飛行第二四四戦隊 和田中尉1

三月一〇日午前零時


『空襲警報解除! 空襲警報解除!』

「ようやくか」


 調布飛行場の搭乗員待機所で和田中尉は、放送を聞いて安堵の溜息を吐いた。

 今日の夜、いや日付が変わって昨日の夜十時頃に電探が接近中の敵味方不明機を探知。

 直ちに空襲警報が発令され、和田の所属する飛行第二四四戦隊第二中隊、通称とっぷう隊は、直ちに警戒態勢、即時出撃準備に入った。

 だが、一向に出撃命令は出ず、猛烈な北風の音を聞き、寒さに震えながら待機し続けることになった。

 待機のため、出撃出来ないし、眠ることも出来ない。

 睡魔と寒気に耐えながら、飛びたい気持ちを抑え、じっと待つしかなかった。

 解除されて待機も終わったが、何のために待っていたのか分からなくなる。


「しかし、どういう事だったんだ」


 唐突な終わりに、安堵以上に戸惑いと怒りの方が搭乗員達には強く苛立つ。


「報告します!」


 和田が飛行帽を脱ぎながら愚痴っていると、司令部付として伝令を務める特操の竹下が駆け込んできた。

 吹き込む寒風をドアを閉めて防いでから竹下は報告する。


「房総沖の敵味方不明機は南へ反転離脱しました。これにより空襲警報は解除との事です」

「ようやく眠れるか」


 飛行第二四四戦隊は、前身である飛行第一四四戦隊が日米開戦前に編制された時から調布飛行場に展開し関東圏、特に帝都防空を主任務として訓練を積み重ねてきた。

 ドゥーリトルの帝都初空襲のあと、西日本の防空を専門とする部隊――近畿地方担当の二四六戦隊、九州地方担当の二四八戦隊が発足したことに伴い飛行第二四四戦隊に改称し今に至る。

 帝都防空専任という任務上、宮城守護の近衛師団に似ていたため、自他共に近衛飛行隊と称していた。

 ドゥーリトル空襲で帝都空襲という失態を犯した後は特に訓練に熱が入った。

 しかし、それ以降米軍の空襲は無く、二年の歳月が流れ、南方が激戦になったため一部の人員機材を送り出すこととなった。

 和田も昭和一七年にソロモンへ、昭和一八年はラバウル、一九年はニューギニア、去年はマリアナとフィリピン。そして今年は撤退命令が出る前まで硫黄島へ派遣され、実戦を経験した。

 おかげで撃墜数は増え、エースになったが実戦を経験し米軍機のしぶとさを肌身で理解していた。

 しかし、本土の部隊に戻れば、まだ内地は平和だと言うことが実感できた。

 だが、最近は、慌ただしかった。

 去年の四月に八幡製鉄所を新型爆撃機B29が空襲してからは、本土空襲が現実味となり、前線経験者を中心に本土に残るパイロットが増えた。

 マリアナが陥落してからB29の爆撃が現実味を帯びてくると交戦経験のある飛行第二四八戦隊と連絡を取り合い、準備を進め、去年一一月より来襲するB29迎撃を行ってきた。

 和田はフィリピン決戦で一時派遣されたが、米軍の降伏、撤退後は直ちに本土に戻され、三式戦でB29の迎撃に出撃している。

 通常の戦闘用ガソリンを上回る一〇〇オクタンガソリンが送られた上、部品供給が潤沢で整備班が優秀な飛行第二四四戦隊は連日出撃し、戦果を挙げた。

 三式戦の他にも双発の屠龍や海軍と協力し、B29を迎撃している。

 迎撃ではまず、屠龍などの大型機がB29の編隊に積み込んだロケット弾をばらまき、編隊を攪乱。

 混乱して防御が弱まった箇所を三式戦などの迎撃戦闘機へ突入するのが通常の戦術だ。

 飛行限界に近い一万メートルの高空だが、補助ロケットやロケット弾を使う事で何とかB29の高度まで飛び上がり、攻撃が出来る。

 マリアナからやってくるB29を迎撃しやすいよう、連中の進路上にある浜松基地へ分遣隊を交代で派遣する位だ。

 戦隊全てが移動しないのは、先月の空襲のように米軍機動部隊が関東の東側から空襲を仕掛けてくる可能性を考慮してだった。

 もっとも、こちらは新設された松戸、柏、印旛、それに水戸の錬成部隊が対応できると考えられており、全部隊を浜松へ移動させる事も本部や上は考えているようだ。

 和田としては出来れば帝都に入る前にB29を撃墜してやりたいので浜松移動は賛成だ。

 町から外れた郊外とはいえ帝都近くから離れるのは嫌だが迎撃時間を増やすにはそれしかない。

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