募るは貴方の慈悲心

 何でもない平日の昼下がり。60歳も過ぎ、定年退職を迎えて暇になっていた私は、ちょっと散歩でもしようかと電車に乗って出かけ隣町で降りた。


 すると、その隣町の駅前では白くて四角い箱を抱きかかえた青年が、大きな声で募金活動を呼びかけていたのである。


 「恵まれない人への募金をお願いしまーす!アナタの募金で救われる人がいるんです!」


 しかし何ということだろう。青年の呼び声も虚しく、駅から降りた人々は一瞥もせずに去っていくではないか。


 恐らく思うに、過ぎ去っていく人々の心には「こんな場所で行っている募金はどこか怪しい」という先入観が働いてしまっていたり、「ここで募金するよりももっと大切な場所でお金を使いたい」といった自己の欲望が渦巻いているのではないだろうか。


 嘆かわしい。いつから日本人はそうなってしまったのだろう。疑念、猜疑心、果ては欲に取り憑かれてしまって、助け合うことを忘れてしまったのか。

 

 私はいつまでも、助け合いの心を忘れぬ人間でありたい。それに、こういった殊勝な若者が必死になって誰かを救おうとしているのに、私たち大人がそれを手伝ってやらぬというのはどういうことか。


 …けれど、確かに他者へと募金をする余裕がない人が多くなったという理由もあるかもしれない。世の中、私のように暇と金を持て余す人ばかりではないのだ。今日一日を汗だくで働き、ギリギリで生きなければならない人が、他者への募金に気がまわるはずもない。


 思慮の浅さに反省しつつも、ならば尚更、自分が募金をするべきだろうと、財布から万札を取り出す。力になるためにはなるべく大きい額が良いだろう。ちと大きすぎる気もするが、老いた私にできうる限りの力を彼に託そう。


 「頑張っているね、これが困っている人々の助けになればいいが」


 一声かけて、折りたたんだ一万円札を入れる。


 「ありがとうございます!これで救われます!」


 ふむ、募金とは中々気持ちが良いものだ。青年の満面の笑みに心が洗われた気がした。


 この日から、私はここへ足繁く通い募金をするようになった。流石に毎日万札とはいかないが、500円前後のお金はいつも入れるようにしている。


 そうして何回か募金をしていると、気づいたことがあった。彼の募金活動の時間が決まっているのだ。詳しく言うと正午から一時間きっかり。


 それに気がついてしまったら、何だか無性に気になりしょうがなくなってしまった。募金を一時間だけ募るというのはいくら何でも短すぎではないか。それとも、毎日活動を行っているのだからこれくらいが丁度いいのだろうか。


 余計な詮索は失礼だと思いつつも、しかし聞かずにはいられなくなった私は、ある日ついに決心をして、募金がてら彼に尋ねてみた。


 「すみません」


 「あ!いつもの方!今日も募金していただけるんですか!」


 「ええ。はい、500円ですが…」


 「十分ですよ!ありがとうございます!」


 箱の中にチャリンと小銭を落とすと、彼は再度「ありがとうございます!」と声を出し、深々とお辞儀をした。


 「ところで一つ、お尋ねしたいのですが」


 「何でしょう?」


 「何故、貴方は昼時の一時間しか募金活動をしないのですか?」


 これで、嫌そうな顔をされてしまったらどうしようかと考えていたが、この好青年は快く応えてくれたのである。


 「はい!それはですね、その時間の募金だけで必要な金額が貯まるからです」


 が、その答えはヘンテコなものであった。必要な額がたった一時間で貯まる?募金というのは基本的に、いくらあっても足りない物かと思っていたがそうではないのだろうか。それに一時間で貯まるのなら、彼はどうして毎日ここに立っているのだろうか。


 「どういうことでしょう。もしや、この募金を送られる先の方は貧しくありながらも相当謙虚な方だったりするのですか?」


 「いいえ、全く謙虚ではありませんよ。むしろ、がめつい部類に入るかも知れません」


 疑問はさらなる疑問を呼んだ。募金を望む人間が、がめつくあり、それでいて少量の金額で満足するとは。もうさっぱり分からない。


 「ダメです、貴方のおっしゃることが全くわかりません。一体、この募金を受け取る人は誰なんです。どうしてこの時間だけで十分な金額になるのですか」

 

 困惑する私に対し、青年はとても明るくハキハキした口調で謎の答えを示したのだった。


 「ですから、つまりこれは恵まれない人──要するに僕への募金です。ありがとうございます!アナタのおかげで、今日も昼飯代が浮きました!」

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