第13話 悪役令嬢フェイト・アシュフォード

 クラスメイトの視線がわたくしに集まっているようだが、それどころではない。

 すぐに机に顔をふせた。


 ありえません。

 ブラッド殿下になぜ、ヴァイオレット様直伝の悪役令嬢のふりが通じなかったのか、仮説を立てる。


 1.本人が気にしている痛い部分をついてなかった。そうしないとただの道化だと思われてしまう。

 2.嫌われる為の土壌が育っていなかった。いままで品行方正に生きてきたからこそ、冗談を言ったと思われ、嫌われるというより驚かれる。

 3.悪役令嬢レベルが低すぎる。本を読んだだけでいきなり悪役令嬢になれるのは間違い。そうしたら、出会う人すべてが悪役令嬢だ。日々、悪役令嬢としての矜持をもって、さらに向こうへ! 研鑽を積まなくては。



 相手がブラッド殿下ということもあり、臆してしまった。

 次こそはもっと完成された悪役令嬢の演技で、必ずブラッド殿下から嫌われてみせます。

 やがてわたくしの一挙手一投足が、悪役令嬢として恐れられることになるでしょう。



「ごきげんよう、フェイトさん」

「ごきげんよう、ゾーイさん」


 しまった。いつもどおり笑顔で返答をしてしまった。クセというのは一朝一夕にはなおせませんね。


「フェイト、今日はブラッド殿下を皆の前で罵倒したんだってな。いったいなにがあったんだ」


 イザベラが迫力のある顔を近づけてくる。


 ちょうど良い練習相手がやってきました。


「あら、朝から根暗なイザベラが近寄ってくると、わたくしの気分まで暗くなってしまいますわ。黒闇の魔女の娘なら、夜に登校なさっては? そうすればわたくしたち、一度も顔を合わせずにすみますわ」

 

 イザベラは、魚のように口をぱくぱくさせている。

 クラス中がざわつく。わたくしがイザベラに返答するのさえ珍しいから。


「フェイトが、私に、嫌み……を?」

 イザベラが困惑している。


「あらあらー。アシュフォードさん。ブラッド様に婚約を申しこまれ、婚約破棄までされたそうじゃないですかー。調子づいてイザベラさんにも言い返せるようになったのですね」


 ミラーがニタニタして近づいてくる。思わず笑ってしまいます。隣には絶対にセットでウィレムスさんがいらっしゃるのですもの。


「アシュフォードさん。そういえば、貴方にいじめられた件、謝罪してもらっていませんね。いま、謝ってくださいます? あと、カバンと教科書を弁償してください」

 ウィレムスはミラーの後ろに隠れて、ぼそぼそと言った。


 いいですね。悪役令嬢たるもの、真の悪役から学ぶことは多い。しばらく様子をうかがうことにしましょう。

 

 クラスはざわついているが、皆は見て見ぬ振り。男子は女子のケンカには立ち入れないですし、女子にとってイザベラ、ミラー、イネスはとても怖いですからね。



「フェイト、おまえ、そういう風に思っていたのか。ほ、ほかにはないか。私に思っていること」

 嫌みを言ったのに、なぜか嬉しそうに絡んでくるイザベラはやはり不気味だ。



「アシュフォードさん。黙っているってことは事実を認めたってことですかー? いじめをするなんて、ほんとうに公爵令嬢として地に落ちてますね。学校をお辞めになって、そのお顔を見せないでくださいますかー。みなさんもアシュフォードさんに会いたくないって言ってますよー」


 心から嬉しそうなミラー。いじめの件はアシュフォード家の名誉の為に、否定するべきですが、恐らく皆様わかってくださるのではないかと。わたくし、いじめなんかやってませんからね。


 しかしなっていませんね。私の痛い部分もつけず、的外れな批判ばかり。ヴァイオレット様の悪役令嬢ぶりには遠く及びません。



 わたくしは笑いをこらえる為に、震えていた。


「フェイト、いま、泣くのか? なぜ泣く? フェイト、答えろ! また無視するのか!!!」

 イザベラがわたくしの肩をゆする。

 

 ――さて、言い返すとしますか。



「いい加減にしてください。みなさんで、よってたかって。フェイトさんは、いじめなんてやってま、せん。嫌がらせ、してるのは、ミラーさん、ウィレムスさん、です。イザベラ、さん。フェイトさんから離れて!」


 イザベラはゾーイに気圧され、後ろに下がる。また、ゾーイさんに助けられてしまいました。ありがとう。こんなわたくしの為に。


「ゾーイさん。ずいぶんな言い草ねー。嫌がらせしているのは誰だって言ったの? 私にもう一度おっしゃってくれない」

 

 ミラーがゾーイの肩を突き飛ばす。

 悲鳴を上げ、ゾーイは教卓に倒れた。


「なにをしますか!」

 わたくしの大声に、クラスの何人かが出ていった。早く先生を呼んできてください。


「ゾーイさんはアシュフォードさんと友達よね。ってことは、私と敵ってことね。あなたも今日から仲間にいれてあげる。アシュフォードさんとともに、仲良く一緒に遊びましょう」

 ミラーはゾーイの頬を叩こうと手を振り上げる。

 いけません! 


 わたくしが机から立ち上がり、ミラーにつかみかかろうとした。



 でも、間に合わない!




 ――イザベラがミラーの手首を押さえた。



 えっ?


 ミラーがいちばん驚いている。

 


「私の相手はフェイトであって、おまえでも、ゾーイでもないんだよ。めんどくさいな。フェイトにはなにやってもいいけど、ゾーイさんに手を出すなよ」

 

 イザベラ! かっこいい感じになってますけれど、それはわたくしのセリフ! あと、わたくしのことも気遣って! 同じ人間ですよ!!


「おまえですって! 失礼な。アシュフォードさんと戦う為に手を組んだとばかり思っていたんですが」

 ミラーがいつもの甲高い声ではなく、どすのきいた、低い声を出す。ウィレムスは後ろで震えている。


 わたくしは、ミラーの前に立った。


「もうそのぐらいにしておいたらどうですか。ミラーさん。強がっていても、イザベラが怖いのでしょう。わたくしが両殿下と仲良くしているのが気に入らなかったのよね。だから、イザベラがわたくしに絡んできた後にだけ、ミラーさんはわたくしに言いがかりをつけてきたわよね。さもイザベラの仲間であるかのように。典型的な弱虫だわ。見苦しい!」

 わたくしは眉をつり上げ、ミラーに近づく。彼女は後ずさりした。


「ウィレムスさん。貴方の方が心の底から気持ち悪いと思う。いつもミラーさんの腰巾着。いままで1人で出来たことはある? いつもだれかの後ろにいないとなにもできない弱虫だから、ミラーさんと一緒にいるんでしょう」

 ずんずんと、ミラーとウィレムスに近づいていく。2人は教壇に足を挫いて、倒れ込んだ。


「イザベラ! 貴方はわたくしに執着しすぎ! 貴方のこと、迷惑としか思っていない。自分の好きな時に人にちょっかいを出さないこと。話しかける時は相手に許可を求めなさい! 他の人はいいの。貴方は、聞け! わたくしはただ1人、心穏やかに残りの学校生活を送りたい。それを邪魔する害虫のような存在、それがイザベラ、貴方ですよ!」

 クラスのみんなが小さくうなずく。わたくしに同調したいけど、イザベラに見られたくないというところか。


「フェイト……」

 イザベラは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


 わたくしは肩で息をしていた。胸を上から下に触った。自然と落ちつく。


 さあ、まだ大仕事が残っています。



 つばを飲み込んだ。

 わたくしに憧憬すら抱いているような表情のゾーイに向き合った。


 ゾーイ。貴方の番です。悲しみをすこしでも、減らせるよう、わたくしは勇気を出すわ!

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