スプールアンスの状況判断

「前衛の被害甚大か」


 夜が明けて昨夜の間、受けた攻撃の損害報告を司令部で聞いたスプールアンスは呟いた。

 大型艦の被害が無いとはいえ艦隊の眼であるピケット艦の被害が大きすぎる。

 このままでは警戒網が穴だらけになり、その穴から敵機が殺到し、輪型陣中央の空母に敵機の攻撃を許してしまう。

 かといって輪型陣外周部の駆逐艦を派遣したら艦隊の防空能力、潜水艦探知能力が減少し空母を危機にさらす。

 日本軍による前衛への攻撃が昨今激しくなっている事を考えれば、駆逐艦の損耗を許容出来ない。


「攻撃した基地の損害はどうだね?」

「はい、大打撃を与えたという評価です」


 参謀のひとりが昨日の夕方戦果確認機が撮影した日本の飛行場写真を見せた。

 どれも日本軍の機体と航空施設が炎上し滑走路が破壊されているのが写っていた。


「分析官の報告では飛行場は完全に破壊したとの事です」

「そうか」


 返事をしたが、スプールアンスは写真に集中し、必要な情報を集めた。

 そして、足りない情報に気がつき幕僚に尋ねた。


「昨夜撃墜した敵機の種類は分かるか?」

「はい、多数が単発機でした」


 本土に近いため、小型の単発機でもスプールアンスの艦隊を攻撃できる。その点に不自然なところはない。


「大型機は? 双発機はいたか?」


 日本海軍は魚雷を搭載出来る中型の陸上攻撃機を好んでいる。

 特に開戦劈頭のマレー沖では建造されたばかりのプリンス・オブ・ウェールズを含む戦艦二隻を双発陸上航空機のみだけで撃沈するという史上初の快挙を成し遂げている。

 ソロモンでも活躍し、マリアナでも姿を見せている。

 双発攻撃機こそ日本海軍の主戦力と言って良いだろう。


「少数確認されていますが」

「いたのか、いたのなら機数は?」

「確認されたのは十数機だけです」

「そうか」


 スプールアンスは再び考え込んだ。

 重要なのは昨夜の襲撃で双発機が少ないことだ。

 艦載機に比べ双発機は大きく運用には大きな飛行場が必要だ。そして運用できる飛行場は小型機用飛行場より少ない。

 硫黄島まで飛べる機体も双発機が殆どであり、硫黄島攻撃の際の脅威だ。

 その双発機攻撃機が昨夜の攻撃で少ないのは日本軍にダメージを与えた証拠だとスプールアンスは判断した。

 小型機ならば破壊されて短くなった滑走路からでも離陸出来るだろう。

 だが、大きな双発機は簡単に離陸出来ない。

 双発機の襲来が少なかったのは飛行場が破壊されたからだろう。

 多少都合良く解釈しているが、少なくとも飛行場に打撃を与えられたのは間違いない、とスプールアンスは判断した。


「敵機動部隊の動向は?」

「不明です。人事異動があったためか通信兵が各所に散らばっており、敵空母の位置が判明しません。日本と南方に散らばっているようなのですが」


 当時の通信は電鍵を叩くモールス信号で行われていた。そしてモールスを打つ通信兵が通信を行っていたが、その叩き方は一人一人癖がある。訓練時に癖が付かないように指導されるが人間であるため、癖がなく打つのは不可能だ。

 そのため、通信兵の癖を記録し、同時にその通信兵の所属艦を把握しておけば、どの艦が打電したか分かる。発信された方角を二箇所以上で受信すれば三角法で現在位置さえ推定出来る。

 そのため各国は敵国及び潜在敵国の通信兵が何処に所属しているか、について情報を収集していた。

 だが、人事異動が行われると全て一からやり直しだ。

 しかも厄介なことに日本軍は転属に合わせて各艦の識別符号を変更、その通信兵の転属元と転属先が同じになるように仕組み米軍の情報収集を混乱させていた。

 そのため第一機動艦隊の所在は不明だった。


「天候はどうなっている」

「予報では下り坂です。回復の見込みはありません」


 昨日より天候は更に悪化していた。

 波は高く、大型艦でさえ激しく揺れており、艦載機の発艦も困難になりつつある。そしてこの悪天候は暫くは続きそうだった。

 そして日本本土近海にいる。

 日本軍も関東近郊の飛行場は悪天候で攻撃できないだろう。だが関東地方から離れた飛行場は天候が回復し攻撃機を出せるかもしれない。

 日本機は足が長く、思わぬ攻撃を受ける可能性が高い。

 スプールアンスはしばし考え決断した。


「諸君、私は昨日の攻撃で十分な戦果を上げたと判断する。只今を以て、ジャンボリー作戦の終了を宣言し、硫黄島攻撃作戦支援に切り替える」


 硫黄島攻略の邪魔になる関東周辺の飛行場へ十分な打撃を与えたと判断した。

 再攻撃できないのは残念だが、天候悪化では仕方ない。

 それに艦隊を日本軍の攻撃圏内に留まらせては、おきたくなかった。

 何より、動向不明の日本機動部隊に奇襲されたくない。

 やる気がない陸軍とはいえB29の哨戒圏の範囲外から攻撃されるのは、危険だ。

 残念だがここで切り上げるのが妥当だ。

 のちの戦史家も、海兵隊びいきを除き、この判断を良しとしていた。

 ただ、実際は作戦中断であるため部下が意気消沈しないようスプールアンスは明るく言葉遣いを選んで、前向きにいなれるよう言った。


「全艦針路を南に向け、硫黄島へ向かえ。硫黄島を攻め落とすんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る