スプールアンスの決断
「撤退だ」
連山の攻撃の後、スプールアンスは決意し各指揮官と幕僚を集めて命じ、宣言した。
「硫黄島攻略は中止。上陸した攻略軍は撤退させる」
唐突だったが、全員納得していた。
予想――これまでの中で最も酷い損害想定だったにも関わらず、それを上回る損害が出ていた上、予定の日数を大幅に超えていた。
島の大半を占領していたが、更に損害が積み重なる事が予測される。
しかも、予想外の長期化により弾薬が不足している。
ハワイを再奇襲攻撃され、機能不全に陥ったことで補給の見込みはない。
攻略部隊への物資も底を尽きかけていた。
本来なら撤退するべきだったが、国債キャンペーンで摺鉢山星条旗を使ったため、攻略できないのでは米国民を失望させるという理由で攻略は続行された。
しかも、大統領の死去により、指揮官不在、撤退を許可できる人間がいなくなった。
そのためずるずると時間だけが過ぎていき、機会を逃していた。
そこへ、ハワイを攻撃した日本軍の機動部隊と支援の陸上攻撃機だ。
攻撃機の数は少ないが、物資を運ぶ重要な船団を攻撃している。
このままでは補給の目処が立たない。
しかも、日本海軍の主力が、水上砲戦部隊――レイテで米軍輸送船団を壊滅させた恐るべき手練れの艦隊が突入しようとしている。
最後の撤退のチャンスをスプールアンスは、幕僚達は逃せないと感じていた。
「上陸軍の人員を迅速に収容し離脱する」
「しかし、あと少しで攻略できるのですよ」
「日本艦隊も撃退できるでしょう」
「その保証はない」
日本艦隊と米軍機動部隊はほぼ互角。
空母こそ日本側が少ないが戦闘機が多く制空権争いをしている。
そして水上艦戦力は互角であり、レイテ沖海戦の結果からしても、優秀な戦艦部隊を相手に船団を守りつつ撃退できる自信がスプールアンスには無かった。
しかも、日本側は本土から長距離攻撃機の支援が受けられる立場だ。
今日は少数の攻撃機で済んだが、更に多くの攻撃機が、しかも対空砲の射程外から攻撃を仕掛けてこられたら艦隊を守り切れないだろう。
「船団に大損害を受ければ、撤退どころでは無くなる。幾ら海兵隊が勇猛でも海を渡ることは出来ない」
輸送のために輸送船がいる。
戦艦や空母に比べれば地味だが、膨大な攻略部隊を、数万の海兵隊を輸送するには千人以上の兵員を収容できる輸送船が多数必要だ。
侵攻の時も撤退の時も。
その貴重な輸送船を失うわけにはいかなかった。
失えば、撤退手段さえ無くなってしまう。
軍監に乗せるのも限界があるし最小限で済ませたい。
「それに占領したとして硫黄島を維持できるのか」
ハワイが機能不能の今、補給の目処が立たず、占領維持が出来るか疑問だ。
何時日本側の奪回計画が発動されるか分からないし、撃退できる保証もない。
艦隊の燃料も危うくなっており、救援に駆けつけることは出来ない。
戦略爆撃も燃料備蓄がそこを尽き、補給の目処が立たず、名古屋空襲以降は中止状態だ。 本土空襲の拠点として硫黄島を占領する意義は無くなった。
そもそもスプールアンスもニミッツも都市への民間人を巻き込んだ無差別空襲には反対の立場だ。
そんな陸軍の蛮行のために海軍と海兵隊が血を流す必要などない。
帝都爆撃の惨状が伝えられるにつれてスプールアンスの戦意は失われていたこともあり、撤退を命じる事にためらいは無かった。
「直ちに撤退せよ。翌朝までに全兵員を撤収する」
「武器はどうします」
「日本軍に向かって撃ちまくり、すべての弾薬を使い切れ。防御弾幕で日本軍の接近を許すな。弾薬も全て撃ち尽くして日本軍へ渡さないようにしろ。使い切ったら、武器は破壊して兵員のみ揚陸艇で撤収、いそげ」
「そのまえに長官。一つよろしいでしょうか?」
「なんだ」
「撤退の許可は貰っているのでしょうか?」
撤退命令が出なかったのはルーズベルト大統領が撤退を禁じ、必ず占領せよと命じたからだ。
死去した今もその命令は有効であり、新任のトルーマン大統領が許可しなければ撤退できない。
そのため、この窮地に陥るまで撤退命令は出ていなかった。
なのに今どうして撤退命令が出たのか、彼らは不思議だったし知りたかった。
注目を浴びる中、スプールアンスは真面目な顔で真実を告げた。
「撤退命令は下されていないし、許可もおりていない」
スプールアンスは、きっぱりと言った。
「全ては私の独断だ」
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