大和 ガンビア・ベイ 砲撃す
「次こそは当ててくれよ」
「分かっております」
大和の主砲射撃指揮所では、有賀から能村砲術長が指示を受けていた。
今後あるかないか分からない大和の砲撃である。
マリアナの時に夜戦を経験しているが、混乱のため手応えが分からない。
日が昇っている時の砲撃で戦果を確定させたかった。
既に三斉射を行っている。
通常砲戦距離である二万を越える三万メートルでの砲撃とはいえ、いずれも外れており、次の四斉射目で一発当てたいところだった。
「頼むぞ村田」
「お任せください」
射撃手である村田元輝特務少尉が頷いた。
水兵からのたたき上げであり海軍でも一、二を争う名射撃手だ。戦前の戦技大会で何度も優勝したこともある日本海軍の至宝だった。
当然、日本海軍の最強戦艦である大和に初めから配属され、射撃手として活躍している。
先のマリアナでは夜戦だったが、今回は昼戦で敵を完全に視認して射撃出来るだけに息は上がっている。
「必ず当てます」
これまで敵艦を仕留めるために血の滲むような訓練をしてきたのはこの日のためだった。
だから絶対に沈めたかった。
「装填良し!」
砲塔から装填完了の報告を聞いて村田は頷くと照準器に目を当て狙いを定める。
艦の揺れ、敵艦の挙動、全てが合わさるように狙いを定める。
ここだ
絶好のタイミングで村田は引き金を引いた。
瞬時に電気回路を通じて主砲の装薬363キロに点火。
爆発の圧力が1.4トンの九一式徹甲弾を秒速980メートルまで加速させ敵艦に向けて放った。
「手応えはあった」
発砲直後、村田は呟いた。
撃ち慣れると撃った瞬間に命中するかしないか分かる。
理屈は分からないが、命中するときは確信めいたものがある。
だから村田は自信を持って敵空母を見た。
「間もなく弾着! 三っ! 二っ! 一っ! 今っ!」
時間を計っていた下士官が読み上げると同時に、多数の水柱が敵空母の周りに林立。
敵空母は水柱の中に隠れた。
「夾叉!」
敵艦前後に砲弾が落ちたことを、弾着の瞬間、水切りに隠れる前に水柱の位置を確認した熟練見張員が報告する。
「よしっ」
会心の一撃だった。
夾差しても命中するとは限らないが、確実に当たっている自信が村田にはあった。
徐々に水霧が晴れて行き、敵艦が再び現れた。
「……馬鹿な……」
水柱が晴れるとそこには無傷で浮いている敵空母があった。
見間違いかと村田は思いたかったが射撃指揮所の15メートル測距義は45キロ先の目標も見る事が出来る。
そのレンズには敵艦の姿が、命中させたはずの敵空母がハッキリと映し出されていた。
「う、ううっ」
「艦長! 大丈夫ですか!」
ガンビア・ベイの艦長は、部下に揺り動かされて目を覚ました。
「済まない、気を失ったようだ」
日本軍の戦艦に接触し、全速力で逃げるよう命じた。
載せていた艦載機は飛ばせるものは全て発艦させた。逃げ切る事は不可能だからだ。
貨物船改造で一軸推進の護衛空母では一九ノットしか出せず、二五ノット以上出せる日本戦艦に追いつかれる。
カタパルトで迅速に発艦させたあとひたすら逃げたが、やはり追いつかれ、巨大な日本戦艦に撃たれた。
射距離は正確だったが角度が甘いため、生き残っていたが、徐々に修正され、四斉射目で遂に被弾してしまった。
艦長は爆発の衝撃で艦長席から投げ出され、頭を打って、気絶していた。
「艦の損害は?」
立ち上がって尋ねたが、艦長はすぐに理解し、絶句した。
艦橋前の飛行甲板が、真ん中に大きな穴が空いていた。
真下の格納庫は勿論、艦底まで突き抜け、海水が流れ込み渦巻いているのが見える。
激しくなる揺れで格納庫にあった艦載機が、徐々に動き、穴の中に落ちて、海水に揺られるのが見える。
「マイ・ゴット……」
あまりの惨状と幸運、装甲がないため徹甲弾の信管が作動せず、船体を貫通し海中へ突き抜けていったのだ。
おかげで爆発はなかったが、艦に大穴が空いてしまった
「損害なしか! 畜生めっ!」
そのような事情を知らない能村は浮いている、それも無傷で航行しているように見える敵空母を見て愕然とした。
村田も確かに命中したはずなのに、どうして被害がないのか、有賀の叱責が降るまで放心していた。
「次こそ当てる」
装填が終わった主砲を操り村田は狙いを付ける。
しかし、照準器には黒い煙幕が入りつつあり、敵空母の姿を隠した。
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