの」
「一度に十五人と結婚した男なんて、妻たちが共謀すれば裁判では絶対負けるしね」
「でも結果その奥様たちは誰一人として大統領を裏切らず、むしろその商売を支えた。 そして大統領はローシャ屈指の商人からグリムニア大陸最大の商人になった、ここローシャでは有名なお話なんです」
⋯⋯理解はしたがやっぱりアリシアには、それで何故上手く行くのかわからなかった。
そして馬車は長い下り坂を終え、平地へと辿り着く。
アクエリア共和国西の都ローシャ、その最大の名物でもあるグリムニール大聖堂までもうすぐだった。
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