スプールアンスと<は号作戦>

「第二次ハワイ空襲か」


 幕僚の言葉にスプールアンスは皮肉下に答えた。


「どうしてそう思う?」

「日本軍は、<は号作戦>を発動しています。<は>はハワイの<は>ではないかと。ハワイを攻撃するために航行中なのでは」

「だという保証はない」


 スプールアンスは苛立たしげに言った。


「しかし」

「止めてくれ、二年前から言われ続けていて、もううんざりなんだ」


 珍しく苛立っている理由をスプールアンスは幕僚に答えた。

 ハワイ奇襲作戦から始まった太平洋戦争、その緒戦のパールハーバーは米軍に大きな影響を与えた。

 再び同じ悲劇を受けないようにハワイの防備を強化した。

 艦隊が沈んで行動不能となったこともあったが、できる限り防備を強化するため、会戦から暫く碌に反撃できなかったのはそのためだ。

 ようやく反攻できるようになってからも、パールハーバー再攻撃の悪夢は米軍を苦しめた。

 ソロモンの反攻に艦隊や航空部隊を送り込めなかったのは日本軍のハワイ再攻撃――彼らが<は号作戦>と呼んでいる作戦が発動されたからだ。

 だが、その作戦は全てえソロモンへ出撃するための偽作戦だった。

 時にインド洋への出撃に使われる事もあった。


「参謀長時代何度も悩まされた作戦だよ」


 第五艦隊司令長官に就任する前、ニミッツ司令長官の補佐役である太平洋艦隊参謀長をスプールアンスは務めた。

 そのとき、重要な作戦前にいつも伝令が駆け込んできて、日本軍の「は号作戦」発動を聞かされ、慌ててハワイの防御を強化したことが何度もあった。そして戦力が不十分となったり作戦の好機を逸したことが何度もあった。

 ソロモンでの苦闘の原因の一つが、<は号作戦>、ハワイ再空襲の陰に怯えて戦力を出せなかったからだ。

 第五艦隊司令長官となってからも、いざ作戦発動の直前に日本側の<は号作戦>発動が報告され、艦隊が引き返させられたり、部隊を引き抜かれ作戦に支障を来したこともある。

 スプールアンスにとって<は号作戦>は、肝心な時にやって来て、作戦を邪魔する忌々しい作戦であり邪魔者でしか無かった。


「今回も兵力分散の為の偽計だろう」

「ですが万が一」

「そのような事はない。私はターナーではない」


 上陸部隊の指揮を執っているターナーは太平洋戦争開戦前後ワシントンで戦争計画部長をしていた。

 その時、日本軍の暗号情報を知る立場にありハワイ空襲の危険を知っていながら、キンメル太平洋艦隊司令長官に伝えず日本軍の奇襲を許した。

 この批判は、生涯ターナーにつきまとい、非難している高官が多いのは事実だ。

 普段温厚なスプールアンスも思わず、言ってしまうほどに。

 すぐに口をつぐんだが、ターナーがパールハーバー奇襲の情報を伝えなかったことは、非難の的となっていた。

 理由は分からないでもない。

 事実を経験を積んだ優秀な人間ほどパールハーバー奇襲作戦が、実行されるまで夢想できても不可能であると日米共に考えていた。

 それを実現し実行させたからこそ、山本五十六が賛否はあれど名将として日米共に認識されているのだ。

 数千キロを空母数隻を含む大艦隊が誰にも見つからず航行して、数百機の航空機を、水深の浅いパールハーバーで雷撃を行えるなど誰もが不可能と考えていた。

 ターナーも優秀であった。上官であるスターク大将――両洋艦隊、通称スタークプランで有名な作戦部長を顎で使うくらい仕事が出来る人物だ。

 優秀故に、障害を全て認識しパールハーバー奇襲は不可能と判断し、余計な情報を与えて、現場が混乱しないよう自分の手元で止めたのだろう。

 結果は史実の通りであり、恐らく、酒浸りになる原因の一つになるほどの汚点だろう。

 スプールアンスもそのことをよく分かっている。

 だが、そんな恐れを抱いて大作戦など、敵本土近くの島へ攻め込むなど出来ない。


「それに我々の役目は硫黄島攻略だ。ハワイのことは後方の太平洋艦隊司令部の役目だ。事ここに至っては、作戦が開始されたからには逡巡してはならない。敵の反撃に警戒しつつ硫黄島攻略に全力を尽くしてくれ」


 幕僚達はそれ以上言うことは出来なかった。

 確かに他の可能性を考えて、硫黄島攻略に全力を尽くせないのはダメだ。

 一番可能性の高い敵艦隊の襲来に備えつつ、硫黄島を占領するしかない。

 直ちに全ての情報を洗い、できる限りの準備を整え硫黄島の攻略に第五艦隊は向かった。

 だが二日後予想外の事態の通報が後方からもたらされた。

 

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