取り残された第六軍

「日本艦隊は引き上げました」

「そうか」


 部下の報告に疲れ切った表情で第六軍司令官クルーガー中将は答えた。

 フィリピン上陸のため、レイテへ上陸する四個師団十万の地上部隊を指揮する司令官だ。

 だが、いまや壊滅の危機に陥っている。

 言うまでもなくレイテ湾に突入してきた日本艦隊によって乗ってきた船団と、これから受け取るはずだった補給物資を燃やされたからだ。

 キンケイド中将が戦死前に命じた処置で輸送船が座礁し何隻かは残っている。

 だが、支援部隊が混乱、システムとして機能しない状況では戦闘どころか、十万の兵力を養うことさえ難しい。

 大兵力は心強いが、補給がなければ荷物でしかない。


「どうしますか司令官」


 悩みの一つがレイテにおける最高司令官にクルーガーがなってしまったことだ。

 上陸部隊と共に進撃していたため艦砲射撃を受けずに済んだが、海戦を観戦していた上官であるマッカーサー大将は戦死した。

 キンケイドも戦死し、先任序列に従いクルーガー中将が指揮をとることになった。

 だが、艦砲射撃で自分の第六軍さえ混乱状態にあるのに他の部隊まで指揮を執るのは不可能に近い。

 まして前線に近く、通信能力も十全ではない。

 かといってここより充実した通信設備は全て日本艦隊が艦砲射撃で破壊、撃沈していた。

 第六軍は作戦不能状態に陥っていた。


「航空支援は?」


「タクロバン飛行場が砲撃され、運用能力を失いました。モロタイ島から間もなく援護の航空機がやってきます」


「遅いぞ」


 日本艦隊が砲撃しているときに来て欲しかったが仕方ないことだ。

 やがて上空から飛行機の爆音が聞こえてきた。


「ようやくご到着か」


 上空を見上げるが、機体のシルエットが違う。

 近づくにつれ機体の色が白と緑だということに気が付く。


「ジャップだ!」


 叫んだ瞬間、日本軍の爆撃機呑龍が爆弾を周囲に投下し、爆発が起こる。

 ようやく対空砲火が上がるが、日本機は、去って行った。


「また来るぞ!」


 兵士の一人が上空を指さした。

 再び対空砲火が上がり、追い返す。


「待て! あれは味方だ!」


 独特なシルエットのP38が旋回してようやく味方だと分かり射撃を中止する。

 彼らは暫く上空にいて日本機を追い返したが、一五分もすると引き返していった。


「どうして」


「燃料がもたないのだろう」


 遙か南のモロタイ島からでは、レイテ上空では一五分しか飛行できない。

 それ以上飛ぶと燃料切れで墜落だ。


「新たな日本機です!」


 西の空から無数の日本機がやってきた。


「畜生め」


 この日の午後、ようやくレイテ西方のセブ島などに整備されていた飛行場が完成し、飛行機の運用が始まった。

 小沢の第一航空艦隊と富永の第四航空軍が進出。

 レイテ島のアメリカ軍に対して空爆を開始。

 艦砲射撃で生き残った米軍へ反復攻撃を行った。

 攻撃は飛行不能になる日没まで続き、米軍に損害を与えた。


「拙いな、この状態で攻撃を受けたらひとたまりも無いぞ」


 幸い、日本軍がレイテに配備している兵力は一個師団のみ。

 三個連隊で編成されているが、内二つの連隊は一昨日連隊長が戦死するほど大損害を受けており、戦力は無くなったと判断されていた。

 だが、日本軍の増援が来たら、航空攻撃と共に追い立てられるかもしれない。

 ほぼ壊滅状態の第六軍だが兵力はまだ残っている。

 しかし、指揮系統と補給が混乱しまともに反撃できず、最悪大損害を被る。

 日本軍の攻撃がないことを祈った。

 しかし、その願いは夜半に破られた。

 日本軍の夜襲が行われた。

 砲兵の準備射撃から始まる攻撃で米軍を痛打する。

 特に突撃発起前の砲撃は激しかった。

 九八式臼砲、通称無砲弾。砲身はなく木製の台座を重ね砲弾を据え付けるだけだ。砲弾内部の発射薬で打ち出される三〇〇キロの大口径砲だ。

 射程は一〇〇〇メートルしかないが、重たい砲身がなく、分解可能な台座のみのため人力での輸送、特に密かに前線近くに運び、発砲する事が出来る。

 突如大口径砲の大爆発を喰らうため敵は混乱する。

 第二次大戦でもシンガポールや初期のフィリピンの戦いで使われ、連合軍を圧倒した。

 末期になっても威力を発揮しており、レイテの戦いでも猛烈な威力、激しい爆発で米軍を圧倒していた。

 第六軍は不利なまま反撃を始めた。


「ジャップの夜襲だ! 照明弾と弾幕で撃退しろ!」


 予め配備された照明弾で照らし、機関銃の十字射撃で日本軍の夜襲を粉砕するのがソロモン以来、夜襲に悩まされた米軍の対処方法だった。

 このときも混乱の中迎撃準備を整えていた。

 だが、この夜は様相が違った。


「司令官! 大変です! 日本軍は戦車を投入してきました!」

「戦車だと!」


 戦車も使った攻撃にクルーガー中将は驚いた。


「恐れるなブリキだろう」


 日本の戦車とソロモンで戦ってきたが、いずれも軽戦車にも劣り、脅威ではなかった。


「日本軍の戦車、止まりません」

「シャーマンか」


 インド洋作戦でアフリカ向けの輸送船、英国軍向けのシャーマンを積載した輸送船が拿捕され、日本軍によって各地に配備された事があった。

 ソロモンで移動トーチカとして活躍し、かなり苦戦を強いられたことがあった。

 だが、シャーマンなら弱点も理解しており、対処は容易だ。

 しかし、今回は違った。


「日本軍は新型戦車を投入したようです!」

 

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