第226話

 修学旅行六日目。

 戒厳令の敷かれた街では流石に遊びようが無く、修学旅行に来ていた魔術学院生たちは、ある生徒が主催したクラス対抗ポーカー大会で暇を潰していた。


 予めクラス内で代表者を決める選抜テーブルを行ったのだが、なんと、フィリップも代表者に選ばれている。

 他クラスも含めた殆どの代表者が表情の読み合いやカードゲームに慣れている貴族であることを考えると、中々に珍しい。


 Aクラス代表には化け物がいる。


 超高精度かつ高速の確率計算と、完璧な表情制御、そして深い洞察力を併せ持ったステラ。

 そのステラと並ぶ能力を持つが、今一歩勝ち切れないことのあるルキア。


 そしてルキアの敗因、ポーカーフェイスには程遠く、他人の気が散るレベルで顔に出るフィリップ。またの名を運だけのカス。

 ジョーカー入りなら三回に一回はジョーカーを引くし、そもそもエースを引きまくるのでキッカー勝負にめっぽう強い。あと、やたらフラッシュを出す。


 どう考えても降りるべき手札で、「ブラフ張ったら降りてくれないかなぁ」と明記された顔で、ステラ相手に勝負を仕掛けて、リバーでフラッシュを揃えて勝つ場面も何度かあった。

 ステラは苦笑していたが、周りからは「クソラック」「なんかやってるだろ」「ディーラー変えろ」と言われたい放題だった。勿論、聞こえよがしにではなく、仲間内でひっそりとだったが。


 凶悪犯罪者の出現報告を受けての戒厳令も、そこいらの地方領主軍なんぞよりは余程強力な武力集団である魔術学院生たちには、恐怖の対象ではない。

 宿屋近くのレストランを貸し切って──流石に貴族が集まると羽振りが良い──、そこそこの額の賞金まで用意されたレクリエーションは大盛り上がりを見せ、Aクラスの勝利で終わった。


 夕刻ごろに決着した後、フィリップは部屋で一人、自分に割り振られた分の賞金をじっと眺めていた。

 テーブルの上にちんまりと乗った、片手ではギリギリ収まらない程度の金貨の山。フィリップが丁稚を続けていても、たぶん一年では稼げなかっただろう額だ。


 「……よし、カジノに行こう」


 どうやら僕にはポーカーの才能があるらしい。

 運だけのカス、もといフィリップは、そう自惚れていた。


 まぁ、この先何年あるかも分からない人生における不運を、王都に上ってきたその日に使い切ったといっても過言ではない。今更カードゲームに幸運が割り振られたところで、収支はマイナスなのだが。


 しかし、手持ちがあると欲が出るのもまた人間というもので、これは人類が農耕を始めた二万年以上前に身に付いた本能的習性だ。抗おうともしていないフィリップは、金貨の小山を巾着袋に入れ、ふらふらと宿を出た。その少し後ろを、実体化したシルヴァがぽてぽてと付いてくる。

 

 「……ふぃりっぷ、おかねない?」

 「いや、別に困るほど貧乏ってわけじゃないよ。学院が衣食住を保証してくれるうちは、丁稚時代の給料に手を付けなくていいからね。ただ、さ……蛇腹剣が欲しいんだよね」


 蛇腹剣はマリー曰く、一振りでフルプレートメイルが三着は買える、超のつく高級品らしい。

 ただでさえ無償で技術指導をしてもらって、その上ウルミまで貰ったのだ。蛇腹剣を教えてくれるというのなら、せめて自分の武器くらいは自分で買い揃えたい。


 「じゃばらけん? ……よわそう」

 「……まぁ、斬撃が対森林級攻撃になるようなのは、たぶんレイアール卿ぐらいだしね」


 ぽつりと呟いたシルヴァに、フィリップは苦笑と共に応じる。

 実際、剣術なんて本質的には人間が鉄棒を振り回しているだけで、相手が旧支配者中位以上になると「絶対に」と頭に付けてもいいレベルで通用しないだろうが。


 だが、それはそれとして。


 「でもカッコいいんだよ? 蛇腹剣。ウルミの上位互換みたいな感じで」

 「ふーん……あ、るきあとすてら」

 「うわ、興味無さそう。……お、ホントだ」


 通りの向こうからやってくるルキアとステラに、まずシルヴァが、続いてフィリップも手を振る。

 一応、戒厳令下──ほぼ外出禁止状態にあるはずなのだが、二人とも道のど真ん中を堂々と歩いている。まぁ誰に見咎められたところで、「犯罪者が居るから危ないですよ」なんて言われるはずが無いのだが。なんせ、人類最強の二人だ。


 「どこか行くの? これからフィリップの部屋に遊びに行こうと思っていたのだけれど」

 「そうなんですか? じゃあそうしましょう。暇だし、元手も出来たので、カジノにでも行こうかと思ってたんですけど」


 フィリップがそう言うと、ルキアは苦笑を、ステラは実力を勘違いした運だけのカスに向けるに相応しい正気を疑うような目を向けた。


 流石に、カジノのディーラーは本職だ。

 学生が手遊びにシャッフルしただけのデッキとは、カードの混ざり方のランダム性が格別だろう。三回連続でエースを引いたり、やたらとフラッシュを出すような半端な切り方はしないはずだ。


 そうなると、表情筋の鍛え方も、観察眼も、何より勝負所さえ理解していないフィリップは良いカモでしかない。

 ボコボコにされて手持ちをゼロにして帰ってくるだけならまだしも、借金を背負われると面倒だ。


 ステラはそう考え、フィリップが出て来た宿を示す。


 「カーター、トランプは持ってたよな?」

 「はい、ありますよ。王都製のよく切れるやつ」

 「ふふっ。カードスローイングの練習は止めたの?」

 「ルキアの魔力障壁じゃなくても抜けないってことに気付いたんですよ……」


 ポーカーにも飽きたフィリップが片手間に練習していた、ヘタクソなカード投げを揶揄われて、フィリップも思わず苦笑する。

 首を狙えば……とか思っていたのだが、どう考えても魔術の方が弾速で勝るし、ウルミの方が破壊力がある。余興ぐらいにしか使えないだろう。


 「どうします? 二人も一緒にカジノに行きますか? それとも、何か別のことします?」


 宿の前で言うと妙にいかがわしさのある台詞だが、誰もそこには気付かず、ステラが宿を示していた親指を自分に向ける。


 「ポーカーのセオリーを教えてやる。カジノにはその後で行け」

 「……ついでに、ポーカーフェイスの練習もしましょうか」


 やったぁ、などと喜んでいるフィリップに、ステラは「ん?」と訝るように首を傾げた。

 そして一瞬の思索の後、フィリップの部屋を訪れた本来の理由を思い出す。


 「いや、待て、その前に本題だ。昨日の夜のこと、いまどういう状況なのか、詳しく聞かせて貰うぞ」

 「……あれ? 言ってませんでしたっけ? もう全部解決しましたって」

 「それは聞いたが……流石に端的すぎる。それが開示できる限界だというのなら、私もこれ以上は求めないが……」


 困ったような顔のステラに、フィリップも同質の感情を表出させる。

 確かに、何も知らないというのはそれだけで不安になる。それは分かるが、何があったのかを詳らかに語ることはできないし、叶うなら何も知らずにいて欲しい。


 だが──それは、フィリップのエゴだろう。

 初めから何も教えないのは不誠実で、せめて「何は教えても良くて、何は駄目なのか」を考えて選別するくらいの手間と労力は費やすべきだ。


 それがルキアとステラに対する、最低限の誠意のはずだ。


 「……嘘とぼかしと誤魔化しだらけの説明になっちゃいますけど、それでも良ければ」

 「私たちのための嘘でしょう? それを責めたりしないし、疑ったりもしないわ」

 

 ルキアの言葉に励まされると同時に、仄かな罪悪感も抱いたフィリップは、こくこくと浅く何度も頷いて、宿の入り口に手を差し伸べる。


 「……ありがとうございます。終わったら、ポーカー教えて下さいね」

 「……えぇ、勿論」

 「あぁ、約束だ」


 ルキアとステラは、フィリップの背中に手を添えて、一緒に宿に入る。

 誰かに見られていたら多少問題になったかもしれないが、戒厳令下の街に、その光景を見る者はいなかった。


 ──そしてステラに戦術を、ルキアに表情の制御を教わったフィリップは、その夜にカジノに繰り出した。



 ◇



 翌日、修学旅行最終日。

 今日が、教皇領で遊ぶ最後の日だ。明日の朝にはここを出て、王国への復路、30日近い馬車の旅が始まる。


 フィリップたちは寝起き故か、或いは昨日半日をほぼ軟禁状態で過ごした故か、妙に覇気のない顔で朝食を摂っていた。昨日の鬱憤を晴らすように、人の量と喧騒の音量をひときわ大きくしている窓の外とは大違いである。


 「ふぁ……」


 食事中だというのに大口を開けて欠伸を溢したフィリップが、ルキアの物言いたげな顔を見て、もにょもにょと口を動かす。


 「寝不足か?」

 「んふふふ……見てくださいコレ」


 フィリップは財布を開け、黒いコインを取り出す。

 いや、それはコインのように見えるが、かなり安い金属が使われている。どの国の硬貨でもないし、物的価値はそう高くないだろう。


 ルキアもステラも見覚えの無いそれは、フィリップの戦利品だ。

 昨日半日、ルキアとステラに教わった表情読解と確率論、そして自前の運を使って、カジノで爆勝ちした証である。


 その換金額、脅威のゼロ。

 漆黒のチップは出禁の証。


 お客様が最強ですこれ以上はやめてください破産してしまいます二度と来るんじゃねぇぞバーカ。そんな感じの文言が彫られた、勲章だった。


 「これが渡された時点で所持チップを全額換金して、出禁になっちゃう最強の証です」


 これを聖痕と名付けましょうとか失礼なことを言っていたフィリップは、聖痕者二人の苦笑に気付いていない。

 フィリップにしてみれば、唯一神の認める、人類の集合無意識が認める最強の証なんて、卑金属のコイン一枚くらいの価値しかないのかもしれないが。


 「で、最終換金額は幾らだったんだ? というか、なんで出禁になった? 勝ちすぎたのか?」

 「概ねそんな感じです。僕の隣に座った人が、二人と同じ聖痕者だったんですけど──」

 「──ん?」

 「えっ……?」

 

 驚きと困惑を見せる二人に、フィリップは「僕もびっくりしましたよ」と軽く応じて、そのまま先を続ける。


 「その人も僕と同じくらいのチップ量で、その人がそのテーブルの平均ぐらいだったので、最終的には……元手の三倍ぐらいですね。二人分吸い上げて飛ばした負かしたので」

 「聖痕者って、帝国のノアでしょう? すごいじゃない」

 「出禁になって良かったかもしれないな。あいつは意外と負けず嫌いだから、夜通し付き合わされる可能性もあったぞ」


 ルキアとステラはそう言って笑うが、フィリップが料理に目を落した隙に、顔を突き合わせてひそひそと言葉を交わす。


 「あの付け焼刃レベルの技術でアルシェに勝ったのか? どんな豪運だ? 借金だけはしないようにと送り出したから、大勝ちして帰ってきただけでも驚きだが」

 「フィリップが何かの拍子に私たちの名前を出して動揺を……いえ、それだと出禁にはならないでしょうし、本当に運だけで勝ったのかも」

 「そんなバカな……いや、でも可能性はあるか……? カーターはもうフラッシュが当たり前になってきて「またか」とか「まぁこんなものか」みたいな顔になるからな……表情が読み切れない」


 ちなみに正解だ。


 帝国の水属性聖痕者ノア・アルシェは、その極めて高い戦闘能力に紐づいた観察力と分析力を遺憾なく発揮し、フィリップのくせを見抜いた。

 フィリップは──かなり強いハンドでも、とても有利なフロップでも、「まぁ、いいんじゃない?」ぐらいの反応をする。むしろ弱いハンドの方が「お、殿下に習った“弱い手”だ」と、むしろラッキーみたいな反応をする。


 これを、実際とは逆の表情をすることでハンドを隠しているのだと見たノアは、「うわっ!?」と思わず声を上げたフィリップを見て、とても弱いハンドが来たのだと推察した。フロップにスペードの10とQがある時点で、警戒できていれば、と、彼女は後にそう語る。

 バカスカとフラッシュを出し、時折ストレートフラッシュやフォーオブアカインドまで出していたフィリップに一矢報いるチャンスと、ターンで大賭けしたフィリップにコール。


 結果、スペードのAとKを握っていたフィリップは、リバーでスペードのJを引いた。

 スペードのロイヤルストレートフラッシュ。ギャラリーは馬鹿の考えた展開だと爆笑し、ディーラーとフィリップはイカサマを疑われ別室に連行され、ノアは運だけのカスがと絶叫した。


 お祭り騒ぎになったホールの裏側で、フィリップは取り調べを受けることになった。

 勿論イカサマもディーラーとグルだという証拠も見つからなかったものの、流石に不自然だと言われ。斯くして、フィリップは出禁になった。


 フィリップが顔を上げる数瞬前に、二人はすっと姿勢を正して、これぞポーカーフェイスと言うべき内心の読めない微笑を浮かべる。


 「ルーレットでもやれば、無限に稼げるんじゃないか? ポーカーと違ってミスが無いからな」

 「その代わり、ある程度腕の立つディーラーは狙ったところに球を落とせるけれどね。マルグリットにも出来た筈よ」

 「流石。あの人なんでも出来ますよね。一昨日もお世話になりましたし」

 「基本的に器用なのよ」


 三人はぼちぼちと朝食を食べ終え、食後の紅茶に手を付ける。

 間延びして安穏とした、しかし全く苦痛ではない静かで平和な沈黙があった。


 ややあって、ティーカップを置いたフィリップが机上に置いていた修学旅行のしおりをぱらぱらとめくる。


 「今日は自由行動ですね。どうしますか?」

 「昨日みたいに、部屋で過ごしてもいいけれど……折角だから、何かお祭りを見に行きましょうか」

 「いいんじゃないか。何か面白そうなのはあるか、カーター?」

 

 水を向けられたフィリップはしばし紙面を眺めて、一つのページを二人に向ける。


 「これとかどうですか? “火跳び祭り”! 殿下がいれば無敵ですよ!」

 「……いや、祭りの趣旨が違うんじゃないか……?」

 






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