トップガン

 一回射撃しただけでもアイターの技量がトップガン以来、革命による収監、拷問を経ても衰えていないことを梶谷は感じ取った。

 あの幾度も食いつくようなガッツのあるアイターの戦い方だ。

 それでも梶谷はトップガン、いや自身の腕を信じて戦う。


 アイターも持てる限りの技術で梶谷に向かう。

 両者互いに技量の限りを尽くして、かつてトップガンで争った、いや今なお世界のトムキャットドライバーの中でトップクラスの腕を持つ両者。

 その格闘戦は激烈を極めた。

 トムキャットという稀代の名戦闘機、高性能機の性能を存分に発揮させ、空に鋭くも優美で鮮やかな軌跡を描き出していく。


(燃料が足りないがやる)


 梶谷の機体はアフターバーナーを使いすぎて燃料が足りなくなっている。

 空母までの燃料を考えるとギリギリ。

 空中給油機がいるにしても、安全な空域まで飛ぶだけの燃料は残さなければならない。


 一方、アイターは自国の上空だし、最悪、脱出しても平気だ。

 それでも敵を前にして梶谷は退く気はなかった。

 アイターも撃墜するつもりで、自分のありとあらゆる技能を使い、トムキャットドライバー、それも世界有数の技量を以て襲いかかる。


「来たな」


 だが梶谷の方が上だった。

 十分にアイター少佐を引き寄せると、機首上げを行った。

 上昇すると同時に急減速。

 旋回によるローハイローを警戒していたアイター少佐は、直線で反応できず真下を通過。  直後、梶谷は急降下して追撃する。


「しまった」


 予想以上のAOA、機首上げ飛行だった。

 F14の数少ない欠点の一つが、機首上げをしすぎるとエンジン停止を引き起こし最悪、墜落する。

 そのため機首上げは制限されていた。

 しかしイラン空軍のパイロット達は危険な機首上げを限界まで幾度も行ってきた。

 敵機を確実に撃墜するためだ。

 だが、F14Jは改良型のエンジンを搭載し機首上げの制限が緩められ、更に大きな角度で機首上げが出来るようになっていた。

 梶谷はその限界まで、アイターの機体には出来ない角度まで引き起こし、アイターの予想を超えた。

 アイター少佐は背後を取られ、撃墜を覚悟する。

 だが梶谷は機銃を撃たなかった。


「なぜ撃墜しない」


 国際無線でアイターが詰問する。


「機銃弾が切れてね」


「……貸しにはしないぞ」


「当然」


 互いに反転し、基地もしくは母艦に向かっていった。


「警報! ミサイルが一基、艦隊に接近中! 手近な機は迎撃を!」


 艦隊の方は、攻撃で艦隊陣形が乱れている上、救助作業を行っている。

 迎撃は不可能ではないが事故が起きる可能性もある。

 航空隊に迎撃を依頼した。


「撃墜する」


 梶谷はレーダーでミサイルを見つけるとアフターバーナーを全開にして接近する。

 追いつくとガンを選択し、射撃。

 撃墜した。


「弾切れだったんじゃないのか」


「残弾の計器を見落とした」


「トップガンパイロットがヘボなミスをするな」


 後席はあきれ声を上げるが、嬉しそうに笑う。

 梶谷はそういう奴なのだ。


「トムキャットはガス欠だ。燃料を補給してもらうぞ」


「了解」


 戦闘で消費しきった燃料を空中給油で受ける。

 信濃が被弾、着艦不能のためニミッツへ着艦することになっている。

 そのためニミッツに艦載機が殺到しており、着艦待ちの渋滞が起きている。


 上空待機が命じられ、空中給油で滞空時間を延ばしている機体が多かった。

 一部はドバイやバーレーンに向かっているが、支援体制が整っていないことからニミッツに着艦したい機体が多かった。


「あー、旨い飯が食いたいな」


 空中給油を受けながら梶谷はつぶやく。

 激しい戦闘をした後は旨い飯を食いたいがニミッツに降りることになっている。


「なんのメニューがマシだったかな」


 ニミッツに降りた時のことを、マシなメニューが何だったか思い出しながら梶谷は着艦許可が下りるまで考えた。


 今回の戦闘でイランへの批判がさらに強まり、日米機動部隊の空爆は継続。

 さらに予定通り、大和以下戦艦部隊の艦砲射撃も行われ、沿岸部にあるイラン側の軍事施設を破壊した。


 武蔵以下の東側艦隊も独自の作戦を展開し、イラン軍事施設へ攻撃を行った。

 珍しい共同作戦だったが、東西両陣営とも「協力関係にはない」と口を揃えて言っていた。

 だが、それぞれ目標へ向けて統率の取れた攻撃を行ったことからも、裏で調整が行われていたことは明らかだった。


 いずれにしろ、イランの対艦ミサイル基地は破壊され、ホルムズ海峡を通るタンカーの安全は守られた。

 サウジの増産もあり、原油の安定供給に道筋が見えると原油価格は下落に進んでいった。


 しかし、戦争が継続する中、イラン側がタンカーを狙う事態が幾度か起きて、その度に西側の機動部隊が出撃した。


 日本もさすがに本格的な修理が必要な信濃を帰国させることにしたが、代わりの艦をすぐに派遣すると発表。

 中東地域、ホルムズ海峡の安全を是が非でも確保する姿勢を見せた。


 一部の左派は「戦争拡大、戦前回帰、侵略戦争を再び起こすための布石」と批判した。

 だが、石油に支えられ安定的な生活を得る中間層が増大した日本では、賛成者が多くなった。

 経済的な混乱を引き起こしかねない中東情勢で一定の抑止力、石油価格の安定となり得る艦隊の派遣に賛成する声が大きかった。


 そのため、ホルムズ海峡への空母派遣は継続されることとなった。


 だが、信濃の被弾は別の問題の火種となった。

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