武蔵と大和
北の軍人の間でも、改名された後の時間が長いにもかかわらず、武蔵の名前は通じていた。
むしろ太平洋戦争での輝かしい成果が、武蔵の名で上げた成果が大きすぎた。
そのため、星子もレコーダーが記録している可能性があるにも関わらず、思わず呟いてしまった。
それだけ、武蔵の存在は圧倒的だった。
海自にも、圧倒的な存在感を示していた。
勿論、対抗手段、対艦ミサイルを保有している。
しかし、放ってしまったら、全面戦争への引き金になりかねない。
かといって、自分達が対抗できる手段はない。
前に出てくるだけで、排水量七万トン、神通型護衛艦の七〇倍もある大型艦に体当たりされただけで一方的に蹂躙されてしまう。
3インチ砲など四六サンチ砲に対抗できる装甲を相手では豆鉄砲だ。
対抗手段はないと判断し、撤退したのは、正しい判断だった。
「まさか、む……<解放>を出してくるなんて」
用意周到な計画に星子は呆れる。
南北の戦力差、国力の差を聡明な星子に知っているだけに、共和国首脳部の無謀さが一際際立つ。
このまま、勢いに乗り南下するのかと思った。
だが、突如<解放>は、針路を西に向けた。
「どうしたのかしら?」
予想外の事態に思わず星子は周囲を見渡し、理解した。
南から同じ形の軍艦、同型艦であり長女である大和が接近してきたからだ。
完成したばかりの石狩湾新港、その完成セレモニーに参加するため、北海道の人々に大和を見せるために航行中だった。
勿論、北の動きを、終戦に備えて待機させるという方針もあった。
そのため近海を航行中だった。
SR71が被弾したと知り、直ちに急行するよう命令が下り、最大戦速で、駆けつけ、妹である武蔵と再び対峙した。
「……」
上空から見れば、木の葉のような艦でも圧倒的な存在感を放つ両艦に挟まれ、星子は息をのんだ。
三十キロ以上離れていても僚艦の巨大な砲塔は星子の目にはハッキリ見えていた。
互いへ向けて旋回させる様子さえ分かってしまう。
もしどちらかが火を噴けば、全面戦争に突入する。
小型艦同士、戦闘機同士の戦いでは無く、数万トンの戦艦。
乗員が千人を超えているのが理由でも無い。
僚艦とも、南北それぞれの象徴的な艦であり、神話的な艦だ。
もし撃ち合ったら、世界に与える衝撃は大きく、全面戦争への引き金になりかねない。
互いに、固唾をのんで見守った。
「いずれにしろ離脱する好機ね」
星子は我に返ると、機体を旋回させ稚内に向かった。
戦闘の連続で燃料も弾薬も尽きかけている。
双方とも大和と武蔵に気を取られており咎める者も気にかける者もいなかった。
それは、このとき衝突した南北双方の部隊も同様だった。
大和と武蔵の対峙を知って、どのような事が起こるか注目し、戦闘を止めてしまった。
そして互いに離脱し、武力衝突は終わってしまった。
双方とも警戒する中、戦闘が下火になったことで大和と武蔵も反転。
海域を離脱していった。
これがのちに88年北海道紛争と呼ばれる武力衝突の結末だった。
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