03-04 待ち受ける計画

 しばらくしてフィリスが質問を始めた。

「この際私も聞きたい事があるんだけど、もしも精霊と一切交信できない赤ん坊がいたらどうなるの?」

「フィリスみたいになる」

 アリシアは回りくどい言い方をあえてやめて、はっきり答える。

「⋯⋯そっか、だから私は魔術がほとんど使えないんだね」

 そう、それはフィリスの長年の悩みだった、人一倍魔力はあるのに魔術が習得できない事が。

 そのためフィリスは、魔力そのものを使い操る身体強化や防御膜ぐらいしか覚えられなかった。

「赤子が母の胎内にいる時から物心つく頃の、交信してきた精霊の種類によって得意な魔術の系統が決まると言われている」

「えっ? そうなの」

「遺伝じゃないの?」

「遺伝では魔力の量は受け継がれやすいが、得意な属性を継承する訳じゃない」

「ならどうして? 火の魔術の名門貴族とか、結構その家ごとの特色はあるみたいだけど」

「単純に火の魔術を扱う家には、火の精霊が比較的多く引き寄せられる、結果その子供と交信する精霊は火の精霊が多くなりがち」

「なるほど、だったら母親が妊娠したらずっと別の家にいると得意な属性が変わる?」

 ルミナスは仮説を立てた。

「その母親自体が引き寄せる精霊の特性は受けやすいから、必ず変化するかは保証が出来ないけどあり得るかな?」

「なるほど私が光属性に目覚めたのは、生まれてすぐに教会に捨てられ育てられたからなんでしょうか?」

 そんなミルファの疑問に対して、

「絶対にそうとは言い切れないけど可能性は高いかな」

 そうアリシアは言った後、やや落ち込むフィリスにも、

「精霊との繋がりが無い事がいい事もあるよ」

「えっ、そうなの?」

 そのフィリスが思ってもいなかった事実を、アリシアが告げる。

「これを持って使ってみて」

 そう言いながらアリシアは収納魔法から二本の短い杖ワンドを取り出し、フィリスに手渡す。

「それを左右の手にもって、同時に魔力を流して起動して」

「いいけど、これなんの魔法具?」

「こっちは『種火』もう一本は『照明』だから危険は無い」

「わかった」

 そういってフィリスは左右二本の魔法具を、同時に起動する。

「うそ、そんなに簡単に?」

 その光景にルミナスは驚く。

「えっ、大した魔法具じゃないし何をそんなに驚いているのルミナス?」

 フィリスにはわからない、それが彼女にとっての当たり前だったからだ。

「普通、魔女が創った魔法具や普通の魔道師が作った魔道具を同時に二つ以上使えないのよ」

 その説明にアリシアが補足する。

「普通の人にとって魔力を使う事と精霊に呼びかける事は同じで分けて行う事は困難なの、だから同じ種類の魔法具二つならともかく別々の魔法具を二種類同時はその魔法具に宿る精霊同士が干渉しあって上手く起動しない、フィリスの場合純粋にただ魔力を送り込めるから簡単に二種類以上起動できる」

「そ、そうなんだ」

 フィリスはそんな事実を、今初めて知った。

「フィリスは私が作った剣の付与を同時にいくつも起動していたでしょう? あれは出来ない人にはどうやっても出来ない」

「アリシアは出来るの?」

「出来るけど、頭の中をいくつにも分けるような負荷がかかる」

「わたしも落ち着いている時なら出来ると思うけど、戦いながらは自信が無いわ」

 フィリスは魔力において自分以上の存在である魔女アリシア大魔導士ルミナスにとって困難な事が何でもないという事に戸惑う。

「つまりフィリスは戦闘時複数の魔法具を同時運用できる、例えば空飛ぶマントと今度造る剣を同時に使った空中戦とか」

「そっか⋯⋯」

 これ以降そんな自身の特性に、フィリスは自覚し始めていく事になる。


「あの、私も聞きたい事があるのですが⋯⋯」

 そう言いながらミルファもアリシアへ質問する。

「アリシア様の治癒魔法は素晴らしくて⋯⋯どうやったらああ出来るんですか?」

 その質問にアリシアは言いにくそうに答える。

「ミルファ、最初に言っておくけど私は治癒魔法はそれほど得意じゃない、あれは創造魔法の応用」

「どう違うのです?」

「つまり私は怪我を治している訳じゃないって事、損傷した肉体を材料に怪我していない体に創りなおしているだけ」

「それで『治癒ヒール』とは違う、まさに魔法だったんですね」

 ミルファはあの時のアリシアが、瞬時に腕を繋いだりした時の事を思い出しながら、これからの目標をぼんやりと見つけた気がした。


「さて、小難しい話はここまで! 今からは遊びましょう!」

 突然ルミナスが仕切り出した。

「遊ぶといってもこの馬車の中で?」

 アリシアの疑問にルミナスはチッチッチッと指を振った後何やら取り出す。

「これです! わが先祖が生み出した卓上遊戯の決定版、『リ・バーシ』!」

 そして簡単にルミナスはそのゲームのルールを説明終える。

 アリシアにもすぐ覚えられる単純なルールだった。

「さあ、ゲームスタートよ!」


 その結果は⋯⋯

 第一位、ミルファ、三戦全勝。終始安定した強さで初代王者に君臨する。

 第二位、フィリス、二勝一敗。こちらも安定した強さ、しかしミルファには完敗だった。

 第三位、アリシア、一勝二敗。経験不足、辛うじてルミナスから偶然勝利を得る。

 第四位、ルミナス、三戦全敗。


「あーーーー! なんで勝てないのよ?」

 ルミナスの叫びが馬車に響く⋯⋯

「ルミナス⋯⋯帝国皇女としてそれはどうなのよ」

 フィリスにしては辛らつな評価である。

 そしてミルファも追い打ちをかける。

「アリシア様との対局を拝見しましたが、あれは無いでしょう? ここ、この角をどうして取らないんです? お二人とも取れましたよね? なのにどうして六ターンもほったらかしで他のコマの取りあいをやってたんですか?」

 そのいつもと違うミルファの剣幕にアリシアとルミナスは圧倒されながらお互いの目を交わした後、

「「だってソコに置いても一個しかひっくり返らないし⋯⋯」」

 二人そろって同じ答えを返す。

「いいですか二人とも『リ・バーシ』は目先のコマの取り合いじゃないんです、いかにひっくり返されないコマを増やすかが重要なんです、角を制する者は勝負を制するです!」

 そのミルファの言葉はルミナスに強い衝撃をあたえた。

「そ、そんな極意があったなんて⋯⋯はっ、いつも私と勝負して負け越しているミハエルもこの事に気づいていない? 早く教えてあげなきゃ!」

「それにしてもミルファは『リ・バーシ』強くて詳しいんだね」

 そんなアリシアの問いにミルファは⋯⋯

「孤児院ではこれくらいしか娯楽はありませんでしたから⋯⋯それに負けたら、たまにしか出ないデザートを取られるので⋯⋯」

「そ、そう⋯⋯」

 結局また重い話になってしまった。


 一方その頃、隣の馬車では⋯⋯

「チェックメイト!」

 アレクとミハエルがこちらも帝国発祥の卓上遊戯『チェス』を指し、そしてアレクが勝利していた。

降参リザインです、ありませんアレクさん」

「ふー、やっと勝てたか⋯⋯強いなミハエルは、どうだもう一局打たないか、こんな勝負は久々だ」

「いいですよ、アレクさん。 今度は負けません!」

 こうして二人の対局は続いて行く。

 最終結果は三勝二敗でアレクの勝利だった、しかしいずれもどちらが勝ってもおかしくない名勝負である。

「楽しかった、またやろうミハエル」

「ええ、アレクさん」

 そう言ってアレクにミハエルはにっこりと笑うのであった。


 こうして馬車は最初の宿場町に到着し、一泊する事になった。


 その日の夜、同行する三人の領主たちは昼間馬車の中で色々な計画を練っており、そして今西の都ローシャに待機するそれぞれの部下たちへの準備の指示を書いていた。

 明日の朝一番に早馬を先行させれば一日くらいの準備期間は捻出できるからだ。

 そんな彼らにとってのラストスパートを邪魔するノックが深夜に響く。

「こんな夜中に誰よ!」

 そう言って扉を開くとそこには、思いもよらぬ二人が立っていた。

 慌てて室内にいた三人は礼をする。

「どうやら悪巧みは順調のようね」

「そんな悪巧みなんて、滅相もございません」

 必死で言い繕おうとする三人に、

「気にする必要はない、私たちも一枚噛ませて貰いたい、その為には協力もしましょう」

 こうして深夜の訪問者二人を加えた五人の、秘密の計画が密かに動き出す。

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