01-16 動き始める『世界』
銀の魔女と竜討伐隊がエルフィード城に帰還した。
ラバンとアレクはすぐさま報告の為に彼らを呼び出したが、謁見の間に現れたのはドラン・ルックナー将軍だけである。
「フィリスとアリシア殿はどうした?」
ラバンの質問に対し、ルックナーは言いにくそうに答える。
「その⋯⋯お二方とも、もう限界だと仰られ銀の魔女様はお帰りに、姫様はお休みになられました」
「なんだと! あの二人がそこまで消耗しただと!? どういう事だ、なにがあったルックナーよ!」
ラバンの驚愕と疑問に、ルックナーは答える。
「御心配には及びません⋯⋯お二方ともただの寝不足ですので⋯⋯」
「寝不足だと? 何があったのだ?」
「それも含めて順を追って説明します、この報告は私自身が見聞きした事、そして意識が飛びそうな姫様からの発言を私なりに解釈したものが含まれております、後ほど姫様も交えて意見をすり合わせる必要があると思いますが、まずはお聞きください」
ラバンとアレクはひと先ず、緊急性はなさそうだと判断する。
「では報告してくれ」
「はい、まず竜討伐に関してですが問題なく終了しました」
「ふむ流石だな、してどの様に倒したのだ?」
「⋯⋯ただゆっくりと近付き、竜がこちらに気づいたと思ったその時、銀の魔女様が手を翳したと思ったら、竜は息絶えておりました⋯⋯」
「たったそれだけでか?」
「銀の魔女様が仰るには三百歳位までの竜ならこれで十分だと⋯⋯素材が痛むから他の方法は取りたくないとの事です」
「⋯⋯つまり相手にもならんという事か竜が、してその力は我々にも効くのか、防ぐ術はあるのか?」
「⋯⋯おそらく防ぐ術は無いでしょう、しかし姫様が仰っておりました、心配する必要はないと」
「なぜフィリスにそんな保証ができる?」
「それがもう一つの報告です、今回もう一つの課題であった銀の魔女様との友好関係の構築という使命を、姫様は成し遂げられたからです」
「フィリスと銀の魔女様が?」
今回の計画はアレク主導で立てたものであるが、成功する望みははっきり言って薄いと感じていただけに驚きが勝る。
「現地に着いた三日目の時点ですでに完全に打ち解けておられました、往復の六日間のほとんどを馬車の中で過ごされ、語り明かしておられました」
「フィリスと語り明かす⋯⋯だと?」
アレクの疑問ももっともだった、彼が知るアリシアは人と話す事はあまり得意でない、慣れていない、そんな雰囲気が隠されていなかったからである。
一方フィリスの方はと言えば、喋り続ければいくらでも続けられる話術を持ってはいるが、それをただ聞き続け相槌を打つだけの六日間など、たとえアリシアでなくとも拷問だとアレクには感じられた。
「信じられん⋯⋯」
アレクの感想はもっともだった。
「アリシア殿とフィリスは何をそれだけ語り合っておったのだ?」
「その、『ナーロン物語』とかいう本についてだそうですが⋯⋯」
「ああ、あれか」
「王はご存じなのですか? その書物に関して」
「余とてそういった物を好む少年時代位あったわ⋯⋯しかし『ナーロン物語』か懐かしいな、そうか森の魔女殿は
「父上、いえ王よ何故そうお考えになられたのですか?」
アレクには話が全く見えてこない。
「あの本には綺麗ごとしか書かれておらんからな、フィリスが気に入っておるのもその辺りが原因だ、そのフィリスと馬が合ったという事はアリシア殿もまた綺麗事を好んでおるという事だ」
「そうなのですか王よ?」
「アレク、一度『ナーロン物語』を読んでおけ、城の図書室にもあるだろう、アリシア殿を理解する一助になるかもしれんぞ」
「わかりました⋯⋯後で読んでおきます」
「つまりは目的は全て達成出来たという事だな、ルックナーよ、良くやった」
「そんな私の力ではなく姫様の⋯⋯」
「二人の対話の時間を護り続けてくれたのであろう、十分な功績だ、今日はゆっくり休め、報告書は後日で構わん」
ルックナーは深く王に礼をし謁見の間を後にする、こうして竜討伐の報告は終わった。
それから二時間ほどたった頃ラバンはアレクを執務室へと呼び出した、なおフィリスはまだ眠っていた。
「父上、取り合えず五冊ほど読んで見ましたが⋯⋯」
「感想は?」
「その⋯⋯綺麗事と様式美で似たような話ばかりで⋯⋯フィリスが好きそうだな、と」
「それを森の魔女殿は自分の弟子に読ませたのだ、教育⋯⋯いや洗脳だなこれはもはや」
「洗脳⋯⋯ですか?」
「よほど自分の弟子が、不幸になるのが受け入れられなかったのだろうな⋯⋯アレクよアリシア殿は子供なのだ、夢見がちな少女と言っていいだろう」
「子供? 夢見がち?」
アレクはこれまでアリシアに感じなかった人物評価に戸惑う。
「世の少女は皆城の舞踏会で踊る自分を想像し、そしてそれを叶えてくれる魔女が自分の前に現れる日を夢見るものだ、しかしアリシア殿は自分自身がその魔女になるのを夢見ている、と言った所かな?」
「しかし銀の魔女様は報酬の無い仕事はしないと言っていましたが、矛盾していませんか?」
「優れた魔女ほど、善意で行動してはならないとよく言っておられた、そんな森の魔女殿の教えに忠実に従っているだけで、アリシア殿自身の考えでは無いのだろう」
「どういう事です?」
「最初の一つか二つ位の善意は気分がいいが、それが十も二十も続くと人間が嫌いになるそうだ。経験を積み、良いところも悪いところも分けて考えられる、そうした確固とした自己を持ちえた頃ならばそれほど問題にならんが、そうなる前に人間が嫌いになった魔女はもう駄目だ、森の魔女殿は弟子をそんな風にはしたくなかったんだろうな」
「では父上、我々がすべきことは銀の魔女様の前に、悪意を寄せ付けない事なのでしょうか?」
「いや少し違う、人間に悪意がある事くらいはアリシア殿とて既に理解はしているはず、だから我々がすべき事は悪意を隠す事ではない、それに立ち向かい許さない姿勢を見せ続けるのだ、これまで通りにな」
「近道は無い⋯⋯という事ですね」
「とはいえフィリスと仲良くなったのであればそう心配もいらんだろう、あれは正義漢の塊みたいなものだからな」
「そうですね」
ラバンとアレクは一先ずアリシアと打ち解けたフィリスを信頼する。
「しかしこれで間に合ったな」
「間に合った? 何の事です?」
ラバンは机の引き出しから、一枚の親書を取り出す。
「ウィンザード帝国のアナスタシア皇帝からだ、まあ要約すると森の魔女殿の死とその弟子の存在はバレている、今年の世界会議にはぜひ一緒に来て欲しいとの事だ」
「情報が洩れている?」
今の所、森の魔女の死やアリシアの存在は一部の者以外には伏せられているが、知っている者の数はそれなりに居る。
「あちらの諜報部は優秀だからな」
「皇帝直属諜報部隊『シャドゥ』でしたね」
見たいと言うなら連れて行こうではないか、今年の世界会議にな、そう返事を帝国と共和国の方へも出しておく」
「アクエリア共和国にもですか?」
「森の魔女殿は国葬になる、速めに知っておいて貰った方が、向こうも助かるだろう」
「⋯⋯そうですね」
「アレクよ次にアリシア殿が来た時、世界会議に出席する旨を、伝えておいてくれ」
「わかりました」
それから十日後のアクエリア共和国の西の都ローシャ、そこにある聖グリムニール大聖堂に一人の少女が呼び出された。
「よく来たな聖女ミルファよ」
「はい、教皇様の勅命に従いこのミルファ参上いたしました」
「先日エルフィード王国の国王より親書が届いた、此度の世界会議に森の魔女様の弟子を連れて行くとな」
「森の魔女様の、お弟子⋯⋯様?」
「そこでお前と引き合わせる、その後お前は森の魔女様の弟子の、銀の魔女様に仕えるのだ、よいな」
「はい、仰せの通りに」
「出発は二週間後、それまでに準備と引継ぎを済ませておくように、下がってよい」
その後、教皇の間を後にしたミルファはうつむきながら歩き続け先ほどの事、これからの事を考える。
「私が魔女様に仕える⋯⋯魔女、私なんかとは比べ物にならない力を持つ方、それに私が仕える」
そしてミルファの口元が少し緩む。
「主よ、これが主のお導きなんですね、私が進むべき道なんですね、ありがとうございます主よ」
危うさを感じさせる笑みを浮かべながら
その姿を誰も見てはいなかった。
その同時刻ウィンザード帝国の宮殿にて、女皇帝アナスタシア・ウィンザードは娘のルミナス・ウィンザードを呼び出していた。
「さっきエルフィード王国のラバン王から手紙が来たわ⋯⋯」
「手紙? この時期ですと世界会議がらみですか、母よ」
「ええそうよ、ようやく森の魔女の死を認めたわ、そして来月の世界会議にその弟子を連れて来る⋯⋯ですって」
「そうですか、森の魔女の⋯⋯弟子が来るのですか」
ルミナスは手を握り締めながら、強く宣言する。
「だったらそのお弟子さんに教えて差し上げなくてはなりませんね! もう魔女の時代は終わったのだと、お前などもう必要ないという事を、このルミナス・ウィンザードが!」
高らかに宣言し笑い続けるルミナスを心配そうに見つめるアナスタシアは、後でしっかりと言い聞かせておかねばと決意する。
世界が
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