互角の航空戦

 敵艦隊および敵攻撃隊への対処を優先していたため、話に上らなかったが、船団と陸上部隊も守らなければならない。

 山口は参謀に尋ねた。


「かなりの撃墜数を出しましたが見つけた敵機だけです。低空だったため、残りの敵の発見が遅れ、半数を取り逃がし陸上部隊は攻撃を受けました。結果、攻略部隊の司令部が攻撃され、牟田口大将他多数の幕僚が戦死。辻参謀など負傷者が続出し、行動不能です。空襲で混乱も広がっています」

「地上部隊には撤退するように伝えてくれ」

「いいのか?」


 山口は佐久田に問いただした。


「陸軍さんだぞ」

「今言わないと陸軍は撤退しません。混乱して判断力が低下しているときに命じなければ、撤退できないでしょう。幸い、先日の上陸で安田司令官には撤退を準備するよう伝える事が出来ましたし」


 米軍の攻撃隊に襲撃されたのを見たら、撤退を考えるはずだ。

 安田司令官には迅速に撤退するよう伝えている。


「我々が下がるのを見れば、流石に陸軍も撤退するでしょう」

「そうだな」


 海軍が離脱するのを見れば陸軍も撤退するだろう。

 あとで後方や陸海軍の間で責任のなすりつけあいが行われるが知ったことではない。

 十万以上の将兵が無事にマリアナから離脱する事が大事だ。

 そのことで佐久田と山口が責任を問われるかもしれないが、自分たちの首一つで十万前後の将兵が助かるなら安い買い物だ。


「いざとなったら、俺が二重橋の前で切腹して陛下に詫びる。陸軍に指示しろ」

「はい」


 山口の決断と腹をくくった指示で迅速に撤退は命じられ、攻略部隊は撤収を始める。

 だが、この後の作戦は綱渡りだった。

 奇襲に対してカウンターを食らわせた事に成功して、空襲にやって来た敵の攻撃隊を戦闘機隊で仕留める事に成功。

 各部隊は奇襲成功に気を良くして総計すると五〇〇機は撃墜したと言っているが、せいぜい十分の一程度。つまり五〇機程度しか落とせていないだろう。

 それでも敵の保有する艦載機の内、五パーセントほどを仕留められただろうし、主導権を握れた。

 しかも日本側攻撃隊がエセックス級二隻とインディペンデンス型を一隻沈めたので、戦力的にはほぼ互角だ。

 だが、第一機動艦隊も連日のマリアナへの攻撃の後のため、機材の消耗は激しく稼働機が少なくなっていた。

 そこへ敵の攻撃で、空母に被害が出ている。

 現状、日米共に艦載機の数も空母の数もほぼ同じくらいだ。

 佐久田も何らかの手を打ちたいところだが、戦力が枯渇した上、時間が無い状況では真っ正面から戦うしかない。

 結果潰し合いになっている。

 幸運なのは米側も被害を受けて戦力が拮抗していること。

 しかし、消耗戦は避けられない。


「兎に角、敵の空母に対して攻撃隊を出すんだ」

「敵の攻撃隊を発見。船団に向かっています」

「迎撃に出すんだ」


 しかも佐久田達、日本側は機動部隊と船団の両方を守る為に戦闘機を分配しなければならない不利を背負っている。

 アメリカ側は陸上部隊の事を半ば捨てているため、船団がいないこともあり、防空は機動部隊のみなので、迎撃機が多い。

 攻撃隊も出してくる。

 だが、最初のカウンターが効いたせいか、攻撃機の数が少なく、対応出来ている。

 しかし、無防備で鈍足な船団を攻撃されたときは被害が大きくなった。


「長官! 迎撃機が、戦闘機が足りません」


 船団が攻撃を受けたことを参謀の一人が報告する。

 攻撃機と、艦隊、船団と航空機を必要とする部隊が多すぎる。

 何処に重点を置くか長官に尋ねる。

 本来なら選択肢を用意し進言すべきだが、空襲が激しく参謀も冷静ではいられなかった。

 だが山口はまだ冷静さと優れた判断能力を保っていた。


「第一部隊と第二部隊の護衛戦闘機はいい。他の部隊と船団に回せ。これ以上沈めるな。マリアナの味方が撤退できなくなる」


 現在の目標はマリアナ攻略部隊をできる限り最小限の損害で撤退させる事だ。

 そのためには膨大な船団が必要であり沈めるわけにいかない。

 脆弱な船団を守る為に戦闘機を回すのは当然だった。


「しかし、第一部隊と第二部隊が敵機の空襲を受けます」

「信濃や大和はそう簡単には沈まない。当たっても大した被害はない」


 軍艦は商船より速力が速く回避性能も良い。米軍より貧弱だが対空砲火も持っておりある程度自衛できる。

 それに大型艦ほど防御力が、爆弾魚雷を受けても簡単には沈まないようにできている。

 一発で沈みかねない商船や輸送船より耐える事が出来る。

 以上から山口の決断と命令は明快だった。


「船団を守れ」

「はいっ! 戦闘機隊に指示を送れ!」


 参謀は各戦闘機隊に命令を下した。

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