リンガ泊地 対潜演習

 リンガ泊地を駆逐艦雪風は、ゆっくりと航行していた。

 本来なら三五ノット以上の速力を出せるが、今は一〇ノット以下だ。

 最大戦速では燃費が悪化するため、航続距離を伸ばすため半分以下の速力で航行することが多いが、今の速力では遅すぎてむしろ燃費が悪い。

 それでも雪風は速力を落として航行していた。

 一〇ノット以上だと艦首から起こる波の音が海中に伝播し、探針音――艦首の聴音機器から放っている音波の反射音を聞き取れなくなるからだ。

 目標を見つけるために、忍び足をするかの如く進む。

 大概は何も反射しないか海底からの反響音が聞こえるだけだ。だが、この時は違った。


「聴音に反応あり!」

「対潜戦闘用意! 最大戦速即時待機へ!」


 聴音手の報告に艦長は戦闘準備を命じる。

 艦内各所で乗員が駆け回り自分の持ち場へ向かう。

 その間にも聴音手は探知した目標の詳細を報告する


「十時の方向! 深度三〇! 距離一二〇〇!」

「取舵!」


 寺内艦長は艦を目標に向けて進ませた。

 素早く雪風は左に旋回し目標へ近づく。


「総員戦闘配置完了!」

「こちら機関室! 最大戦速即時待機完成!」


 回頭している間に配置が終わり、全員が緊張の中で待機する。

 浅い海底から帰ってくる音と聞き分けながら聴音手はできる限り情報を得ようとする。


「感三、いや感四! 更に増大中」


 感とは得られる感度の大きさで一から五までの五段階で表され、五が一番明瞭と言う意味だ。

 浅いリンガ泊地は、海底からの反響音が多い。その中で感四というのは良い数字だ。


「目標まで五〇〇!」

「爆雷戦用意! 調定四〇! 投射及び投下!」


 艦長の指示で艦尾に配置された爆雷装置に陣取った水兵が小型のドラム缶のような物体、爆雷のフタの部分に付いた信管を調整し指定された深度で爆発するようにする。

 前は三〇メートル毎にしか設定出来なかったが、現在は一〇メートル毎に調整出来る。


「爆雷準備良し」

「目標まで一〇〇! 深度変わらず! シャッター閉めます」


 聴音手は、聴音機を爆雷の爆発から保護するために聴音口の扉を閉めさせた。

 どのみち至近距離になると聴音機は探知不能になる。爆発の衝撃で機器を保護するためにも今、閉めることにした。


「増速!」


 目標の逃さないため、攻撃のために艦長は増速を命じた。

 心を落ち着けゆっくりと数を数えタイミングを見計らう。


「爆雷投下及び投射、始め!」


 目標の上を通過すると寺内は命じた。

 Y砲から左右同時に爆雷が打ち出され艦から離れたところへ着水。

 同時に艦尾の爆雷投下器から爆雷が二つ落とされる。

 爆雷は投下された後、ゆっくりと海中を沈下して行く。

 投下の間は勿論、終えても雪風は高速で移動する。素早く移動しないと爆雷の爆発に巻き込まれてしまうからだ。

 足早に爆雷を投下した箇所から去る。


 ズンッ


 数秒後、後方で海中から爆発音が響いた。

 海面が白く泡立ち、ついで巨大な水柱が上がる。

 爆雷が放たれた海面に次々と水柱が林立していった。


「戦果確認!」

「見張り! どうだ!」


 水柱が立ち上がった海面を見張りは目を皿のようにして戦果を確認する。


「浮遊物多数! 撃破しました! 捕虜が多数浮いております!」

「面舵! 反転! 捕虜の回収に向かえ!」

「宜候!」


 操舵手が勢いよく舵輪を回し、爆雷を投下した地点へ向かう。


「カッター用意! 捕虜を捕獲せよ!」

「急げ!」


 甲板では下士官の命令で水兵がタビットに乗せられたカッター――手こぎの艦載艇を海に下ろす準備を始める。


「早くしないと横取りされるぞ!」


 準備をしている間に、雪風は目標の海面、捕虜が多数浮かぶ海面に到着した。


「カッター下ろせ!」


 カッターが海面に降り、水兵達がオールを漕ぎ出し、海面に浮いた捕虜の元へ向かう。


「急げ! 横取りされる前に行くんだ!」


 艇指揮の下士官に言われなくてもオールを漕ぐ水兵達は必死だった。

 カモメやイルカに横取りされてしまわないよう、必死でオールを漕ぐ。


「オール収め! 回収にかかれ!」


 捕虜に近づくと作業の邪魔にならないよう、オールを上げてカッターにしまう。

 舵手の的確な舵捌きによりカッターは惰性で目的の海面へ滑り込み、水兵達は捕虜を回収した。


「捕虜を回収しました」


 回収に成功した水兵は誇らしく高々と捕らえた捕虜、魚を掲げた。

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