硫黄島撤退
「……はあ?」
撤退命令がスプールアンスの独断という言葉に幕僚、指揮官達は驚き呆気に取られた。
「命令が下っていないのですか」
「そうだ、ニミッツ長官にも言っていない。私の独断だ」
「命令違反では」
「撤退の好機を、最後の機会を見逃すことが出来るか」
間もなく日本艦隊が突入してくる。撃退できれば良いが、失敗すればレイテ以上の敗北になる。
それにハワイが壊滅した今、残った艦隊を危険に晒すことは避けたい。
艦艇の建造補充には米国でも数年かかる。
不十分な体制で艦艇を徒に失うわけにはいかない。
何より、多くを失ったとはいえ上陸戦に精通した海兵隊員を温存し今後の上陸作戦に活用するにはこれ以外の方法がない。
それが、作戦指揮官としての、知将と言われたスプールアンスの判断だった。
「直ちに撤退だ」
「せめてウォッゼにいるニミッツ長官と相談を」
「時間が無い。それに長官まで巻き込むわけにはいかない」
スプールアンスとニミッツ、現場艦隊である第五艦隊と太平洋戦線全体を見る太平洋艦隊司令長官。
どちらが重要かは明らかだし、ニミッツの能力、生来の卓越した人物鑑定眼とそれに基づく適切な人事配置は航海局長を長年勤めたことからも明らかだ。
ニミッツが更迭されれば、対日作戦全体に支障が出てくる。
マッカーサーがいなくなった今、ようやくニミッツの元に指揮権が集中し効率的に作戦指揮が出来るようになったのだ。
この状況を崩したくない。
またニミッツが更迭されたら交代するまで混乱が生じる。
マッカーサー戦死の後、戦線の後退はしたものの、大きな損害が発生しなかったのはニミッツの指導力によるものだ。
対日戦に勝つためにも、なんとしてもニミッツ長官を守りたいとスプールアンスは思っており、相談などしなかった。
部下への指導力に欠けると思われるかもしれないが、命令違反、それも敵前逃亡の汚名をスプールアンスと共に被るよりマシだと考えていた。
「それに今のワシントンにまともな命令が下せるとは思えない」
大統領の死去によりワシントンの指揮能力も落ちている。
命令を待っていては撤退の好機を、日本艦隊が来る前に離脱する事が出来なくなる。
「撤退できるチャンスはこれが最後だ。命令する撤退せよ」
「……了解しました!」
スプールアンスの命令に各指揮官は従った。
命令は直ちに実行され、上陸した海兵隊は日本軍陣地に向かって徹底的な砲撃を行う。
勿論これは撤退のための準備だ。
運び去ることの出来ない弾薬を使い切り、日本軍に鹵獲されないようにするためだ。
大砲も弾薬を撃ちきったら、破壊。駐退機を壊し、閉鎖器を取り外して砲撃不能にして徹底する。
迫撃砲は勿論、戦車も砲撃に参加して砲弾を使い切った。
物資も全て燃やす。
日本軍に渡さないためだ。
だが、時間が無かった。
タイムリミットの夜明けまでに全員を脱出させるには時間も人員も足りなかった。
「急いで運べ! 負傷者が優先だ! 病院船が間もなく出るぞ! 最優先で運べ!」
攻略戦で出た膨大な負傷者、野戦病院に収容された海兵隊員を沖の病院船へ運ぶのに人手を取られていた。
一人の患者を運ぶのに最低でも担架を二人で持つ必要があり、移送のための人員を各部隊から派遣して貰う必要があった。
そのため、砲兵と歩兵を除き、撤収作業、物資、装備の破壊に従事できる人員が少なく多くの物資を残していくことになった。
それは仕方ないと、判断し、弾薬の処理と、負傷者の収容を最優先にするようめいじた。
「急げ! 命令通り行動しろ! どんなときも海兵は命令に従え!」
指揮所ではマッドスミスが大声を上げて指揮命令する。
撤退への動揺が最小限に押させられたのはスミスの叱咤があったから、というのは誰もが認めることだった。
「日本軍に対して砲撃を続けろ。砲撃で日本軍の反撃を抑え込め、撤退を悟られるな。悟っても動けないように撃ち込みまくり動けなくしろ」
マッドスミスの命令は的確だった。
日本軍は猛砲撃を総攻撃の前兆と考え、いずれやってくる総攻撃を迎撃する為に兵力の温存を図った。
仮に撤退を察知しても猛砲撃を前に出撃する事は出来なかっただろう。
撤退作業は順調に進んだ。
夜間になっても作業は続けられ、海兵隊員は次々と舟艇を使い脱出。
輸送船が日本海軍の攻撃を恐れ早々に離れた後は、快速艦艇、初めは巡洋艦などの大型艦、やがて駆逐艦などの小型艦艇へ乗せられ全速で離脱していった。
そして夜明け前、最後まで残っていた海兵隊数千名は最後の砲弾を撃ち込むと、全ての大砲を破壊。
残った弾薬を爆破処分し、最後の舟艇に乗り込んだ。
全員の収容を確認するとマッドスミスは、最後に乗り込み、硫黄島をあとにした。
収容された駆逐艦に乗り込むと舟艇を沈め、全てを終わらせ、撤退した。
ここに硫黄島攻略戦は終了した。
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