殿
南雲に命令された彼らはバネ仕掛けの機械のように動いた。
その姿を第四駆逐隊司令有賀は黙って、いや、見とれていた。
南雲はハワイ攻撃時の機動部隊司令長官だが年次と序列による人事の結果だ。
元々南雲は水雷屋であり、それも気性が荒く暴れ馬のような苛烈な性格だ。
戦前の演習で夜間に敵側へ突入するために真一文字に艦を突入させ衝突寸前の状況にするという大事故一歩手前の事を行った。
陸上でも変わらず意見の合わない軍務課長に殺すぞと脅しをかけることさえあった。
第一航空艦隊司令長官になってからは専門外のためか借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。元々真面目ですこしでも飛行機を理解しようと淵田や村田などの若い搭乗員らと話すことが多かった。
第三艦隊長官から退任後も戦訓を聞く事を怠らず、研究を続けた。
中部太平洋方面艦隊司令長官に任命されてからも飛行機は勿論、ソロモンで活躍する水雷戦隊の戦術について研究を続けていた。
陸上部隊の司令官として陸に上がり討ち死にする事を覚悟しても水雷屋としての腕を磨き続けた。
あ号作戦は失敗し、マリアナ陥落は確実。
最早これまでと敗戦の責任を取り覚悟を決め自決しようとした。
だが、連合艦隊司令部からの帰還命令を受けてやむなくサイパン脱出を決定。
大発動艇に乗って撤退部隊に収容され。
木村の階級は低かったが命令系統を混乱させないため黙っていたが指揮不能と聞いて、混乱する駆逐隊に命令を下した。
迫り来る米軍艦艇に対して突撃を敢行する。
「雷撃始め!」
南雲の指揮の下、水雷戦隊は敵艦隊の鼻っ柱に雷撃を始めた。
遠距離のためもとより命中など期待できない。
敵艦の針路を妨害し、包囲網を構築させないのが目的だ。
「敵艦一命中! 撃沈です!」
まぐれ当たりの一発が敵の駆逐艦を捕らえた。
重巡でさえ一発で大破する酸素魚雷を駆逐艦が受けたら轟沈するしかない。
水柱が消えたときには、敵駆逐艦は消滅していた。
改めて日本軍の魚雷の威力を見た米駆逐艦達は戦慄した。
そして日本の駆逐艦が再び雷撃の態勢を見せると、回避するべく反転して逃げ出した。
これは南雲のブラフだった。
再装填装置があるが二回分の斉射しか出来ないし、魚雷が勿体ない。
雷撃姿勢を見せることで打たれると思い込ませるよう圧力を掛けてきたのだ。
南雲のお陰で日本駆逐艦は敵艦隊を牽制し、味方を脱出させる事に成功した。
「ええい! 再突撃を敢行する全艦我に続け!」
昨夜の夜戦を生き残ったバークは態勢を整え直し追撃を命じた。
撤退につけ込んで追撃し、戦果を拡大するのは当然だった。
「上空に敵機!」
「何!」
気がつくと夜は既に明けていた。
夜明けと共に撤収部隊の近くに残った第一機動艦隊第一部隊が、なけなしの艦載機で空襲を行い、撤収部隊を援護してきたため、バークは包囲網を作ることは出来なかった。
来襲する零戦改のロケット弾攻撃の前に逃げ出すことしか出来なかった。
「ええい! 追いかけろ!」
「スプールアンス長官より緊急電! バーク指揮下の任務群は直ちに撤退せよ」
バークの艦隊に被害が増えた事を見たスプールアンスは撤退を命令した。
昨夜からの夜戦で疲労が溜まりこれ以上の戦闘は危険だと判断したからだ。
また日本軍の航空攻撃を前に更に犠牲が増えることを恐れたのだ。
実際は連日の戦闘で攻撃機がなくなり、戦闘機のみだったが、事情を知らないスプールアンスは日本軍の攻撃隊がバークを襲うのを恐れて撤退させた。
追撃を目論んだバークだったがスプールアンスの命令により反転し、帰還した。
「航空隊に追撃を命令しろ」
スプールアンスは追撃を航空隊に命じた。
残り二群の空母部隊だが、十分な攻撃力を有するし、上陸支援の護衛空母部隊もいる。
彼らからも攻撃隊を出させ追撃させるつもりだった。
「そうはいかねえぜ!」
押し寄せるスプールアンスの攻撃隊に立ち向かったのは平野達、戦闘機隊だった。
「喰らえ!」
20ミリ機銃四門を放ち、迫ってくる艦載機に攻撃を仕掛けた。
「三日連続で出撃じゃあ体がもたねえが仕方あるまい」
一日目の信濃からの長距離攻撃と翌日のマリアナからの攻撃護衛に参加した平野は三日連続の出撃だ。
損害が大きいため撤退が命令されており知事は意気消沈した。だが、敵機が来るからには迎撃に出なければ。戦闘機乗りとしての本能が前に駆り立てた。
「しかし、あの佐久田という参謀、度胸があるな」
作戦が中止となり、撤収しているのに自分の乗る第一部隊を撤収部隊の援護に残して夜明け前に航空隊の発艦を終えていた。
そして、大鳳と海鳳を離脱させ、信濃は囮として南下させ、米軍攻撃隊の攻撃を吸収するというのだ。
同時に弱点、装甲空母は堅いが、艦載機は爆弾に弱い。着艦し補給しているところに爆撃を受ければ整備中の機体や整備員が吹き飛ぶ。
だが、上空に戦闘機を送り出す必要がある。
だから大鳳と海鳳を離脱させ安全圏で作業させている。
勿論、空襲の恐れはある。だからこそ装甲空母のみで、通常空母は全て昨日の内に西へ撤退させた。
ただし残存する戦闘機隊を発艦させ、第一部隊の空母に増援として送り込む事を忘れていなかった。
今彼ら艦上戦闘機隊は硫黄島へ撤退する航空部隊の守護神となって攻撃から撤収部隊を守っていた。
日本艦隊上空の激しい空戦による被害多発に驚いたスプールアンスは、追撃中止を命令。
航空隊を引き上げさせた。
サイパン島を放棄した日本軍だったが、撤収作戦の成功により、二万人近い整備兵をはじめとした航空関連要員が本土に帰還できた。
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