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神府町は、神落市の東隣に位置する人口三万人程の比較的大きな町だ。
かつては山沿いにある小さな村々のひとつに過ぎなかったのだが、ある一人の神府町出身県議員による働きかけのおかげで、観光客向けのショッピングモールや県の総合運動公園などが次々と誘致された結果、近年、急速に発展を遂げた地域であった。
小学校は全部で六校あり、そのうちの神府第二小学校の裏山が、恐らく例の事件現場だろうというのが、遊間の見立てだった。
ラジオを流しながら、しばらく車を走らせていると、神落市と神府町の境界を示す看板が見えてきた。
看板を超えると、しばらくは木々と田畑の景色が続く。そこからさらに走り続けると、例の県議により誘致されたショッピングモールが姿を表し、その周辺に住宅街が見え始める。
住宅街に沿って道なりに走っていくと、長くて傾斜の急な坂道が目の前に現れる。その坂道を上った先に神府第二小学校は立地していた。
車をとめられる場所を探していると、小学校のすぐ脇に、ちょうどよい空きスペースを見つけた。
長居するつもりはなかったので、車をそこに駐車すると、私は小学校へと向かった。
夏休み期間だからだろうか。校門は固く施錠されており、校内に子供の姿は見えなかった。
私は小学校の壁伝いに歩き、裏山へと続く道を探した。
裏山の方へ近づいていくと、前方に金網フェンスが立ちはだかっているのが見えた。
フェンスの前方には「立ち入り禁止」と書かれた看板が一定間隔で立ち並んでいる。
フェンスは高く、上の方には有刺鉄線が巻き付けられている。
ここから入るのは難しそうだ、と別の道を探し始めたちょうどその時、数歩進んだ先のフェンスに取っ手がついていることに気付いた。
その部分だけ扉になっている。
扉には南京錠がぶら下がっていたが、幸い、鍵はかかっておらず、私でも簡単にフェンスの先へ入ることができた。
幸先の良いスタートだ。
幸先が良すぎて、まるでその裏山が私を招き寄せているのではないかとすら錯覚する。
フェンスを越え、裏山へ一歩足を踏み入れると、急に周囲の空気が変わったように感じた。
夏の盛りだというのに、鳥肌が立つほど冷えた空気に、生き物の気配すら感じさせない、凍り付くような静寂。
この山に因縁を持たぬ者が誤って立ちいれば、たちまち、その魂は山に喰われてしまう。
そういう、おどろおどろしい雰囲気が、この山には立ち込めていた。
言うなれば、そこは、人ならざる者たちが支配する、超常の領域。
しかし、そのような世界に、私はどこか懐かしさを感じていた。
しばらく道なりに進むと、だんだんと見覚えのある景色が広がっていく。
それは、あの夢のなかでいつも見ていた景色。
進めば進むほどに、あのときの記憶が、あのときの感情が次々と蘇っていく。
そして、それらは、私の記憶や感情と混ざり合っていき、少しずつ今の私を浸食していく。
それは、言い換えるならば、今の私の消失であり……これ以上、先に進んではいけないと、私の理性が激しく警鐘を鳴らしていた。
しかし、歩みは止まらない。私には止めることができない。
私でない私が、その先へ進むことを猛烈に望んでいるからだ。
歩き続けながら、私は、私が私でなくなっていくのを感じていた。
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