第12話【ブラッド殿下side】僕とフェイト

 僕の母は妾だった。なぜ父に見初められたか、わからない。

 


 すべては兄が持っている。魔法の才、運動、勉強。僕は髪色も中途半端な茶色だ。


 兄の母上は健康で優秀。僕のお母さんは病弱で出来が悪い。

 お母さんの口癖は、目立つな、恨むな、爪を隠せ、だった。それが王家で生きるコツなの、と言った。



 どうして、自分はこうも劣っているのか。



 フェイトと初めて会ったのは、8歳ぐらいだったか。僕は必死にアイデンティティを探していたときだ。


 その日の帝王学の授業に兄はいなかった。いつも一緒に授業を受けていたのに。休憩中に庭を見ると、兄は見知らぬ女の子と一緒にいた。


「兄さん、その人はだれ?」

 僕はその頃人見知りで、その子ではなく兄に話しかけた。


「はじめまして。フェイト・アシュフォードと申します」

 淑女が行うような、綺麗なカーテシーではなかった。

 


「はじめまして。ブラッドです。ああ……君が兄の……」

 

 フェイトは宝石のような瞳をしていた。しかも、左右で違う。髪は白く、執事の髪を思わせる。


 僕はその目が気に入った。この世のすべてを見通しているようだ。のぞき込むと、どこまでもその目に溶けていきそうだった。



 お母さんと似ている。オッド・アイではないのだが、雰囲気かな。



 ずっと瞳を覗き込んでいると、兄がフェイトをかばった。


「僕の婚約者なんだ。ブラッドには別の婚約者が用意される。フェイトは僕のだ」


 フェイトと兄が初めて会ってから、2年ぐらいたつのか。僕に会わせないようにしていたのだろう。


 僕の胸に、どす黒い感情がわき上がった。


 兄を突き飛ばした。あとでやりかえされるだろうけど、そうしたい気分だった。


「えいっっっ」

「えっ?」


 僕はフェイトに突き飛ばされた。


「さっ。アラン殿下も」

 フェイトは自分を押すようにうながす。

 兄は、とまどいながらも、フェイトの言うとおりにした。


「きゃははは。これでおあいこだね」

 転んだフェイトは兄の手をとって、天真爛漫に笑う


 フェイトは僕に手を伸ばす。


「ケンカしない。みんな仲良くね」


 フェイトの赤い右目は僕の醜い部分を見透かし、それでも手を差し伸べたように見えた。もちろん、それは気のせいだろう。


 たぶん、僕とフェイトはとてもよく似ている。なぜだろう。外見も、性格も違いそうなのに。


 僕は人から見たらとても恵まれて見えることだろう。第二王子で、兄の次にはかわいい顔をしているらしい。

 だが、どうだ。すべては兄のお下がり。なにも欲しがることなどできない。



 初めてほしい、と思った。

 フェイトだけは僕のものにしたい。

 そういった許されない暗い思いを持てば持つほど、彼女の赤い目はすべてを見透かし、それでも許してくれる気がした。





 フェイトと僕が10歳の時、フェイトの母が亡くなった。それに続くように、僕のお母さんも亡くなった。

 お母さんの遺言は、だれも恨むな、健康に育ってくれて良かった、だった。生まれた時からずっとベッドに寝たきりだった母。僕を見ると、嬉しさと申し訳なさがまざったような顔をした。あれは、第二王子にしかさせてあげられなくてごめん、という意味だったのだろうか。


 僕はそれより、お母さんが元気になって、王城の美しい庭を一緒に見たかった。マルクール王国のにぎやかな城下を一緒に歩きたかったよ。



 フェイトがはじめて僕にだけ会いに来てくれた。


「わたくし、お母さまが亡くなった時、ほんとうに悲しかったの。殿下がとても悲しんでいるのではないかと思いまして」


 お母さん以外にこんなに心配してくれる人を知らなかった。お母さんが亡くなり、兄や、兄の母上はさらに辛く当たるようになったし、王城での居心地は悪くなるばかり。


 フェイトは泣き虫で、しゃべっている途中で泣いてしまった。僕は泣かない。フェイトを守らないといけないから。


 僕は強くなりたいと思った。なにかひとつでいい。秀でたものがほしい。フェイトに僕を見てほしい。すべてを剣に捧げようと思った。お母さんが亡くなって、僕は強くなった。運動で勝てなくても、剣では兄に勝つことができた。



 めきめきと力をつけて、国いちばんの剣聖にまでなることができた。


 そして、兄がフェイトを手放した。


 フェイト、僕は感謝しているんだ。君と出会うことができて、僕ははじめて、自分のなかにも普通の人が持っているような感情があるんだって、気がついたんだから。 

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