山口長官戦死
「攻撃隊発進だ! 後方の各部隊には準備出来次第発進させるよう命令しろ」
その時、山口は部下に命じた。
攻撃を受けていても殴り返すのだ。
だが、第一部隊は攻撃を受けているため、甲板に航空機を並べることが出来ない。
せいぜい、空襲の合間を見て航空機を少数発着艦させるだけだ。
発着艦を行うためには空母は風上に向かって直進せざるを得ず攻撃機の良い的だ
少数でも発着艦に数分直進することを強要される。
そのため、他の部隊に攻撃隊を発進させるのだ。
結果、彼らの甲板は攻撃隊編成のために一杯であり、上空警戒の戦闘機などは、母艦に帰れず第一部隊の空母へ着艦する事になった。
「上空に味方戦闘機、着艦を求めています」
「着艦を許可しろ。風上へ舵中央」
大規模な空中戦になり機体の消耗が激しい。一機でも貴重であり、できる限り着艦させたかった。
そのため、一時的に信濃は直進した。
「右舷より敵雷撃機接近!」
「着艦中止! 回避します! 取り舵一杯!」
信濃艦長の操艦は見事だった。
すぐさま作業を中止させ、艦を回頭させる。
「早く回れ!」
舵手が思いきり舵を切るが、艦は中々動かない。
大和型は舵の効き始めが遅い。大和型の改造空母である信濃にもその欠点は受け継がれていた。
だが、一度曲がり始めたらあとは速い。
間近に接近した魚雷の目の前で艦は急速に回頭し、無事に魚雷を回避した。
水平線へ去って行く雷跡をみて誰もが安堵し、艦長の腕を見直した。
だが米軍の攻撃は、それで終わりではなかった。
「左舷上空! 敵機直上! 急降下!」
「何!」
混乱した状況のため、敵の発見が遅れた。
しかも回避した方向に敵機がいた不運が抱き合わせだ。
「回避継続!」
艦長は下手に反対側へ舵を切るより、このまま回頭を継続し回避した方が良いと判断した。
最良の判断だったが、全ての運は米軍に向いていた。
よりによって回避する信濃と敵機の針路が運悪く投弾のタイミングで一致。
敵機は、ヘルダイバーは最良のタイミングで爆弾を投下した。
「見事だな」
投下した敵機と向かってくる爆弾を山口は正面から見ていた。
スローモーションの様に遅く、ハッキリと敵機の機動と爆弾の針路が見えた。
「江草や高橋にも劣らない」
急降下の名手である二人の急降下を思い出すほど敵機の投弾は見事だった。
アメリカのパイロットは開戦時は腕が悪いと思っていたし、事実だ。
しかし長い戦争で彼らの腕は上がっていた。
度重なる戦闘を経験した彼らは歴戦のパイロットとなり、僅かな機会も見逃さない優秀な戦士となった。
「長期戦などするべきではないな」
投下された爆弾が自分の足下にめり込み爆発する瞬間、山口はそう思った。
それが山口の最後の思考となった。
「信濃は何処に被弾した!」
分かっているが伊藤は聞かずにはいられなかった。
見間違いであって欲しいと願い、見張り員に尋ねる。
しかし、現実は非情であった
「艦橋部に被弾!」
幾ら装甲空母でも全てを装甲で覆うことは出来ない。
重すぎて艦が沈んでしまうからだ。
飛行甲板に装甲を張り巡らし爆弾をはじき返すだけで精一杯だ。
艦橋は無装甲に近く、指揮を執っている人間など被弾すればお終いだ。
「長官はどうした」
「現状不明です! 信濃との通信途絶」
報告している間に、信濃の被弾による爆煙が晴れ、信濃が再び姿を現す。
だが艦の姿は一変していた。
煙突と一体になった巨大な艦橋の前半分が消滅し、見るも無惨な姿となっていた。
到底、艦橋にいた者の生存は望めそうにない。
「……他の部隊はどうだ」
「一応健在のようです」
「長官、ご指示を」
有賀が尋ねた。
「信濃からの指示を待つべきでは」
頭脳の明晰さから知将と呼ばれる伊藤だが、第二艦隊司令長官に着任するまで開戦前から軍令部次長をずっと勤めていたためこれが久しぶりの海上勤務。
しかも実戦、鉄火場の経験が少ないので混乱している。
参謀長として、有賀は現実を伝えなければならない。
「長官、序列により、山口長官の次席は第二艦隊長官のあなたです。あなたが第一機動艦隊の指揮を執らなければなりません」
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