02-09 戦闘準備!

「すまなかったな、ラバンよ」

 アリシア達を見送った後、最初にアナスタシアが口にしたのは、銀の魔女にエルフィード王国の王であるラバンを挟まず、依頼をしてしまった事に対するお詫びであった。

「もし見ていない所でされていれば問題だったが、今回は目の前で起きた事、そして銀の魔女は依頼を受けた、構わんよ」

「そうか、この礼は後で必ずする」

 そんなアナスタシアの言葉に、ラバンは自分の考えを語る。

「私が黙って顛末を見届けたのは銀の魔女⋯⋯いや、あの若い魔女が何を考え、何を決断するか見たかったからだ」

「満足したか?」

「それ以上のものが見れた」

 そしてラバンはこの場にいるアナスタシアにだけではなくアクエリア共和国の領主達にも頭を下げる。

「他国の指導者達よ、銀の魔女は⋯⋯いやあの若者達は必ずや次の時代を作っていく者たちだ、今しばらく見守ってやってほしい」

 そんなラバンの言葉を、皆はしっかりと受け止める。

 その時ウィンザード帝国の皇配、そして宰相でもあるアルバートは一人準備に追われていた。


 皇城に残った人達が、何をしているかなど知る由も無く、アリシア達は空の彼方へかっ飛んで行く。

「ルミナス⋯⋯さっきのは淑女としては、ちょっとどうかと思うわ」

「うるさい! 私は繊細なのよ、あんた達と違って!」

 アリシアはルミナスを怖がらせてしまった事を反省しながら、魔法の絨毯を操りさらに上昇させる、地面が近いと速さを感じやすく怖いのだろうとの配慮からだった、なお魔法の絨毯は飛行中結界で覆われているため風を感じない。

 あと高度が高ければたとえ落ちたとしても、助ける余裕も増えるとアリシアは思っていた。

 それからしばらくののち皆が高さや速さに慣れて来た頃、フィリスがポツリと呟いた。

「まるで雲の上に居るみたいだね」

 アリシアはその言葉の意味を咀嚼すると思わず可笑しくなる、そんなアリシアの微細な変化をフィリスは見逃さない。

「あーアリシア笑うなんてヒドイ、分かっているわよホントは雲になんて乗れないくらい、知ってるんだから!」

 ルミナスとミルファはアリシアが今笑った事に気づかず、キョトンとした様子でアリシアとフィリスのやり取りを見ていた。

「ごめんフィリス、そういう意味で笑ったんじゃないよ、ただ少し可笑しくて⋯⋯この絨毯蜘蛛の糸で出来ているから」

「えっ蜘蛛の糸!」

 フィリス達は驚き、絨毯をその手で撫でる。

「全然ベタベラしないんだけど?」

「その辺は魔法で上手く加工してあるから、蜘蛛の糸は丈夫で魔力の通りも良くて魔法の布製品にはもってこいなの⋯⋯ただ糸を集めるのが結構キツいけど」

「どのくらいかかったの?」

「この絨毯分だけで三年位⋯⋯かな」

「それは大変ね⋯⋯」

 そんなアリシア達の遥か下方に、道ゆく人や農作業をする人々が目に入る。

「⋯⋯護らなきゃねルミナス」

「そうね⋯⋯」

 ルミナスはその小さな手を握りしめて、フィリスに答える。

「⋯⋯この高さであんなに小さく見えるなら、もっと高くからじゃ気付かなくて当然ですね」

 小さな声で抑揚なく喋るミルファの言葉は、アリシア達には届かなかった。


「さあ、この速さならそんなに時間はかからないわ、早く作戦を決めるわよ」

 ルミナスは現場の地図を広げながら、説明を始める。

「まず目的地のネーベルの森はココ、そしてその周りに砦が五箇所有ってその砦同士を城壁で繋いでいるの、こうして物理的に森から魔獣が周りに流れ出ることを防いでいる」

 アリシアは地図を見ながら説明を聞き、よくまあこんな物を作った物だと感心する。

 しかし同時にこれはどうしようも無いとも思ってしまう、この森自体はアリシアが管理する魔の森に比べて遥かに小さいが、規則性無く魔獣が溢れると手の施しようが無い。

「これを少ない人員で、防ぎ切るのは無理じゃ無い?」

 フィリスのその感想にアリシアも同感だった。

 しかしルミナスはニヤッと笑いながら、説明を続ける。

「そこは我が帝国が長年かけて編み出した独自の防衛方法が有るのよ、魔獣達が強い魔力に引き寄せられる性質を利用する為に、強い魔力反応を出す魔道具を起動して魔獣達を一カ所に引き寄せる」

「でもそれだと確かに少ない戦力で戦えるけど、長時間一カ所で戦い続けたら城壁にダメージが蓄積したり、魔獣の死体が積もってそれを足場に乗り越えたりして来ない?」

 そんなフィリスの疑問に、ルミナスは答える。

「この魔道具は移動出来るのよ、城壁の上にはグルリと一周出来るトロッコ用のレールがあって、それを使って魔道具を移動させて戦いの流れをコントロールする」

 アリシアはその説明を聞き感心する、それは自分には無い発想だったからだ。

 アリシアが師から受け継いだ魔の森の管理法は、ほぼ全て氾濫させない事に注力している。

 大きな魔素溜まりに住む魔獣は、その環境に適応しまた離れようとはしない、まるで川の流れに逆らって止まり続ける魚のように。

 しかし、その魔素溜まりで発生した魔素が増えすぎ周りに溢れてしまった時に、それに釣られて魔獣達が流れ出てしまう、これが魔素溜まりの氾濫スタンピードの原理だ。

 これを防ぐのは単純である、溜まった魔素を消費してしまえばいい、だからアリシアは定期的に森のあちこちで、その場の魔素を使った儀式を繰り返している。

 そして万が一氾濫を起こしてしまった時は、どちらの方向に流れ出るかあらかじめ決まっている、そうなる様に仕掛けが施してある、そしてその出口で待ち受けて止める、ここでの魔道具の役割を魔女自身が行うのである。

 実際に師は過去二百年の間に二度ほどやらかしており、この方法で秘密裏に処理したとの事だった。

 それはさておき、この時のルミナスの説明する対処法をそのまま魔の森に生かす事は出来ないが参考にはなる、正直言ってこの情報だけでこの件に力を貸した報酬に代えても、構わないとさえ思えた。

 その間もルミナスの説明は続いている。

「この辺りがまだ平和なのだから、この戦術はまだ生きているはずよ」

「じゃあ私とルミナスは城壁に居るより壁の内側に降りて戦う方がいいわね」

 そのフィリスの考えに、ルミナスも同意する。

「その間ミルファは別行動で治療に専念、いいわね?」

 ルミナスの指示にミルファは頷く。

「では私はその魔道具の近くで治療に専念でよろしいでしょうか?」

 ここで初めてミルファが口を開く。

 ミルファがどこで治療するのか、それが問題である。

「いえ魔道具付近は激戦区でかえって邪魔で危険よ、むしろ魔道具が移動した後の場所を転々としながらの方がいいと思うわ」

 その指示にミルファは難色を示す。

「では私は移動しながら治療するんですか? ここは広すぎて移動し続けるのは結構大変なんですが⋯⋯」

 確かにミルファの小さな体では、魔力はともかく体力的に厳しそうだ。

「ねえアリシア、この絨毯を貸してあげればいいんじゃない?」

 そのフィリスの提案をアリシアは却下する。

「だめ、これは私じゃ無いと動かせないから、それに私はフィリス達についてなきゃならない」

「じゃあどうしよう?」

 そのルミナスの言葉にアリシアは自信ありげに答える。

「私にいい考えがある、ようはミルファさんの魔力や体力を使わずに移動できればいいんだから」

「どうするの?」

 アリシアはフィリスの問いには答えずに、ミルファに後ろを向くように指示する、ミルファはその言葉に従い、アリシアにその背を見せる。

 アリシアはミルファの背中に手を突いて魔法をかける、そしてミルファの全身に熱い何かが駆け巡る様な感覚の後その魔法は発動した。

 ミルファの背中に、純白の翼が生まれていた。

「な、な、何ですかこれは!?」

 そのミルファの動揺し上擦った声に、アリシアは答える。

「その魔法の翼はあなたの思い通りに飛ぶ事が出来る、私が込めた魔力で存在しているからあなたの負担にはならない」

 ルミナスはその翼をてその静かさに驚愕する、これなら魔獣を引き寄せる事もないだろう。

 アリシアはしばらくその場で魔法の絨毯を静止させ、ミルファに飛行をさせてみた。

「はい、大丈夫です、これ思い通りに動けます!」

 ミルファが初めて見せる興奮した様子に、アリシアは満足する。

 そしてまたミルファを載せて、魔法の絨毯は飛行を続けた。

「そうだフィリス、これを渡しておく」

 そう言いながらアリシアは、収納魔法から一振りの剣を取り出しフィリスへ渡した。

「これは?」

 フィリスはその装飾の無い簡素な剣を受け取りながら、アリシアに聞く。

「とりあえず試作品として作った物、付与の組み合わせとか試して欲しいから、余裕があるなら使ってみて」

 フィリスは鞘から少し剣抜きその刃を見ながら、アリシアに問う。

「これで試作品?」

「ミスリル製で『切断』『防護』『回復』『増幅』の四つが付与してある」

 その効果をアリシアはざっと説明する。

「本番では別の素材を使うつもりだけど、今回のは間に合わせでミスリルで作ったから耐久性に不安がある、『再生』が付けれなかったし少しでも違和感があったら、使うのをやめるか使い捨てるつもりで」

「わかったわ」

 そんなフィリスとミルファを見ながらルミナスは羨ましそうに呟く。

「いいなー二人とも」

 アリシアはそんなルミナスにも何か渡しておこうかと考えたが、良いものが浮かばず取り合えずエリクサーを三つ渡した。

「それ一本でルミナス皇女なら、魔力が枯渇しても全快すると思う」

「ホントに!?」

「ただあんまり一度に飲むのはお勧めはしない、一日に二本位が限度、三つ目は出来れば使わないくらいの気持ちで」

「三つ飲んだらどうなるの?」

「⋯⋯本来無理矢理回復する薬だから、健康体で飲んで体に良いはずが無い、どうなるかは個人差があって具体的には一概に言えないけど、若い人が飲み過ぎると体の成長が止まるかもしれない」

 アリシアは師が亡くなってから生活のリズムが不規則になり、無理を押し通す為にエリクサーに頼った時期があった、もしかすると身長が止まったのはそのせいかも知れない、そう思ってからはエリクサーは控える様に生活習慣もあらためた。

「私の大いなる未来が、閉ざされると!?」

「ルミナス、まだ諦めて無かったの?」

「うっさい! 早熟なアンタと違って私は大器晩成型なのよ!」

 その後アリシアはエリクサーをフィリスに二本、ミルファに五本渡した、これで在庫は全部だ。

「ミルファさんはまだ体が小さいから自分で飲むのは一本までで、むしろ自分では治せない重症者に使ってあげて」

「はい、わかりました」

 この時ミルファは素直に頷く。


「これで話すべき事は終わったわね」

 ルミナスの確認への返事の代わりに、フィリスは手を皆の前に差し出す。

「まったく好きねー、そういう暑苦しいの」

 ルミナスはそんな憎まれ口を叩きながらも、自分の手も重ねる。

「さあ早く、アリシアとミルファちゃんも!」

 アリシアとミルファも、それぞれその手を重ねる。

 一呼吸の後ルミナスは、それまでとは打って変わった真剣な声で宣言する。

「ありがとうみんな、私に力を貸してくれて」

「当然でしょ、友達なんだから」

「傷ついた人を救う、それが私の使命ですから」

「⋯⋯依頼に対して正当な対価を支払って貰えば、魔女はその契約を決して破らない」

 この時アリシアの心の奥底で何か変わり、芽生え始めていたがそれはまだ自分自身にも自覚が無かった。

「皆の尽力に感謝を、そしてこの戦いに勝利を!」

 ルミナスが開戦の雄叫びを上げる、戦場はもう目の前だった。

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