日韓紛争

韓国大統領 全斗煥

「端的に言って我々は国民の支持を得ていないというわけか」


「はい」


 部下の報告を聞いて、全斗煥は憮然とした表情で頷いた。


 全斗煥は崔圭夏が大統領を辞任したことに伴い就任した。

 だが、朴正熙暗殺後、粛軍クーデターを経て実質上、大韓民国の主であることは皆が認めている。

 いや、認めざるを得ないのだ。


 朴正熙暗殺事件の後、多発する労働争議や学生デモに対応するため、戒厳令が敷かれた。 それを実行できるのは全斗煥だけだ。

 北朝鮮という敵を抱えながら国内で分断が進み、北朝鮮を支持する勢力など許されるはずもない。


 しかし、反対勢力である野党の弾圧にも戒厳令が利用されたため、国民は反発し始めた。

 光州で大規模なデモが発生し、鎮圧のため軍隊が派遣され、市民多数が虐殺される光州事件が起きていた。

 昨年十月に制定された憲法に基づき大統領選挙が行われ、第五共和制政府が誕生したが、国民の支持は低いままだった。


「不景気と失業率が高すぎて、国庫に金が殆ど有りません」


 太平洋戦争で日本が敗北したことで韓国は植民地から独立国となった。

 だが、突発的に誕生した国家であったため、政権基盤も国力も低かった。

 初代大統領である李承晩は反日以外に目立った成果を残せず、韓国は発展できなかった。


 当然、国民の支持は得られなかった。

 だが、李承晩は独善的な性格から強引に憲法を強制改憲し、反対多数だった大統領選挙の改正案――自分に有利な選挙制度を導入した。

 強引すぎて反対派が多く、僅差で否決されようとした。

 だが李承晩は賛成票を四捨五入して「賛成多数」として可決させた。

 その上、直後の選挙で大規模な不正を行った末に、国民の怒りは爆発し追放された。


 こうして第二共和国体制が発足したが、建国後の政争と戦争で人材はほとんどいなかった。

 議会は混乱し、復興も工業化も進まなかった。

 さらに、国民の不満を背景に、北朝鮮との合流を図る左翼勢力が力を持ち始めた。

 北朝鮮への吸収が現実味を帯びると、右翼、とりわけ北朝鮮と死闘を繰り広げた韓国軍軍部は強い危機感を抱いた。

 61年5月、韓国軍少将朴正熙はクーデターを起こし、大統領となって大韓民国を立て直そうとした。


 しかし、それは非常に困難な道であり、成功しなかった。

 極東戦争で朝鮮半島全土が戦場と化し、産業基盤すら焦土と化していたためだ。

 李承晩が植え付けた反日感情もあり、日本に援助を求めようとしても、交渉は難航。

 援助を請うどころか、世論に配慮し植民地時代の賠償金請求を行わざるを得なかった。


 当然、日本はこの要求を無視し、援助の話もなくなった。

 台湾と中華民国――南半分とはいえ、巨大な市場を有する中国大陸が存在する中で、規模の小さな韓国と日本が積極的に取引を行う理由もなかった。


 また、植民地支配の贖罪意識による自信喪失や敗戦で低下した地位向上も、日本は極東戦争での功績とベトナム戦争への関与で既に取り戻しており、効果は薄かった。

 そのため韓国はアメリカからの援助を期待してベトナム戦争に参戦した。


 アメリカの援助や兵士が稼いだ給与の送金により、韓国は何とか復興を遂げ、最貧国グループから抜け出したが、高度経済成長は依然望めなかった。

 北朝鮮に対抗するための軍事費が必要で、産業を育成する余力など無かったのだ。


 それでも韓国が安定を保てたのは、朴正熙が独裁的な権力を握り、左派を弾圧することで混乱を抑え込んだからだ。

 しかし、朴正熙の暗殺により大韓民国は再び混乱に陥った。

 全斗煥が粛軍クーデターを起こし、軍部主導の独裁政権を築いたことで、ようやく韓国は落ち着きを取り戻した。

 だが、左派の勢い、北朝鮮のシンパの力は未だ強く、不安定な状況に変わりはなかった。


「海外の批判も強まっています」


 左派への弾圧が人権侵害だとして、アメリカを含む外国から批判が寄せられている。

 韓国の事情を理解しないまま批判する声に、全斗煥は辟易していた。


 もし民意をそのまま受け入れれば、韓国は北朝鮮に吸収合併され、事実上の併合という結果を招き、第二のベトナムになってしまうだろう。

 しかし、アメリカのカーター大統領はその危険を理解していないようだ。

 次の選挙での再選が危うい状態にもかかわらず、未だに人権を訴えてくる。

 選挙のアピール、進展しないイラン革命対策、イラン大使館事件のスケープゴートとして利用している気配さえあった。


「で、どうしろというのだ」


「せめて国民の支持が得られれば安定するのですが」


「北と合流しろというのか?」


「いいえ」


 北朝鮮を敵視し、反共を掲げる韓国右派にとって、そして韓国軍人にとって、決して容認できることではなかった。

 ならば他の方法で支持を得る必要がある。


「何か方法は無いか?」


 大統領の問いかけに皆が頭を悩ます。

 有効な手立てがあれば、既に言っている。

 重い沈黙の中、全大統領が全員を絶句させるような案を口にした。


「独島を奪回できたらどうかな?」

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