第203話 矢口京太郎の懺悔と告白

俺は、上月を屋上前の階段に連れ出した。


「上月、職員室の話し合いはどうなった?うまく行きそうだったか?」


「え、ええ…。元文芸部の鈴城さんの証言もあって、千堂さんと左門くんもようやく観念して不正を認めたわ。


校長先生達は、前回のコンクールの千堂さんの佳作受賞は取り消しになるだろうって言ってたわ。


千堂さん、左門くんは部長、副部長の座を下りる事になったわ。

文芸部自体も、彼女達のやってた事を黙認していた責任があるから、今回のコンクールについては、千堂のみならず、文芸部は参加見送りという事になってしまったの…。」


上月は気まずそうにそう言い、小説対決で、千堂先輩について行けないと言って票を入れなかった文芸部員の人達を思い浮かべて、俺も複雑な気持ちになった。


「そ、そうか…。文芸部の全員が千堂先輩達のやり方に賛成していた訳ではないだろうから、少し気の毒な気がするけど、これを機会に部自体が変わるきっかけにはなるんじゃないか?」


「ええ。今度部長になる予定の子は、これをからは、文芸部の今までの悪しき慣習を一掃して、自由な作品作りをできるような環境にしたいと意気込んでいたわ。

もちろん、読書同好会は氷川さんの件も含めてお咎めなし、『翼族の兄弟』も、さっき教頭先生が送付しに行って下さったわ。」


「それは本当によかったよ…。」


俺は一連の騒動が終結した事にホッと息をついた。


「氷川さんって、…強かったのね?」

「…!」


何とも言えない顔で俺を顔を窺う上月に、俺はこれ以上は隠しておけないと思い、ため息混じりに頷いた。


「ああ…。芽衣子ちゃんは、昔キックボクシングを習っていて…。でも、無闇に人に暴力を振るう子ではなくて…!」


俺が芽衣子ちゃんを庇おうとすると、上月は複雑そうな表情で頷いた。


「分かってるわ。矢口の作品を守るためよね?私、暴力は苦手だけど、彼女の行動を自分の中でどう位置付けていいか、まだ気持ちの整理がつかないの。

矢口がシナリオ作りと称してダミー原稿を書いていた事を彼女に知らせなかった事を申し訳ないと思う気持ちもあるし…。」


「それは、俺がそうして欲しいと言ったんだし、別に上月が気に病むことじゃ…。」


申し訳なさそうな上月に、俺がそう言いかけると、彼女は首を振った。


「いいえ…!私、小説対決までの間、矢口と二人だけの秘密を持って同じ目的に向かって何かに取り組んでいる事が嬉しくて、敢えて本気で反対しなかったの。」


「上月…?」


頬を染めてそんな事を言ってくる上月に、俺は戸惑っていると、彼女は辛そうに顔を歪めた。


「でも、そんな風に思っていたのは私だけだった。

矢口、あのダミー小説、本気で書いてた?」


「ああ…。千堂がどう仕掛けてくるか分からなかったからな。

最悪、上月が小説対決に出られない状況になって、原稿だけで勝負する事になったとしても、向こうが付け焼き刃で用意してくるような小説には勝てるようにしようと思っていた。」


こっちは、1年近くも前から上月の『翼族の兄弟』に魅せられ、制作に関わって来たんだ。

千堂が作品の表面だけなぞって一週間であげてくるようなものには負けないという自負があった。


「そう…よね。私の方はダミー原稿と内容が被ってないか、チェックする必要があったから、矢口の書いた小説の内容を逐次教えてもらっていたけど、正直、私の方が負けるかもしれないと不安になるぐらいの出来だったものね…。」


腕を組んで難しい顔でそう言う上月に、俺は苦笑いをした。


「いや、それは買いかぶり過ぎだけどな?

小説対決の時の皆の反応みて分かったろ?

上月の才能の前には俺なんか適うべくもないって。」


「そんな事…!私の小説の続きという形だったからああいう結果だけど…、オリジナル同士の対決だったら、結果は分からな…」

「いや。同じだよ。」


上月の発言に被せる様に言い、俺は首を振った。


「上月がいうとおり、俺も小説を書いていた時期があったんだよ。でも、ある時、才能がないと自分で悟って書くのを辞めてしまった…。」


「そ、それって…。」


上月がゴクリと喉を鳴らした。


「私が、矢口に『翼族の兄弟』を初めて読んでもらった時…だったりする…?」


「…!!」


上月に縋るような瞳で見られ、否定しようとしたが、一瞬の躊躇いを彼女は見逃さなかった。


「そう…なんだ…。それなのに、私、矢口に小説書いた方がいいって何度も勧めてたんだ…。ごめんっ。私、すっごい…無神経だったねっ…。」


俯いた上月が閉じた目から涙の雫を落としているのを見て、俺は慌てて否定した。


「上月のせいじゃないっ!!俺の中で勝手にいじけて諦めただけなんだ。どの道いつかどっかで挫折していたよ。」


「でもっ。私矢口にしてもらうばっかりで、傷付けるばっかりで、何も矢口の為にしてあげられないっ!!心苦しくてっ…。」


「上月っ。そんな事ないって。」


「ううっ…。」


声をかけたが、彩梅は、顔を覆って本格的に泣き始めた。


俺は迷った末…。


!!」

「!!」


名前を呼ぶと、彩梅が驚いた表情で顔をあげた。


「それなら、俺、彩梅にしてもらいたい事がある。

今だけ、最後に別れたあの時に戻ったつもりで話ができないか?」


俺の言葉に彩梅は、涙をポロポロ零して何度も頷いた。


「うんっ…。うんっ…。京太郎…。嬉しい。私も、ずっとあの時に戻って、謝れたらってずっと思ってたの。」


頬を真っ赤にして素直な笑顔を浮かべる彼女は、確かに付き合っていた時のあの時の彩梅と同じ表情をしていた。


「京太郎…!私の作品を守ってくれてありがとう。ごめん。私…、自分の事ばかりで、京太郎の気持ち全然分かってなかった。


京太郎が小説を書かなくなかったのは、他の嘘コク女子にフラレたせいだと思っていた。


つまらない嫉妬で、京太郎に一番言っていけない言葉を投げつけて傷付けてしまって本当にごめんなさい…。」


涙ながらに謝ってくる彩梅に、俺は首を振った。


「いや、俺の方が悪かったんだよ。

正直に言うけど、俺が打ちのめされるぐらい面白いと思った作品を投げ出して欲しくなくて、彩梅と付き合う事にしたんだ。」


「…!!フラレそうになったとき、『こんな状態で小説なんかかけるわけない』って私が言ったから?」


「ああ…。最低だったと思う。本当にごめん。」


彩梅はパチパチと目を瞬かせていたが、やがて辛そうに俯向いた。


「そっか…。京太郎にとってはあの言葉は脅迫みたいなものだったよね。ごめん…。」


「いや。妙に意地を張らないで、あの時に全部自分の気持ちを素直に彩梅に伝えればよかったんだよ。

その才能に嫉妬してる自分を気付かれたくなくて、彩梅の不安な気持ちを汲み取ってやれる余裕がなかった。

彩梅を傷付けてしまって本当にごめん…。」


深々と彩梅に頭を下げると、彼女は笑って俺の肩を叩いた。


「頭を上げて?京太郎。あの時はお互いに余裕がなくて、ちゃんと相手の姿か見えてなかったんだよ。

今、向き合ってくれてるんだから、もういいよ。」


「彩梅…。」


彩梅は、頬を染めてこちらを真剣な顔で見上げて来た。


「きょ、京太郎…。最初からやり直せないかな?私は今でもあなたが好き。京太郎が私を受け入れてくれるなら、今度こそ、京太郎の事を大事にするって約束する。

だめ…かな…?」


「彩梅…!!」


俺は驚いて彼女の顔をしばらく見ていたが、泣きたい気持ちで顔を歪めた。


「彩梅…。ありがとう…!そんな風に思ってくれるの、本当に嬉しいよ。

別れた時からずっと彩梅の泣き顔が頭から離れなくて、彩梅の事、ずっと元気にしているか気になっていた。困った事があるなら力になってやりたいと思ってた。」


「京太郎…!」


一瞬顔を輝かせる彼女を見て、俺は胸が痛みながらも首を振る。


「けど、もうダメなんだ…!

いつの間にか、俺の中には、どんなに振り払おうとしても打ち消しそうとしても、消えないたった一人の女の子が住み着くようになってしまった。」


「…!」


「彼女が幸せそうに笑ってくれたり、ポンコツな言動で俺を振り回したり、いつも隣にいてくれる事で、俺は今の俺でいられるんだって。


いや、今までも、会えない間もずっとそうだったんだって、そう気付いたんだ…。」


「それは…、氷川さんの事?」


彩梅は悲しそうな目で聞いてきた。


「ああ…。」


「でも、彼女は、嘘コク上の付き合いって言ってなかった?そんな風な付き合い方をする人で京太郎はいいの?」


心配そうに眉根を寄せる彩梅に、俺は頭を振った。


「それは違う!俺が彼女の告白を嘘コクにしてしまったんだよ。彼女はずっと俺を待っててくれたんだ…。」


「どういう事??」


「小4の頃、俺は1つ下の女の子といつも一緒だった。その子が引っ越して別れるまでの一年足らずの期間。俺は毎日がとても幸せで、その子と過ごしている時間がかけがえのないものに感じられた。」


「…!!」


「その子との思い出は一生大事に胸に抱えているつもりだった。


でも、俺は彼女に出会って、初めてその幼なじみの女の子との思い出を過去のものとして、振り切らなければいけないと思った。


けど…。


彼女は、幼なじみの子と同一人物だったんだ…。」


「…………。」


自分でも脈絡なく、意味不明な話を感情のままに話してしまったが…。


それを聞いて、しばらく無言だった彩梅は、

フーッとため息をついて、泣き笑いのような笑顔になった。


「バカね…。あなたは、その幼なじみの女の子の事がずっと好きだったのよ。


あなたが今まで女の子とうまくいかなかったのは、嘘コクのせいじゃなくて、

その幼なじみの女の子の事が忘れられなかったからじゃないの?」


「そう…なのかもしれない…。」


「私、氷川さんの事、誤解してたみたいね…。あの子は、ずっと、幼馴染みのあなたの事を守りたかったのね。

他の誰よりも、ずっと長く、強くあなたを想い続けていた彼女になら、負けてもしょうがないって思える。


ようやく、私もこれで吹っ切れそうだわ。」


「彩梅…。」


「最後に聞くけど、私と付き合ってた二日間の内、一度でも私の事を女の子として可愛いとか好きとか思った事あった?」


「…!」


寂しそうな笑顔で聞いてくる彩梅に、俺は少し返事を躊躇った。でも、例え間違っていたとしても、正直に言う事にした。


「あったよ。彩梅の素直で真っ直ぐなところ、ちゃんと女の子として可愛いと思ってた。」


「ふふっ。そっか、よかった!私、あの時、ちゃんと幸せだったんだ…。」


彩梅は、そう言うと涙を流しながらも、幸せそうに微笑んだ。


「京太郎。ありがとう。」

「彩梅。ありがとう。」


差し出された手を握って、俺は上月彩梅と笑顔で







*あとがき*


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m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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