伊藤 指揮権継承
参謀長有賀の言葉で伊藤はようやく気がついた。
山口が、第一機動艦隊の司令長官が指揮不能、通信途絶となれば、次席指揮官の伊藤が指揮を執ることが定められている。
そのことを思い出し、伊藤は命じる。
「全艦隊に伝え、信濃被弾により私が臨時に指揮を執る。各部隊は、現行命令を遂行せよ」
「はい! 直ちに!」
「それと佐久田参謀は何処だ?」
思わず伊藤は尋ねた。
佐久田が信濃に来ていることは知っていた。
そして、次長時代、僅かな時間だが伊藤の元で働いていたし、機動部隊での活躍は知っている。
幕僚として山口の元にいたとしたら今の爆発に巻き込まれているハズだ。
それでも、僅かだが生きている可能性に賭けたかった。
「上陸部隊と連絡を取るために、サイパン沖の船団へ艦載機で船団の護衛空母へ移っていたようです。被弾時は信濃から離れており無事なようです」
有賀の報告に伊藤は安堵した。
「佐久田には、第二部隊司令官角田中将の元へ行くように伝えろ」
佐久田の専門は航空戦であり、砲戦はない。
それにこの状況で大和へ移乗する手段がない。
航空機で大鳳に戻るくらいは出来るハズだ。
「了解」
「我々は、我々の役目を果たすとしよう。第二艦隊に集結命令。集まってきた艦から配置に付ける」
既に周りは暗くなっていた。
間もなく夜戦の時間だ。
米軍は日本軍の陣形の乱れを突き、突破。船団を撃滅に行くだろう。
陣形が乱れていては碌に対応するのも難しい。
だが、伊藤は目を闘志でギラリと輝かせた。
まだ、闘志を失ってはいない。
「把握している部隊で動けるのはいるか」
「第三戦隊が集結しつつあります」
周辺海域を見ていた参謀長である有賀が歯を食いしばりながら報告した。
まだ、伊集院に対して、思うところがあるようだ。
「第三戦隊に、東経一四六度線に沿って警戒するよう伝えろ」
「了解」
「駆逐艦もつけろ。水雷戦隊が集まっていなくても構わない。駆逐隊単位で送り込み、警戒線を作るんだ。駆逐隊からはぐれた駆逐艦は、第二艦隊の直属にして改めて再編成し、送り出す」
「はい」
陣形が滅茶苦茶だし、所属と離れている艦も多い。
だがそれでも各艦を纏めて、元からの編成ではなく寄せ集めでも良いから再編成し、戦場に送り出さなければならない。
「米艦隊がやってくるまでに何とか完了しなければ」
時間が無かった。
米軍は体勢を立て直す前に攻撃を仕掛けてくるだろう。
それに日没も近い。
夜になれば再編成は困難になる。
「信濃はどうだ」
「山口長官と艦隊司令部は絶望的かと」
「ちがう、空母としての能力があるかどうかだ」
伊藤は、強い口調で尋ねた。
勿論山口や司令部の幕僚、信濃の乗組員には生きていて欲しい。
だが、戦場では、次の犠牲者を出さないよう、戦力として使えるか否か、生き残った将兵を守れる力があるかどうかが重要だった。
やがて信濃から返信があった。
「……信濃副長より発光信号。艦橋部が大破し指揮能力なし。生存者……皆無です」
分かってはいたが、改めて報告されるとキツい。
だが戦闘中であり、継戦のためにも報告は続けられた。
「しかし他の能力は維持しております。現在、副長が応急指揮所にして指揮を遂行中。機関全力発揮可能。発着艦設備は問題なし。修理すれば航空戦は可能です」
「よし、仮の艦橋を作り、翌日までに運用能力を回復させろ。第一航空戦隊の旗艦は二番艦紀伊へ移せ。空母部隊、第三艦隊の指揮系統は第二部隊の角田司令官へ。航空戦の指揮も行わせろ」
「はい」
伊藤はテキパキと指示を下していく。
「損傷して回航できない艦は処分するんだ」
「はっ」
速力が出せない艦は足手まといになり味方の足を引っ張ってしまう。
戦場に残しても敵に捕獲されるだけだ。
ならば、処分するしかない。
「予定艦のリストです」
「……かなり多いな」
集まった報告を纏めたリストを見て伊藤は、嘆息が出てしまう。
空襲で艦隊全体の三分の一近い艦艇が損害を受け、その半数が処分予定だ。
しかも撤収作戦の為に駆逐艦の多くがサイパンに向かっている。
兵力が足りない。
だが現有兵力で守り切らなければならない。
「船団に追いつけない艦は処分。将兵はできる限り船団に乗せろ。それと夜戦順を」
「了解、しかし、連中はきますかね」
「索敵機より報告。敵艦隊の一部が分離し我が方へ接近しつつあり」
「向こうはやる気のようだ。今夜は長い夜になるぞ」
生き残った艦を救うためにも、日本に将兵を戻すためにも伊藤達は夜戦に勝たなくてはならなかった。
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