帰路へ

「何とか振り切れたか」


 日本機が追いかけてこないのを確認したリーチはホッと一息吐いた。


「機体に異常は無いか?」

「マリアナまで飛行出来ます」


 とりあえず飛べる事を喜んだが、短い間だけだった。

 先ほどの迎撃で、編隊の各所に欠落が出来ていた。日本機に落とされたのだ。

 しかも、多くの機体が、リーチから見て分かるほどの損傷を受けている。

 燃料を漏らしている機体もあり、無事にマリアナへ戻れるか心配だった。


「セントルイス・ジニーが被弾による燃料漏れでウラジオストックへ離脱するそうです」

「了解!」


 通信員の報告にリーチ大尉は、やけっぱちで答える。

 ここからマリアナまでの燃料が無いのであれば一応中立のソ連領沿海州が近い。ウラジオストック周辺の飛行場に着陸すれば助かる見込みはある。だが、ソ連は日本と中立条約があり、条約に従い、機体は接収、乗員は抑留されるだろう。

 ヨーロッパではともに戦っているが、太平洋では日ソの関係もあり好意的中立をとっている。

 ソ連が彼らを返してくれるかどうか微妙だ。下手したら拘束される可能性が有る。

 しかし海面への不時着よりマシなはずだ。

 一応コース近海の特定海域に海軍の潜水艦が救助用に待機しているはずだ。だが、あてに出来ない。

 巨大なB29でも大海では木の葉のように小さいし見つけて貰える可能性は少ない。六日間漂流しても大丈夫なようにサバイバルキットがB29には積まれている。

 だが、尽きる前に助かる保証は無い。

 それに最近潜水艦の消耗が激しい。週に一隻、それも日本近海を航行している潜水艦が沈められている。

 日本軍の攻撃を受けて撃沈されているのだろう。

 救助されないのも困るが、救助されても潜水艦が撃沈されたら元も子もない。

 その点、中立のため接収されるがウラジオストックへ逃げるのは妥当な方法だ。二、三機のB29が北に向かって進路を変更したのも仕方ない。

 リーチはいっそ、自分もウラジオストックへ行こうかと考えた。再び出撃してあの迎撃を受けるのは嫌だからだ。


「航空機関士、我々はどうだ? 燃料は保つか?」

「予定のコースでもギリギリ持ちます」


 だが、残燃料を考えてやめた。

 マリアナまで帰れるのにソ連に向かったら最悪、敵前逃亡で軍法会議にかけられ即時処刑だ。

 回避出来ても前線で航空統制官、歩兵と共に前進し敵部隊や陣地を爆撃する友軍機を誘導する役目か前線飛行場配置にされてしまう。

 どれも死傷率が高く、誰もが忌避する部署であり、事実上の懲罰部隊だ。


「そうか」


 リーチは自分の人生とこの後撃墜されるか否かを天秤にかけ、マリアナへ戻ることを選択した。


「最後の関門を超えられればですが」


 誰からともなく呟いた。予言めいているが現実だった。


「何とか硫黄島を回避出来れば良いのですが」


 帰り道には日本の迎撃機が配備された硫黄島がある。

 行きのように日本軍が迎撃機を準備しているのは目に見えている。

 硫黄島を離れるルートを選択し通過出来れば、迎撃されず逃げ切れる可能性がある。

 身軽になったB29の速度性能なら高空を飛ぶことも相まって日本機を振り切ることも可能だ。

 だが、その願いは通信士の報告で消え去る。


「指揮官機から入電! 燃料タンクを撃ち抜かれた機体が多数出ているため、直線コースで基地に帰還するそうです」


 失望の溜息が全員から出た。露骨に舌打ちする者もいる。

 日本本土、東京近郊からマリアナへの直線コースの途中には硫黄島がある。これで硫黄島に駐留する日本軍航空部隊の迎撃は確実だ。

 だが、舌打ちしても、失望しても全員運命を受容した。

 味方機が単独で直線コースを飛んだ場合、確実に撃墜され落とされるだろう。

 防ぐためには味方機が編隊を組んで防御火力を発揮し日本機を追い返すしかない。

 そのために編隊全機が危険に晒されるが、次の出撃で被弾し燃料不足になるのが自分ではないという保証はなく、団結してあたらなければならない。


「そういうわけだ。硫黄島まで暫くあるから少し休め。忙しくなるぞ。機関士。念のため燃料はできる限り節約してくれ。捨てないぞ」

「了解」


 被弾による火災を防ぐため余分な燃料を捨てたい。だが、燃料タンクを撃ち抜かれ、燃料不足になることを考えると捨てるどころか、節約しないとダメだ。

 それに基地に戻ってもすぐに着陸出来るとは限らない。着陸待ちで渋滞して上空待機を命じられる可能性が高い。

 少しでも燃料を節約しなければ。

 日本機の現れない小笠原諸島周辺で編隊を組み直し、乗員を暫し休息させつつB29の群れは、基地のあるマリアナへ向かって飛び続け、途上にある硫黄島に近づく。

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